10:離反
盛り上がっているところに閑話を入れてしまい申し訳ありません。ちょっと攻略を変更しようと思ったら思いのほかかかってしまい……すいません。
今回の地図は、GoogleMapを細工しています。
【報告】2016年11月23日、改題します。
天文一六(一五四七)年文月十四日、日見峠城 早朝
「あの男は何を考えておる!」
当主の撤退を聞いて、日野龍哉に代わり日見峠城主として布陣した室町高次は怒り狂っていた。日見峠城の攻略。これは日野家の悲願でもあった。
その気になれば落とすだけはできたかもしれない。少なくとも人材はいた。だが、圧倒的に兵力が不足していた。
それはそうであろう。現代ではともかく、今の長崎半島の中心地は大村・高城・日之江といった東側。西側に人口は集中していなかった。
それが、気に食わない兄貴の嫡男の元服以降、人口増加を為すことができ、日野領内の経済状況も好転した。この戦況のまま進めば、肥沃地帯、八郎川周辺を押さえることも可能だ。だが……。
「高次様、いかがなさいますか?」
家臣に焦りの声。それはそうだ。当主の撤退に伴い、大村支隊、有馬本体の凡そ三千二百を千で押さえなければならないのだ。地の利があるので、実質二対三と言ったところだが、やはりきつい。
「いかがなさるも何も、守り切るしかあるまい」
眉間の皺が深まるが、これは仕方がない。
「幸い、逆茂木や竹束、土嚢での防衛体制はそれなりに整っておる。」
そして、口には出さなかったが、金毘羅山方面にいるらしい、腹立たしいうつけな甥っ子に対し、不本意ながら期待するしかなかった。
同日同時刻
「大村へ伝令! 突貫あるのみ! 全兵力をもって日見峠城を落とせ。与力として、徳田新右衛門四百を後詰につける!」
「はっ!」
有馬義貞は焦っていた。日見峠城の陥落、相当にまずいこととなっているのだ。
日見峠城は八郎川周辺の西の砦。日野家の侵攻から有馬領を守る要衝であった。その砦の陥落により、八郎川周辺はおろか北側に隣接する伊佐早、喜々津に対しても、八郎川から北上することで圧力をかけられてしまう。そして東に進めば有馬本家の勢力圏にまで出てこられる。
この出陣でその重要拠点が陥落してしまった。このままでは有馬家の威信にかかわる。伊佐早正剛もそれなりにできる男だが、ほぼ同数を相手取るには困ることになっているのであろう。膠着状態である。
膠着打開のため、親有馬の野平衆頭目、野平弥兵衛の二百を送る。それに伴い、奈良東司隊は後退をしているが、逆に日野家を利した。
当初伊佐早正剛隊と接する場所に布陣していたのだが、野平隊の進軍により、隣の丘陵地帯へ後退、敵の攻勢が和らいだ。
そして、未だ宿町を動かぬ西郷隊に対して再度伝令を送るのであった。
折角、日野且元が撤退したという吉報が来たのに、いら立ちばかりが募る。
文月十四日、正午より二刻後
「殿、義貞様より伝令です!」
側近の報告に、うんざりする純久。いい加減動かぬ理由を作るのにも飽きてきている。
「とにかく、日野家の小部隊が断続的に襲撃をかけてきている。もしかしたら、撤退したという日野且元が、密かに攪乱のための部隊を送ってきているのやもしれぬ。」
純久は何とか言い訳をひねり出している。日見峠城が落ちた段階で、戦況は拮抗。坂を上がり攻略するは三倍の兵力でも骨であろう。
(今は動けぬ。もっと決定的な動きがなければ……)
大笑いする龍哉、月照、空海。
無論、且元が狙いすましてやった策……なわけがない。どちらかと言うと作戦を立案した俺に対する意趣返し、当主がいないとなにもできないであろう、と見せつけるための示威行動と思われる。
しかし、それは内輪の事情なのだ。有馬からすると内輪揉め、または何らかの策と判断する可能性がある。有馬の近視眼的行動を誘発できるかもしれない。
「機、来たる! 彦佐、五十を与える。八郎川周辺の村落に火をかけよ。規模は小さくともよい。迷っている西郷をさらに迷わせてやれ」
「は? ……はっ!」
龍哉の指示に、訝しげであったが意図に気づいた彦佐はすぐさま移動する。
「……さて、ここで乾坤一擲の勝負かな……。」
「勝負をかけるの?」
月照の表情が固い。そりゃそうだ。月照、空海にとっても初陣なのだ。
「……今、有馬義貞の本隊の背後から突貫しても、勝ち目は微妙だと思うなぁ」
空海がそう呟く。……こいつ政略的思考はあるかもしれんが、戦術的な思考は期待しない方がよさそうだ。
「違う、そうじゃない」
俺は呟く。今回の出陣の意図はあくまでも有馬家の弱体化……。
「狙いは……伊佐早正剛!」
「!?」
月照と空海が顔を見合わせる。布陣から考えるとむちゃくちゃだ。有馬義貞隊の後ろを潜り抜け、さらに西郷純久の斥候が出ているであろう地域を抜けていかないといけないのだ。
「駄目だ駄目だ!」
「あんた、本気? 正気じゃないわよね?!」
「落ち着け。俺は狂っても無ければ、破れかぶれでもない。策はある。」
平然と言う。そう……五年前のあの日から準備していた物が完成していたのだ。
高次叔父に伝えておいた策がそろそろ発動するはずだが……。
文月十五日、深夜
……来た!
俺は思わず喜びで小躍りしてしまう。
僅かな地響き、そして遠くから爆発音が聞こえる。日見峠の方に目を向けると……。
「火の手が上がっている?」
夕暮れが近づきく中、視認しがたいが黒々とした煙が上がっている。
「……有馬本隊が……動いた!」
空海もこの事態に頭が回り始める。
「……火薬が出来ていたか」
俺は口元を緩める。
そう、琴海衆を動員して硝石丘法に成功していたのだ。これから大規模化を進めていくことになる。
「こっそりと、太めの竹を入手していてな。それに火薬を入れて火をつけたのさ。」
「爆竹か」
俺の言葉に苦笑する空海。
「あの音は度肝抜かれるであろうなぁ。そして、日見峠城より少し下がった場所で、盛大に野焼きをしているんだよなぁ」
「……日見峠城に火がかけられたとだます気?」
「そうそう。多分、有馬家は優勢、なんて思ってくれるだろうねぇ。だから、逆茂木や竹束だらけの坂を突破したら再奪取できる、なんて期待しそうだろ」
「……悪辣ね」
「ですね」
「……行くぞ。」
あまり褒められていない気がするが、さらに状況に一手。
文月十六日深夜
「殿! 船が焼き払われています!」
「村落が山賊に襲われています!」
西郷純久隊には多くの報告が届き始めている。あちこちに手当をしなければ、後詰として、そして後方支援としての千八百の部隊の存在意義を問われてしまう。
「ちっ、言い訳にしていたことが本当になってしまうとはなぁ」
誰もいない隙に吐き捨てる。
「……次の日野様の一手で……儂も旗色を明確にするか」
今回ばかりはいつもと違う。倍以上の兵力を用意しているのに翻弄されている。そんな感じが拭えない。
文月十五日~十六日
「日見峠城が炎上しているぞ!」
「寄せろ寄せろ!」
「違う! あれは擬態じゃ! 引け引け!」
「何を言うか! 今が好機ぞ! 掛かれかかれ!!」
大村純忠隊、義貞から与力として贈られた徳田新右衛門隊は狂騒状態であった。
得体のしれぬ爆発音、そして日見峠城の方からの黒煙。とっさの判断がつかずに統率が乱れているのだ。
そして、敵方の隊も統率に欠けるようだ。
「どうやら、敵方も騒乱状態のようじゃの」
大村純忠が一人冷静に呟く。
然もあらん、日見峠城が正体不明の火に襲われているのだ。
「そろそろ今日の合戦は終わりと思うておったが、機会じゃな。全軍、突撃」
大村純忠も二刻程立って決断を下す。
「徳田隊も突入していきます」
日見峠に至る道は死屍累々であった。
逆茂木に進路を拒まれる大村隊に、容赦なく弓と石が降り注ぐ。この当時の戦で、一番死傷率が高い攻撃方法は槍や刀でなく、投擲系の武器だ。山肌に沿って上がっていくが、崖の上から大量に降り注ぐ。そして、下からも弓の攻撃。
大村隊、徳田隊は相当数の負傷者を出している。が、引けない。今が機……と誤解させることに成功した。
少しずつ逆茂木も取り払われてきているが、そこに大量の火矢が降り注ぎ始めた。攻め入ることに夢中で、気づかなかったが、それが一気に炎上した。
これも龍哉の策の一つ。包囲、火責めの策だ。本来はこの機に龍哉達が背後から強襲する予定であったが、高次が密かに策の修正を行っていたのだ。
時は少し遡り、文月九日、日野龍哉出陣直前の武功山突端砦
「龍哉。今回の対応、主目的を変えよ」
叔父高次が来る。
「……何故」
憮然とする龍哉。それはそうだろう。一応は作戦会議が通った後なのだ。だが、高次は侮蔑する意味でそういったわけではない。
「この策は成功するだろう。だが、後が続かぬことに気づいたのだ。」
「後が続かぬとは……」
「この策が成功すると、大村と有馬はおそらく死ぬであろう。伊佐早も敗退、西郷も運が良ければ裏切る」
「その意図で策を考えています故」
「大勝利すぎる」
「……」
「気づいたか。次は全兵力を叩きつけてくるぞ。しかも、義貞の弔い合戦なんて名目でな。そうすると、伊佐早有馬に囲まれた八郎川周辺は死屍累々となる」
「……討つ相手を変えなければならないということか」
流石は切れる甥っ子だ。
「そうだな」
「……挟撃される……こちらが挟撃できるようになれば良い」
「うむ」
「となれば……討つべきは伊佐早。ここを押さえれば西郷への圧力にもなるし、西郷がこちらにつけば……八郎川周辺の後詰になりうる!」
文月十五日~十六日
「持ちこたえよ!」
高次の静かながら気迫のこもった鼓舞が響き渡る。そしてひたすら石を投げ、隙間から槍を突き出していくのであった。
文月十七日夕刻
「くそ、今日はこれでしまいか」
伊佐早隊は、本日の戦は終わりとして撤収をはじめていた。野平隊もだ。
「忌々しい。あの二部隊の動きの卑しいことよ。正々堂々と勝負して来ぬわ」
と侮蔑むき出しで周りの兵に語り掛ける。のらりくらりというのか……。
「明日こそは仕留めましょうぞ!」
「左様左様」
盛り上がる伊佐早隊。ここ数日、朝から夕刻までの合戦が続いている。密かに申し合わせが行われていたのだ。
『我々は本気で有馬様と敵対するつもりはござらん。現在の当主たちが強硬路線で甚だ不快である。当主たちに鉄槌が下れば、我々は戦う理由がないので、何とか口添えをしていただけぬか』
このような書状が届いている。
油断と言うには酷であろう。大体この時代の小豪族の争いではこのような談合が行われていたのだから。
「……突入!」
当然の乱入に大混乱に陥る伊佐早隊。
完全に奇襲だ。
「斥候は何を!」
正剛の叫びは当然であろうが、有馬本隊が日見峠に突入している隙に、日野龍哉秘蔵の隊が、真後ろに出現したのだ。完全に警戒範囲の外側だ。
「西郷純久様に援軍を!!」
しばしだったら持つはずだ。
「ほ、報告!!」
「やかましい! それどころでは……」
「西郷純久様、撤退!」
「なっ?!」
「お味方……壊走!」
そういうと、伝令……に化けた耳目が懐に飛び込んでくる。慌てて避けようとするが……ズブッ、と匕首が鳩尾に吸い込まれる。
「……ひ、日野如水」
相手の顔を見て、伊佐早正剛は絶句する。まさかの前当主の襲撃であった。
「……さらばじゃ」
抜き、返す手で首筋も切り裂く。
「い、伊佐早様! 討死!! 出会え!! 曲者じゃ!!」
自分がその曲者なのだが、しれっと大音声で言い放つ。そして、混乱に紛れて姿を消す。
伊佐早本陣が日野龍哉、鎌倉一馬、奈良東司の三部隊に、包囲され壊滅状態の中、野平衆も壊走をはじめた。当主の行き方は不明である。
奇襲直前に西郷純久に偽の報告を送った。「伊佐早隊壊滅」
その報告に、西郷純久もとうとう決断した。
「撤退する!」
これは裏切りではない。
「敵の手に兵糧の類を奪われてしまえば、晴純様に申し訳が立たぬ! 整然と撤退せよ!」
西郷隊はこれあるを予測していたのか、日も暮れたのに素早く撤収の準備を終わらせていた。
「……如水様」
「敵を欺くには、まず味方からといってな。」
桜馬場城で留守居のはずの如水の密かな出陣。それは……。
「……且元は明確に日野家の不利益な存在となった。」
その口調は、血を分けた息子、そして日野家の当主の廃立を決意したものであった。
「今日、この時をもって、当主を龍哉と致す!!」
如水の登場はご都合主義ですね。まぁ、題名通り、いくらフィクションといっても都合が良すぎる展開にしました。




