11:世代
日野対有馬の戦いは決着。戦略上、有馬の日野氏に鉄槌を、と言うのは曖昧すぎる。一方、日野氏は対有馬戦略として今回の戦では、日見峠城の攻略、伊佐早正剛の討取りと伊佐早領の早期併合、西郷純久の撤退を目標としていた。そのため、有馬氏の動きは緩慢だったのではないか、という見方を示している。
【報告】2016年11月23日、改題します。
天文一六(一五四七)年文月十七日早朝、日見峠城麓
有馬義貞にとって不幸なことがある。一つは、絶対的な指揮官としての存在ではなく、あくまでも豪族連合の代表程度であったこと。そのため、伊佐早氏・大村氏はあまり積極的に動いてなかった。
二つ目に、兵站を担う叔父、西郷純久に不穏の気配があったこと。噂に過ぎず、真犯人も処罰されたとの報告を信じ、兵站責任者として晴純が任命した。結果……なんだかんだ理屈をつけて動きやしない。
三つ目……自分達の先代が設置した日見峠城の防衛力を過少評価していたこと。日野氏も二十年以上経って、二代目にしてようやく陥落せしめた城なのだ。すぐに取り返せる等、根拠がなさすぎる。現に、実際の損耗以上に兵が疲弊しきっている。
そして四つ目……背後に日野龍哉・奈良東司隊が急襲してきたことだ。
「全く、夕刻正面強襲を成功させて一息つけるかと思いきや、またもや払暁強襲とはなぁ……死んでしまうわ」
奈良東司がぼやく。休む暇などない。連戦を戦い抜いているのだ。因みに兄の鎌倉一馬隊は四百三十を率いて、伊佐早領への圧力をかけ始めている。既に龍哉が各村落の有力者へ使者を矢継ぎ早に送り付けている。「抵抗すれば村落全て焼き払い、奴隷に落とす。抵抗せず日野家の勢力圏に入れば、豊かな生活の保障」が条件だ。これで伊佐早領の全てが落ちた。まぁ、豪族連合の主が戦死したのだ。雪崩打って鞍替えしたのであろう。
「それにしてもえげつないえげつない。西郷には一切追撃をかけずに、伊佐早隊に全軍集中。包囲殲滅とは……」
東司自身は、龍哉をうつけとは考えていなかった。廃嫡については、気の迷いもあったのだろう。少なくともうつけのふりは何らか裏はあるだろうと勘ぐっていたのだ。
「これで日野は躍進、奈良の御家も安泰か。」
さらに采配を振るい、有馬義貞本隊、右翼後部を削りにかかる。
「本隊が来たぞ!」
高次も叫ぶ。暗闇の中に、それ以上に暗い煙が見えた。伊佐早正剛討ち取りの狼煙だ。
防戦一方だった室町高次隊に活気が出た。本隊が敵の後ろに出たとなれば、袋の鼠だ。
「全軍、ここが正念場ぞ!」
日野龍哉軍は僅かながら有馬義貞隊よりも高地に陣取った。この僅かながら、がこの混戦で大きな差となって表れ始めていた。
龍哉の投擲中心の部隊の攻撃が、闇夜とは思えない程よく当たる。まぁ、夜の休息をしていたのだから、かがり火が赤々と輝いているからだろうが。
「あるだけの弓を放て! なくなったら石を投げろ! 火矢を放て!」
陣頭に立って指揮を振るう龍哉の姿に、日野家の将兵たちは最早「うつけなバカ殿」と言えなくなってしまった。少なくとも、こんな最中に撤退をしてしまった現当主且元よりも頼りがいのある武将、と信奉を得ていた。
(……敢えて親父とは立場を変えて見せなければ、新当主としての威厳はないからな)
足を震わせながら、声が裏返りそうになりながら、そして……迫りくる緊張感に吐きそうになりながらも、陣頭指揮を取る龍哉。
「掛かれ掛かれ!!」
一見、豪放に指揮をしているように見えるが、流石に元々の兵力差の大きさを中々覆せない。
(流石に堅いな。もう一手ほしいところだが……。)
「儂が行くかね?」
いつの間にか合流していた如水が平然と言うが、苦笑しながら首を振る。
「流石に二度の奇襲は無理ですよ。それに、高次叔父も攻勢に出てきていますからね。」
敵軍の前方でも大きな喚声が響いてくる。時間は多少かかるが……いや。
「犠牲を出しても構わん! 突っ込め!」
何か嫌な予感がして、伝令を送る。
さらに六刻後。既に陣としては成立しえない程の混戦状態になり、有馬軍は空けていた隙間から這う這うの体で撤退し始めた。後詰なく、徹底して兵糧を奪われ、焼かれた有馬家に、反撃の機会は訪れそうにない。
その直後、見慣れない伝令が来た。そして衝撃的な報告を行う。
「当主、日野且元様が日野龍哉様配下を除く全軍に召集をかけました!」
……馬鹿馬鹿しい伝令に、龍哉は土まみれ、血まみれの空海と月照を見て呆れた顔をする。
「何を今更……」
その呟きに、如水がはっと気が付く。
「手を打たれたか。龍哉、武功山まで一気に戻るぞ!」
「なっ?! 追撃は?」
「必要なし、というより、ここで且元に一撃加えないと、お主の鳥屋城が孤立するぞ!」
……意味が分からない。
「……龍哉を当主に、はまだ正式に発令されていない。これは、儂が且元を廃嫡の上で、龍哉を当主にする手続きが必要なためじゃ。じゃが、廃嫡する前に当主命令として全軍招集してしまったから……」
「聞かないわけにはいかない?」
「そう、小心な連中は集まるじゃろうな。事の顛末を知っている一部の先駆けの将を除けば」
そう言った直後、鎌倉一馬からの伝令が届く。
『兄が召集をかけたようだが、本戦の主将は龍哉であり、軍令は龍哉から発されなければ従うことはできず』
「流石にあやつは道理をわかっておる」
如水がくっくっ笑う。現在一馬が率いている軍の指揮権は龍哉にある、と明言したのだ。同時に、東司もやってきて、膝をつく。
「ここまでの成果を出した主将に対してのこの扱いは礼を失しておるのだ。吾輩はそれを断固拒否し、本戦の立役者である日野龍哉殿を日野家の新当主として、推戴致す!」
歴戦の武将である二人が諸手を挙げてつくこととなった。
「……私如きでよろしいので?」
あまりに都合の良すぎる展開に、俺は呆然としてしまう。
「いいんじゃないの? 勝ち戦に導けたんだし。」
「策も当たり、伊佐早正剛の首を取り、伊佐早領を勢力下におく……見事ですな」
空海と月照も然もあらん、と頷く。
「……しかし」
「目の前に美女がおるのにそれに奮い立たんのか、貴様は!」
東司が下品な例えで焚き付ける。
「その物言いは気に食わんし下品だが、同感だな」
のっそりと、室町高次も入ってくる。
「下品だろうが何だろうが構わんが、且元兄貴の指示にはもう従えんよ」
「その通りだ。日野家乾坤一擲の戦で撤退した腑抜け、そんな輩に日野家を渡すわけにはいかん。」
二人の叔父も、普段は大して仲が良いわけではないが、この点では一致している。
「……紗耶香と星鳴を救わないと……」
血を分けた妹達の事を思い呟く。
「あぁ……二人とも儂の陣におる」
高次がいつになくきまり悪そうに言う。
「はぁ?!」
生真面目な高次叔父が戦陣に女人を帯同する?!
「正確には紗耶香はここにいる。初陣を同じく済ませた」
「わりぃ、龍哉にぃ。叔父様に無行って着いてきてしまったのさ」
さばさばした口調で紗耶香が入ってきたことに対して、俺は金魚のように口をパクパクさせるしかできなかった。
「えっ?! 親父の目をどうやって欺いたかって? それと……星鳴はどこかって?」
俺のパクパクを月照が翻訳して伝える。流石血を分けた妹、過不足なく翻訳してくれる……じゃない!
「これは、福田城に滞在している地空様と、鳥山城にいる宙興様が協力してくれたんだわ。元々星鳴は宙興様に内政について教わっていたからね。地空様が書状で私を呼び出したことに、あの阿保親父は何も反論できないさ」
意地悪く親を切り捨てる紗耶香。健康的な、月照とはまた趣の違う美少女なのだが、底意地の悪さはどうも同類のようだ。
「……つまり、有力国人衆と一門の大半がほぼ俺についた、ということか。」
「そうそう、ついでに希美様からも書状が来ているぞ」
空海がいつの間に入手したのか、希美の書状を差し出した。
……気が付けば、外堀が埋まっている。やばい、大坂が落ちる。なんて夏の陣の事を思っている場合じゃない。
「日野家を継ぎ、私に多くの人材を回しなさい。あんたの政策、私が想像以上の結果を出してあげるから」
だそうだ。頼れる美姉である。
文月十八日正午
日見峠城に鎌倉一馬・北天翔地空・南海宙興・日野星鳴以外集結した。
「現状、七対三で我らが有利」
如水が議長席で仕切る。まぁ、楽だからいいんだけどね。
「三も且元につくか?」
辛辣な空海。元々、且元とは赤の他人でほとんど関わりが無いのだから言えるセリフだろう。
「そりゃ、一応は当主だ。それなりに成果も出しているし、少なくとも桜馬場衆や諏訪衆は味方になるじゃろう」
「他は……」
月照が言おうとするが、如水が手で制す。
「他にも小さな勢力はいるが、この際且元の最大与党を壊滅させる必要がある。おそらく軍令を出しているので、千五百は確実に」
「……鳥屋城が孤立するのはきついなぁ。」
日野龍哉家本貫の地であり、大量の交易物資も置いてある。そういうなり、奈良が立ち上がり、
「某が、武功山突端砦側の街道を確保します。一旦兵を鳥屋城まで下げて、再編して出陣してください。」
……従順な臣下……でいいのかな。
「ならば……元々武功山は我が領土。室町家が全兵力で桜馬場城南西に揺さぶりをかけるので、東司殿も一旦撤収されよ……」
「……助かりまする。正直、三百弱では少々骨が折れるかと思っていましたのでな」
「では」
「では」
二人の叔父はあっという間に移動してしまう。
「安心せい、あの二人は完全にお主に従う。従えば安心して豊かになれる、と見通したのじゃろ」
如水が好々爺の顔で言う。
「……これで日野領は戦か」
「ああ、しかも肉親同士の血で血を洗う内紛じゃからなぁ」
「……あの親父とて、有能な将。何とか手駒にしたいのですが……」
「あほか貴様は」
容赦のない罵倒、それが一番近い表現だろう。この戦国の世、例え肉親であろうと、敵となる以上切り捨てて、その屍を踏みつけて行く覚悟を求められているのだ。
「あほと言われようが、桜馬場衆、諏訪衆を討死させるは得策に非ず」
「じゃが、将来禍根となるは必定!」
「いえ、必ずや、御家のために、お爺様悲願の肥前統一、九州全土への進出のためにも、この弱気なる案を御通しください!」
「ならぬ!」
「こちらも引けませぬ!」
「言うたな!」
刀を引き抜く如水。流石に出家したと言え、歴戦の将。血の気が多い。一方の俺はというと、内心はともかく、平然と刀へと首筋を持っていく。
「お切りなさい。俺は俺の……俺のやりたいようにやる。もしそれを許せねぇなら……俺の屍を超えていきやがれ、糞爺!」
……そうか。今この場で気が付いた。おそらく、今回の且元撤収も、且元による全軍招集による軍令も、この如水の仕業だ。おそらくは己と志向を同じとする俺を当主に仕立てたいのだろう。
且元は元々穏健で、保守的な志向だ。保守が悪いわけではない。だが、野心家の如水はそれが気に食わない。思う通りに動きもしない。そんな当主には退場願いたい……そういったところだろう。
「切れ切れ。お前の傀儡になるくらいだったら、死んだ方が余程マシだ。糞つまらん人生送るよりマシだろうさ」
「ぬっ! 貴様! 儂の恩を……」
「そっちが勝手にやったことだ。恩着せがましく言うんじゃねぇ!」
俺とて初陣が終わった直後のひよっことは言え武将だ。己が意地にかけてもそこは引けない。
「てめぇの悲願をかなえてやるってんだ。隠居した人間がでかいくちばしを差し込んできてんじゃねぇ!」
さらにはったりをかます俺。
双方の気迫に動けない月照と空海。
……如何ほどの時が流れたであろうか。一刻か二刻か……いや、大して流れていないかもしれないが、微動だにしない。
突如、
「くっくっくっくっく」
笑い出し、笑いが止まらなく如水。
「それでこそ日野家の総大将よ。甘い甘い、甘すぎの甘ちゃんじゃが……その気迫、気に入った! 流石は儂の孫じゃ」
刀を目にも止まらぬ速さで鞘にしまう。……どんだけこの爺さん達人なんだろう。と思っていたが、ふと目をやると、半分居眠りしている紗耶香の姿が……。
無性に腹が立ち、思わず拳骨を落とす。
「いてっ! めっちゃいてぇ!」
涙目の紗耶香に冷たい視線を送る。
「いいじゃん。爺ちゃん殺気とかなかったしさ。兄貴も完全に柵なくなったじゃん。」
……もう一発拳骨を落とし、紗耶香がしゃがみ込む。こいつ絶世の美女のくせに本当に中身は……残念だ。
(それにしても……あほの子に見せかけて、やっぱり頭は切れるな、こいつ。確かにこの一件で、前当主すら引いた気迫の持ち主、なんて喧伝されるんだろうなぁ……)
「儂は表向きは完全に姿を消すぞ……大瀬戸に籠る。」
そう。それは表稼業から裏稼業へ変わることだけの宣言ではない。実質の支配者として権力を握り続けた男が、交代を認めたときであった。
且元取り込みができるかは、まだ未定です。日野如水の野心は、黒田如水と同じくらいです。まぁ、地の利にも天の鬨にも人の和にも微妙に足りない感が満載ですが……。祖父によって引き裂かれた親子の絆……取り戻すことはできるのだろうか。