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12:温泉

島津との同盟……無理設定だろう、と思いながらですが、実は経済的には日野家の方が上だったりします。最新の技術をもって全力で開発をしているのですから、島津家がその面で敗北感をもった、と思っていただけたら幸いです。


【報告】2016年11月23日、改題します。

天文一六(一五四七)年文月二十四日


日野且元にとって不幸なことがある。

一つは、絶対的な指揮官としての存在ではなく、あくまでも豪族連合の代表程度であったこと。有馬氏と比較すると、影響力を行使できたので、室町氏・鎌倉氏・奈良氏のおかげである程度積極的に動くことができた。があくまでも代表程度。

 二つ目に、兵站を担う役割に、先代の日野如水がついていたこと。戦国の野心家という噂通りの御仁だが、簡単に隠居されては堪らない。兵站責任者として任命した。結果……なんだかんだ動くが釈然としない。

 三つ目……自分達の勢力圏の配置についてだ。武功山突端砦、鳥山城、福田城、そして本拠の桜馬場城、全て連携を目的とした居城であり、有馬氏も数年かけても陥落させることのできない城塞群なのだ。すぐに落城するなど、ありえない。本拠以外の城が陥落しない限り。

 そして四つ目……日野龍哉・奈良東司・室町高次隊が籠城戦を仕掛けてきたことだ。


文月二十六日、稲佐温泉


「負傷兵は急ぎ治療を行う。稲佐の湯での湯治を申し付ける」

 戦の後、更なる連戦を覚悟していた将兵たちは拍子抜けした。そりゃそうだ。多少の怪我など無視して戦力として投入されるものと普通に考えていたからだ。

 だが、今度の新当主は……変わり者だ。

「怪我を治してから、また戦場に戻れ。お主たちは貴重な戦力だ。万全に働いてもらいたい。安心せよ。湯治の間の費用は殿が出してくださる」

 炊き出しを配りながら、空海が大声で言う。炊き立ての玄米飯に、濃いめのわかめたっぷり味噌汁、それに焼き魚までついてしかも貴重な醤油まで使われている。

 戦場の小者・足軽に至るまでだ。その大盤振る舞いに、兵士たちは逆に不安になる。

「おらたちに死ねと」

「うまいもん食ったからその分働けと……」

 そんな不安を一掃すべく、連日連夜、酒に肴に大盤振る舞い。

「日野家が躍進すれば、これより旨いものをもっと作れる! 食べれる! 土産にできるぞ!」

 小隊長達も浮かれて大騒ぎだ。


「殿! 大盤振る舞いしすぎでは?」

 空海が帳簿を確認したのか、慌ててやってくる。まだまだ日野龍哉領には唸るほどの戦略物資たる交易品、味噌、醤油、酒があり、数年このような大盤振る舞いを続けても問題はない。

「あのな……ここが出し時なんだ」

 俺はやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめながら言う。

「今、日野家は内紛の真っ盛り。そんな中、士気を鼓舞する必要がある」

「ですが、戯れが過ぎるように思われますが……」

 稲佐温泉での酒池肉林……といっても女については嫁を呼んで構わない旨を明確にしたこと、買うについては……大人の付き合いということで黙認している。

「噂は広がるだろうなぁ。末端の兵にまで大盤振る舞いをしている。日野龍哉の財力、恐るべし、と」

 俺の言葉の意味を咀嚼し、顔を上げる。

「……今なら物資を大量に買いますよ、人手も募集中……そんな宣伝でもしますか」

 空海も俺の手の内を読めるようになってきたかな。

 そう、これは日野且元との戦いのための慰安ではない。周辺勢力への調略の一種なのだ。内紛騒動でありながら、兵士に十分な衣食住、上流階級だけに許されているはずの湯治の普及……日野龍哉の傘下に入ればそれを享受できるという宣伝工作。

 金はかかるが、人手が増えれば領内が潤い、さらに良いものを提供できる……って商人ではなかった。

 山窩、河原者たちも協力的であり、行商人も増えている。どうも日之江よりも行商人が来ている月もあるようだ。

 蕎麦栽培については、冷涼な地ということで、山の頂上の方で行っており、何とか安定した収穫になりつつある。先日、試作と称して現代にある蕎麦にしたら、大好評であった。これは売れるので、何とか大量生産していきたい。またとない銭儲けのネタになるであろう。


「工房からも報告が来ております」

「火薬は大分量を確保できてきたか。」

「はっ、湿気対策に頭を悩ませておりますが、殿の言う鉄砲とやらでの使用量を試算させたところ、年単位での使用もできそうだと」

「重畳至極! さらに量産体制を整えよ」

「はっ!」

 本河内正助が退出するとすれ違いに、彦佐が入ってくる。

「稲佐温泉の件ですが……」

「土敷きだと溶けだし、石敷きだとごつごつしていたいからな。南蛮漆喰で固めたら入りやすく……」

「ではありません。」

「ん?」

 帳簿から目を上げ、彦佐を見ると、書状。

「島津様からの書状です。」

「ほぉ。交易量でも上げたいのかな?」

 俺の呟きはそう的外れでもない。南蛮漆喰ローマン・コンクリートの材料に火山灰は不可欠だ。島津にとってはただの厄介者が金になるのだからありがたいに違いない。さらに量産を……。

「島津様が使者を送る、とのことです」

 彦佐の言葉に、俺の片眉がピクリと上がる。使者……使者ねぇ。

島津虎寿丸こじまる様が家臣団と共にお忍びで伺うとのことですが……」

「ちとまて」

 慌てて頭の中のタブレットで情報を探す。最近は栽培辞典、技術辞典、人名辞典にしか使ってねぇな。

「……島津薩摩守護殿の嫡男であるか」

 後の義久……大物じゃね? もしかして、正式にこの時代の大物武将と話をするのって初めてかもしれん……。

「はっ……交易のこと、技術の事……そして互いの家の将来について語り合いたいとのことです。」

 額面通りに受け取っていては馬鹿だ。

 だが、あの島津家が俺に目をつけたか……慧眼と言うか何というか。

「では徹底したもてなしをしなければなるまい」

 俺はニヤリと笑う。そう、この接待もある種の宣伝工作だ。今までは有馬周辺、肥前の龍造寺向けの工作だったが、これを機会に島津に対しても仕掛けていこう。

「後々の同盟国様だ。徹底して丁重にお迎えせねばな」


天文一七(一五四八)年睦月十七日、天草経由で島津虎寿丸一行が野母崎に来た。幸い棒道を設けていたので移動に困難さは少ない。そして……。

「なんじゃありゃ」

 土井首周辺に至ったときに、島津家ご一行は驚嘆の声を上げる。大規模造船所だ。

「ああ、あれは明との交易に向けて作っている密貿易船です」

 空海があっさり答える。

「あれが密貿易の船?」

 常識が覆る程の巨大船だ。

 そして……。

「これは……」

 鳥屋城で一泊したときには、蔵を見てもらい、安定した交易を行える旨も伝えたのだが……。

 誰も驚きで声を出さない……出せないと言った方が良いのか?

「こちらが島津様に売らせていただいている商品の極一部です」

 はったりでもなんでもない。むしろ謙遜だ。

 そうそう、蔵の数は優に百を超えている。それでも足りないくらいだ。

「これは……すごかねぇ」

 島津虎寿丸もほとんど言葉にならない。

 日野家が裕福、とは聞いていた。あの火山灰を買い取って、島津に食べ物を売るくらいだからだ。だが、火山灰は口実で、誼を通じるためのもの、と思っていたのだが……。

「そういえば肥前史生殿」

「はい?」

「我らから購入している火山灰はいかがですか?」

「あ、あ~かなり役立っております」

 ん?何か言いずらそうにしているなぁ……。

「土壌改良剤として使わせいただいたり、様々な工事で利用させてもらってますよ」

と目をやる。蔵ばかりに気を取られていたが、山腹の一部に、異様な塊が見える。

「火山灰はあれを作るに必要な材料でしてな」

 苦笑しながら日野龍哉が言うが、火山灰の活用など考えたこともなかったこじまるは、よくわからない敗北感に囚われていた。


 睦月十九日より睦月二十四日までの六日間を、島津家一行は鳥屋城で過ごした。その合間にも、日野家内紛の戦況報告が来ていたが、それを隠そうともしない。ずっと包囲のままだからだろうか。

 本拠で籠城を行っているにもかかわらず、日野領全体は好景気で賑わっているようだ。

 今日は船に乗った。あそこで見た巨大船とまではいかないが、乗り心地の良い船だ。

「こ、これは……」

 島津一行が連れてこられたのは伊王島だ。

 そこに特設された温泉施設が……すごい。

半露天形式の風呂、壁面には色付きのガラスで装飾されている。いわゆるステンドグラスだ。

「二十四日から二十八日にかけて、ここで様々な話をさせていただきまする」

 そう。本来の目的である秘密会談。それの会場がここなのだ。よくよく見てみると、番兵も多い。建物そのものは城としての役割は果たせそうにないが、周辺の地形などは防衛陣地にも見える。

(日野家……おそろしかねぇ)


 対面の儀は異例だ。互いの家臣団を一切排して、龍哉と虎寿丸だけが向かい合っている。

「……ざっくばらんにいきたかねぇ」

 俺の呟きに緊張で強張らせた虎寿丸もにやっと笑う。

「そうやね。何でうちらんとこに交易をもちかけたとね」

 ざっくばらんすぎるだろ、と思いながらも酒を傾けつつ、

「火山灰がどうしてほしかったっさぁ。難儀しとらすもんと思っとったけん」

「そいだけじゃなかやろ」

「当たり前たい」

 互いに苦笑する。そして、おもむろに話を切り出す。

「おいは、わいたちと同盟を結びたか」

「……本気ね?」

 今の島津と日野の勢力では島津が圧倒的に優勢なのは分かり切っている。

「本気も本気。あと数年で肥前を獲る」

「ほぉ、言うねぇ」

「……島津は九州の王になりたかとね?」

 凄まじい質問を思わずしてしまう。相手によっては無礼打ちされかねない。だが、虎寿丸はあっさり否定した。

「兵の強さでは、うちん勝つに決まっとる。じゃが、その強い兵を銭で抜かれたら、かなわん」

 それに今まで見せつけられてきた技術力の隔絶した格差。運用方法を知らない限りは、日野領を併合したとしても価値は無い。それに、あの鳥屋城。一見すると単なる脆弱な山城にも見えるが、徹底して地形を研究したのであろう。攻めにくいったらありゃしない。

「おいたちも、九州最強の島津兵とは戦いとぉないわなぁ」

 龍哉がぼやく。鬼島津の異名はまだまだ三十年程先の話になるが、まともに戦う気にはなれない。

「……ただ、おいたちは日向までは必要なんだわ」

「……日向はいいが筑後はほしいなぁ」

 戯言のように話しているが、重要事項に突入し始めた。龍造寺や大友が聞いたら噴飯ものであろう。

「肥後は……南は島津、北は日野で」

「豊後は……島津の拠点として四国に」

 痴れ者どもの夢語り、という感じで話は進むが、後の歴史では「伊王島政談」として残される出来事であった。しかし、その詳細については残されていないのだが……残せるような内容でなかったからだ。


 数日の会談後、島津家ご一行様は帰国する。その際には、日野家の返礼と称して、莫大な交易品を積み、五島水軍の護衛の元、薩摩まで安全に帰国した。


薩摩国内城

 日野領へ訪れた嫡子を迎えた貴久は、虎寿丸の人払いの願いに嫌な予感を覚えた。

 虎寿丸から聞く内容は、とても正気の沙汰と思えるものではなかった。少々手古摺る有馬を打ち破り、技術・物量に優れる話など、怪しい薬物でも嗅がされたのではないかと疑ったものだ。その都度、同行した家臣に詳細を報告させるが、祖語は生じていない。

 しばし報告を聞く中で、貴久は慄然とした。もし、あの時の交易願いを無視していたら……と。

「虎寿丸」

「はっ」

「……九州分割、できると思っているのか?」

「少なくともあの日野家ならば」

 才略豊かな嫡子の発言。

「……九州全土、席捲したいのだが……」

「龍造寺や大友風情ならば、某全力で倒しまするが、あの日野家に勝てる気がしません。富だけに非ず、兵だけに非ず……海外と広く交易し、民の生活を向上させるという見識に、某は負けたと考えております。」

 嫡子にそこまで言わせる日野家。脱帽ものだ。

「わかった。お主の言う通りに致す」

「よろしいので?」

 自分で伝えておきながら、島津と日野は戦うことになるだろうなぁと考えていた虎寿丸は、貴久の発言に以外そうに言う。

「日野家のおかげで、家臣どもを食わせることができておる。少なくとも日野との付き合いで不利益が出るまでは、友好の誼を通じておくのも悪くなかろう。次の代については、次の当主に任せる」


天文一七年(一五四八)年文月七日、肥前国鳥屋城

「……桜馬場城も思ったより耐えるな」

「耐えますな」

「諦めんのかな」

「多分」

「そうか」

 俺と空海は、本河内が仕入れてきた新作の菓子を楽しみながら、日向ぼっこをする。とりあえず一段落ついたのだ。

 既に且元勢が積極攻勢に出る可能性はない。且元不在でも人で賑わう日野領。そして、日野と島津の対等同盟締結。これは大きな反響があった。

 有馬領にも激震が走った。旗幟不鮮明であった西郷純久が、とうとう日野への臣従を申し出てきたのだ。高く売ろうとしていたのであろうか。当面、所領安堵との処置をしている。だが、内紛が終われば、大幅に転封をしようと思っている。

挿絵(By みてみん)

 有馬家も傍観していたわけではない。宿敵龍造寺との停戦協定、肥後阿蘇氏との連携などで地盤を強化して、晴純自身が出陣しようとしていたのだ。

 だが、連携したはずの阿蘇氏は島津との小競り合いで動きを封じられた。龍造寺は、西郷の有馬離反に伴い大村に小競り合いを仕掛け始めている。

 晴純の策が、島津日野同盟によって破られた形になった。


天文一七年(一五四八)年長月三日


「……俺が出向くか」

 龍哉が呟く。

「……本気?」

 月照が書物を読みながら顔も見ずに言う。

「本気だ。」

「何を話す気?」

「……日野家の将来だな」

「それは……お父さんがいる将来? それとも……」

「……できる限り、みんなが幸せになる将来を目指したいものだ」

 あまり大きな声では言えない。のんびり家族で温泉にでも浸かって、他愛もない話で団らんの出来る将来……なんてな。


「……龍哉が来たか」

「はっ!」

「軍勢は」

 且元の言葉に、近習が言葉を濁しつつ、

「それが……一人とのことです。」

稲佐温泉や伊王島温泉は、実際に天然温泉があります。雲仙、小浜の方ばかりに目が向きがちです。


感想・ご意見等々ありがとうございます。色々と試行錯誤の中で進めております。

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