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閑話2:心外

……独身貧乏貴族を謳歌中の日野Pからすると、主人公は「リア充め、爆発して果てろ!」と罵りたくなる存在です。当時だから許されることです。現代日本では許されませんのでご注意ください(←何を?)


お詫び:盛大に人名を間違えておりました。鍋島清房ですね。鍋島清茂……誰なんでしょう? 直茂と混ぜるな危険でした。大変失礼いたしました。

天文一六年葉月のとある日。


とても重要な問題が起きた。正直、実感はない。戦国武将に必ず必須の行事と言っても良いだろう。

「若、どうなさいますか」

 空海が口調こそ真剣だが、怪しい笑みを浮かべている。

「まだ早いだろう」

「いえ、早すぎるなんてことはありませぬ。個人差はありまするが、若より早い場合もございますれば……」

 やけに熱心だ。

「お家のため、そう、御家の為でございまする」

 いや、どう考えても日頃の鬱憤を晴らさんばかりと考えているだろう。

「……俺は向こうでは充実した人生なんか送ってなかったぞ」

「だから何です? 向こうとここは異なりましょう。」

「兄様、諦めてくださいよ」

 月照も真面目な顔をしているが……口の端が震えている。

(……他人事だと思って……)

「若が行わなければならぬのですぞ」

「そうそう。兄様がこの程度の事で躊躇されるなど、どうされましたの」

 おい、お前ら、元は俺とそう変わらない現代人だよな。

 あっ……。

「月照、空海……お前ら出家しているからって……」

「おや、ばれましたか」

「ばれちゃったか」

 この性悪どもめ。いずれ合法的に仕返しをしてやる……。

「何にせよ、これからは逃れることはできませんよ」

「そうそう。早く嫁取りをしないとねぇ。」


……そう。あの献策から間もなく、いくつかの縁談が舞い込んで来てしまったのだ。

 こんなバカ殿に来るわけないよなぁ、等と高を括っていたのがまずかった。何の対策もしていないのにいろんなところから話が舞い込んで来るのだから。

 だが、あまり考えなくともわかる。いかにバカ殿と言え、一応は日野家の次期当主。いわば貴種だ。要は種馬扱いなのであろう。行く行くは生まれてきた子に宗家を継がせ、俺は消されるという寸法……そんなの決して嫌だ!!

 俺も相当遊び歩いていたからかなりの範囲で領内の女性の顔を見知っている。変な記憶力というなかれ。紹介された女性たちも器量が悪いというつもりはない。

 問題は嫁候補自身でなく、その背後が問題なのだ。つまり実家。俺自身、結婚経験がないので、嫁の実家と言われても、「めんどくさそう」くらいしか思わないのだが、この時代、領主の嫁候補となるくらいだから、それなりの実力を有する者が多い。そして野心家が多い。

 ……めんどくせえ。


「しかし、あまり独身が長引くのもアレですからなぁ」

「そうそう。早く嫁を取って。小姑として厳しく躾てあげるから」

 こ、こいつら……。

「まぁ、一五?だっけ? これくらいだったら余程むちゃくちゃな年上を押し付けられるのは無いと思うわよ」

 これまた人の悪い笑みを浮かべる。

 政略結婚となると、とんでもないことが起きたりするのだ。徳川家康に嫁いだ朝日姫の例など顕著だろう。正妻築山殿を謀殺された(した?)後、正妻は無く、側室で賄っていたのを利用されたのだ。新たに嫁いだ嫁、×3の当時としては老年。それを考えると早いうちに結婚しておきたいという気にはなる。

「……室町、鎌倉、奈良、飛鳥家はダメだぞ。一門の中での力が上がりすぎる。」

「そりゃそうですよ。それに、適齢の子がいませんよ」

 叔父たちの娘は全て地元の豪族と結婚を終えている。

「それに、有馬絡みはダメだ。いずれ絶対滅ぼす家だからな。そうなると、築山殿みたいなのが生まれかねん」

「……我儘ね」

「お家のため、というのであればある程度考えないといけないだろう」


……思ったより難儀するものである。

 ふと思う……龍造寺に調略掛けがてら、嫌がらせの婚姻でもしてみるか、と。

 残念ながら、とある家の息女についての情報は無い。耳目を総動員して情報を収集する。

(……行けるんじゃね?)


「へっ?」

「正気ですか?」

 密かに相談を持ち掛けた月照と空海が、とうとう狂ったか、いや、元から狂っていたに違いないと言わんばかりの反応を見せる。それどころか頭を打ったのでは、熱があるのでは、等と言いたてる。

「お前ら、俺の事をなんだと……」

「うつけのバカ殿ですな」

「童貞引きこもりの根暗野郎」

「……本当の事とは言えひどすぎる」

 流石の俺も、これには傷つく。

「……繊細な俺にこんな仕打ち……ひどすぎる」

「何が繊細よ。朴念仁のくせに」

「若が繊細ならば、我々とかはとっくに精神的疲労で胃に穴が開いて倒れてますって」

 ……いくら同士としても、これはひどすぎる。

「……とりあえず最後まで話を聞こうか。な?」

 俺は伝家の宝刀、ならぬ野太刀を引き抜く。

「わかったわかった。そんなに怒んないでよ。軽い冗談じゃない。」

「そうですよ。立場上結婚できない人間の僻みなんですから」

「……とりあえず、これは本気の策だ。」

「策……ねぇ」

「鍋島清房殿の息女ですか……」

 これも家のため、と思って必死で考えた結果なんだぞ? ある程度距離はあり、龍造寺にとっては重臣且つ功臣の家柄。何より……。

「鍋島直茂を取り込みたいんだよなぁ」

 史実でいうところの関白秀吉に「天下を取るには知恵も勇気もあるが、大気が足りない」と評された名将だ。

「このままいけば、実は龍造寺にとっても良くない結果になる」

 清房の正室は龍造寺家兼の息女である。史実によればあと数年のうちに病没するとのことだが、問題は慶誾尼が後添いとして影響力を行使する件だ。結果として藪蛇となり龍造寺家は鍋島家にとって代わられ、鍋島化け猫騒動などを引き起こすのだが……。

「慶誾尼が鍋島の家に入ることで、龍造寺は鍋島に乗っ取られるわけだが、あの女傑にとっては心外な出来事なのさ」

「そりゃそうでしょう」

「で、その鍋島を引き抜くのにどうするつもりよ」

「まずは……少弐家の臣馬場頼周に援助を出し、何とか旦那の謀殺を食い止める。これであの女が鍋島家への再嫁はなくなる。」

「次に、鍋島清房に不穏の気配ありという噂と、鍋島領に不穏な物資搬入が行われる……といったところですかな」

 空海も使えなさそうな顔をしている割に、辛辣な手を言うが、もう一つ手を打っておきたい。

「そして、鍋島配下の国人衆が一揆に加担する。なんてどうだ」

「えげつない手だけど面白そうね。寺社勢力もそれに加わり、そう簡単には制圧できない」

 おっと、それはさらにえげつない手でないかい?

「となれば、今空海と言われる地空殿が裁定に出てくる。……大宰府にも繋ぎをつけておいてか」

「となると……鍋島の統治能力を疑う発言が出てくるといいわね」

 つまり、鍋島領では圧政が行われていたように見せかける……事実でなくても良い。龍造寺家臣団が暴発する気配を見せるとなおよい。

「そこで……第三者勢力が調停する。有馬や大友が乗るわけもないから……弱小勢力と言えど台頭しつつある日野家が出る」

「お師匠のいる家ですから、そう軽々と扱われはしないと思いますよ。現状ではお師匠の名声は北九州では相当高いですからな」

「問題は……親父がこの案には賛成しないだろうという点だが……」

「お爺様が乗るでしょう。こんなひねくれためんどくさそうな策、好みそうだもの」

「……隠居の策に乗っかる形で、協力してもらうしかないか」

 俺の呟きに、空海が手を打つ。

「このような結果になるのは、若としては困るという噂を流させておきましょう。」

 どんどん悪辣になっていく。

「まぁ、色々と思うところはあるが……各々、抜かりなく」


 天文一八(一五四七)年水無月一日、桜馬場城から使者が来る。

(ああ、策が成ったかな)

 俺は使者の口上を聞きながら、そう思った。失敗なら、また見合いの算段となるに違いないのだから。

 急ぎ貴重な馬で桜馬場城へ登城する。

 見覚えのない且元と同年代の男が、平伏している……そして、その横には……何で幼女がいるんだ?

「面を上げよ」

「はっ」

「此度、日野家預かりとなる鍋島清房殿だ」

 これは思っていた以上に策が上手くいった? まさかの追放処分とは思ってもいなかった。

「お初にお目にかかります。日野肥前史生龍哉と申します」

 男は寡黙そうに、

「鍋島清房と申す」

 一言だけ言う。そして、且元が、今までにないくらい明るい笑顔で言う。

「こちらは、そなたの嫁となる由姫じゃ。はて……おいくつに?」

「はっ、此度十一才を数えまする」

 ……これは心外……というより想定外だぞ。おかしいな調べたら上に同い年くらいの姫がいると聞いていたのだが……。

 俺の訝しげな表情に気づいたのか、清房が静かに言う。

「上の娘、満は先月流行り病で亡くなってしまいまして……」

 沈痛そうな表情で下を向く。

 それは仕方無い……。

「清房殿、彦法師丸(後の直茂)殿は?」

「はっ、武功山の宿で乳母とともに待たせておりまする」

「左様か。」

「では、龍哉」

 且元が冷静に言う。内心では笑いが止まらないであろう。

「はっ」

「嫁となる由姫と、岳父たる鍋島殿に対して粗相のないように」

「はっ」


「且元様は婿殿に対して何か含むところでもありそうですなぁ。」

 鍋島清房がのほほんと、とんでもないことを言う。周りに聞かれたら……慌てて目くばせするが、

「大丈夫大丈夫。この声の大きさなら我々にしか聞こえませんよ。それにして……何で領内と領外でこんなに評価が違うんだろうねぇ」

「はっ?」

「領内の暗君、領外の策士、なんて私は思っているがねぇ」

「過大評価もいいところでしょうなぁ」

 やだやだ、と言わんばかりの俺。

 声を潜めて、顔を近づける清房。

「此度の策、お見事。途中まで気づけず、悔しい思いをしたものよ」

 見抜かれていたか。成功したからいいがな。

「今後は、日野家のためにその才腕奮っていただけると助かりますな。」

「それは言うまでもなく。ああ、彦法師丸じゃが……」

「日野家臣団でみっちり、教育させていただきますよ。」

「まぁ、儂の自慢の息子故、こき使ってやって下され。」


 鳥屋城に戻り、月照と空海に今後の話をする。鍋島清房と姫は当面大瀬戸琴海衆預かりとなること。彦法師丸は鳥屋城で近習として彦佐の補佐をしながら経験を積んでいくことなど指示を出す。

 障子を叩く音がする。

「ん? 誰だ?」

 誰何するが返事がない。空海が障子を開けると……。

「龍哉様」

 ……由姫だった。

「……この子が……兄様の嫁?」

「ほぉ、若にはこのような子に対して興味がありましたか」

 ……待て待て、なんだその汚物を見るような視線は。

「このロリコン野郎、死ね!」

「この私が引導を渡して差し上げますわ」

「落ち着け、幼い子の前でそういうものを振り回すな!」

 刀と槍をとりあえず片付けさせて、姉が流行り病で亡くなったことを伝える。あ、そういえば伝えてなかったな。

「ふぅ~ん。で、近いうち婚礼?」

「多分な」

「十五才で十一才の姫とかぁ……」

「だ・か・ら!」

「まぁまぁ、由ちゃん、月照お姉ちゃんよ。おかし食べる?」

 いつの間にか、月照が持参していた水あめを口にしている。そう、これも島津との交易品の一つだ。


 この年齢(一五)で嫁取りとは心外。嫁取りのために北肥前で比較的大規模の騒乱を引き起こしたのも心外。何より……三国一の美女と評判だった満姫の病没は心外中の心外だ。その結果、自分の元の世界の年齢の半分以下の娘と結婚する羽目になり、それが原因で月照と空海から汚物を見るような扱いをされたのも心外だ……。


 これから天文一九(一五四八)年、日野龍哉が当主就任とほぼ同時期に婚礼の宴が催される。二年後に再会した由姫は、それはそれは美しい中学生になっていたそうですが、一七才と一三才の結婚。現代の常識で考えれば法律的にありえないことですが、戦国時代では全く問題にされないそうです。


大きな歴史改変なのかな。島津の交易は、すでに琉球などとははじめている気配なのでそこに紛れ込ませた感じですが。有馬による侵攻と追い返しより大きな改変ですね。さて、この歴史では鍋島家が龍造寺から追放という展開になりましたが、龍造寺は生き抜くことができるのか……。

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