閑話1:堅実
龍哉「さぁはじめるざます。」
空海「フンガ~」
月照「まともにはじめなさいよ!!」
よく考えると、日野龍哉家の当主が19歳、参謀が18歳と17歳って若すぎじゃね? なんて思ってしまいます。でもなぁ……後見人はこの段階ではいないんだよなぁ……。
【報告】2016年11月23日、改題します。
時を遡ること天文一六(一五四七)年水無月二十三日、鳥屋城
「交易を成り立たせないといけないな」
視野に入っているのは対明貿易である。輸出品をある程度揃えることと倭寇対策が大切であろう。まぁ、真っ当な貿易はできません。日明で貿易をしているのは足利幕府であり、それも表向きは交易ではない。
日本は明の冊封体制下に組み込まれ、足利氏が日本国王に任じられて、とある。献上に対しての下賜のような感じで、一応それが交易になっていた。
「密貿易か。……五島水軍を動かすしかあるまい。我々は海の素人なんだから」
「多少松浦氏などに銭とかが流れてしまいますな」
空海が少し残念という感じで話す。が、そこは全体的な儲けで考えるしかない。
「独占したいなら、独占できるだけの金と技術と人手が必要よ。だから金持ちのところに金が集まるの」
「やだやだ。俺は生まれ変わったら共産主義に転向して、党指導部に絶対入ってやる」
「いやいやいや、それ結局独裁国家の頂上部にいるのと変わらないから……」
「それにしても……とりあえずの輸出品が揃ったと報告があったわ。ん、行ってみない?」
月照が空海と俺の下らない話をへし折り、さっさと立ち上がる。
鳥屋城の蔵へ行くと、ほぼ蔵を埋め尽くさんばかりに置かれている。
「……ねぇ、これって……」
「あ? ああ、からすみだよ。1650年代に野母崎の漁師が案出したなんて言っていたけど、そんなの気にしている場合じゃないからね。」
「うぇ、なんじゃこりゃ」
空海が気持ち悪そうに眼を背けるのは、黒っぽいとげとげしい塊。
「干なまこだな。これも密貿易でいい金になっている。」
中国では超高級食材だからな。それこそ、乱獲にならないように調整はしているが、今後十年は定期的に出せるようにしている。
この地は海岸線が日本で二番目に長い地域である。適量とって売りさばく分には全く問題ない。そしてフカヒレ。数はそこまでないが、ある程度の量を作り、保管しておけるのが大きい。これらはもうしばらくしたら密貿易に回そう。
蔵の半分近くに、対明貿易用の干海産物がある。残りは数こそ多くないが干しわかめ、塩蔵わかめ、大量の干し魚、燻製などが置いてある。そして、相場操作で稼いだ米、麦、大豆、稗、粟、黍等々。これは城の備蓄であると同時に、島津との交易品でもある。さらには、大量の麦味噌の備蓄もある。これは調味料だけでなく重要な蛋白源だ。そして……。
「醤油があるじゃないの!!」
月照がいつになく驚いた声を上げる。味は甘めだが、一応醤油らしきものは作れたのだ。
「……甘いわね」
「……月照、お前関東の人間だろ?」
「刺身醤油では使いにくいです。」
「空海! お前もか!」
この甘さがちょうどいいのに……ふてくされてしまう。まぁ、日本は狭いようで広い。食文化なんざ多様なんだから。
「しかし……蔵の建設いくつ目よ?」
次々と増えていく蔵に、呆れ顔の月照。
「ん? 多分五十は超えただろうな」
「若、我々は武士なんだか商人なんだかわかりませんな」
空海も困った困ったと言わんばかりだ。
「まぁ、言いたいことはわかるが、こういう交易物資はきっちりやっておかないとな。銭があればできることは大幅に増える。幸い、相場にも勝てて軍資金は唸るほどある。」
会話しながらさらに奥の区画に行くと……。
「……若……もしかしてこの匂い……」
「……まだ伝来してなかったんじゃないの? 焼酎は?」
だが、焼酎の香りなんだよ。
「九州は芋焼酎と思われているが、麦焼酎も有名でな。今から四十年程前には既に壱岐など一部の地域では原型らしきものが生まれていたのさ。で、壱岐に人を派遣して、直接雇用した。」
「……大盤振る舞いね。」
「さらに銭を稼ぐなら、投資はケチるなってね。酒精奉行とかに取り立てて官製酒として格安で売り出すか?」
「それは……民間業者が圧迫されるのでやめた方がいいでしょうなぁ」
「せめて、フロント企業に担当させましょう」
「ボランティアでもや〇ざでもねぇよ!」
寄ってたかって俺の名案は潰されることとなった。
「そうだ。塩はどうなった?」
「現状の入浜式しか無理でしょうねぇ。流下式とかはポンプがないと逆に時間がかかるかもしれないし。」
問題は、きっちりと工事をして、手順をわかりやすくしとかないと、周辺の土地で塩害が起きかねない。
「……アマモかなぁ」
月照が脳内PCで検索したのか、首を傾げながら言う。
「この時代なら大きな環境汚染は無いから、充分に育つと思うし、同時に貝の育成もできるんじゃないかな。真珠とか鮑とか相当資金源になるけど。」
「つまり、まだ人手がいるわけか」
「その通りですな」
「日野龍哉家は武士が増えないで、職人ばかり増えていく。」
のちに、日本の伝統工芸を牛耳ると言われる地域に発展していくわけだが、それはまた別の話。
「難民はまだまだ増えているわ。でも、乳幼児の死亡が多いのがつらいわ」
幼い子の死ぬ様子など、けしてみたいとは思わない。気分が陰鬱になってしまう。
「……衛生面の徹底をしよう。母体保護のために、日野龍哉領では少なくとも十六になるまでは出産は禁じる。風習とかそんなものより、まずは健康だ。そして、栄養面と衛生面の改善だ。……水道は相当先になるだろうから……煮沸した水での手洗いの推奨だな」
「銭がかかりますよ。」
「塩づくりでどうせ大量に海水を湧かすだろ。蒸発した水を溜めてそれを使うようにすれば、多少はマシだろう。」
「燃料費が高騰するわよ? ここの豊かな自然が激減するわよ?」
「……植林、計画植林だな。十年単位で計画を練って……後、竹が膨大にあるはずだから、筍として食せないものは、竹炭にしてしまおう。それと……炭鉱だ! 石炭で高火力、入浜式に石炭を導入して、短期間で濃度を上げる仕組みにしよう」
次々とアイデアは出てくるのだが……。
「誰がやるのよ」
……もしかしてアイデアの出し損?!
「魅力的ですが……ようやく人口一万になってきたところ。まだ増えるとはいえ……。」
う~ん、他の小説とかではアイデア=即実行って感じなんだけどなぁ。
「琴海衆も、最近は西彼杵半島のほとんどの管理で目を回しているし、日野龍哉領筆頭代官の希美姉さまは、過労死寸前よ?」
広大な領土を手に入れても人手がいなくて手つかず……どこに土地争いがあるのだろう? と言いたくなるが、これは極々特殊な例外だろう。
他にも船の改良、陶磁器の開発などなど、やりたいことは無尽蔵であるが……。
「どうやって人手を増やすか、それが課題よ」
奴隷狩りしても効率は悪い。どの作業もそれなりの知的レベルが求められる。即戦力で中の下を雇うくらいなら、多少時間かかっても中の上か上の下くらいの人材は確保していきたい。となると……。
「空海、日翔寺の子どもたちは?」
「日野領全部から孤児を集めて五百を超えたぞ。もう日翔寺あの広さでも限界だな」
「……学舎を作るか。」
「寺子屋じゃダメか?」
「駄目だ。効率が悪いし、均一化できない。平均して知的能力を上げないと、これからの作業は無理だ。」
「ならば……本河内の屋敷を借り上げるか」
「いっそ、日野領一二を争う館だ。代わりの土地をやって、あの周辺一帯を学園都市にしてしまおう」
「でも、あそこは室町叔父様の領土よ?」
「ならば話は簡単さ。室町叔父の領土は武功山突端砦から東側、奥山や日見峠城近く。そこに大商人が移動してきたら、もう少し人が増えるだろうさ。」
「でも学園都市ねぇ……また銭が飛ぶなぁ。」
「今更ね。後戻りはできないし、日野龍哉領の発展は異様な程。これを止めることは、まずいわね。」
「まずいんですか? 月照様」
「まずいわ。」
「景気が悪くなると、人はあっという間に食える場所に移動するからなぁ。そして景気が良くて人が増えると、物価が上がる。痛しかゆしさ」
「……いっそ日翔寺の分院を増やしますか。それぞれの当主の居間の近くに。あなたのよりどころ、日翔寺。身近に相談できる施設があるというのは、安定につながると思うのですが。」
「……案はいいけど、そのセンスは最低ね。ファミ〇のCMソングのパクリじゃないの」
「そういいなさんなや。とにかく、人材面、物資面での自転車操業はまだまだ続きそうですな。」
センス最低とばっさり言われながらも、めげずに言う。通常運転だ。
「資金繰りで苦しまなくて済むだけ都合がいいんだろうが、全然チートじゃないよな?」
「まだその話? 仕方ないわよ。お爺様が既に名武将なんだから。」
爺さんみたいなのよりも上手なのが、うじゃうじゃいるのだ。現代人にとって、知識こそチートと思っていたが、昔の人の方がスペックは高かったのではないか、などと思ってしまうこともある。
「若、日之江に不穏の動きあり」
彦佐が来る。
「陣触れか?」
「そこまでは至っていませんが、大村や高城、伊佐早などの豪族に続々と有馬家の伝令が行きかっているようです」
「わかった。引き続き探ってくれ」
彦佐が音もなく姿を消すと、三人、盛大な溜息をつく。
「……交易、新たな物産の開発は希美姉に頼むか……」
「……紗耶香は今九歳、星鳴が七歳……数年後にはこき使ってやるわ」
「月照、気持ちは分かるが怖いぞ。血を分けた可愛い妹だろうが」
「だからこそよ。きっちり鍛え上げて、使えるようになってもらわないと、日野家で生き抜くことはできないわ。」
「政略結婚の材料にできるでしょうに……すいません、失言でした」
俺も月照も空海を全力で睨みつける。もし、眼力に物理的な力があったならば、空海の首をゴリゴリと締め上げようかという勢いでだ。
「親父たちは親父や叔父上たちにはそれなりの家臣団がいるが、うちだけ真っ当な家臣団はいない。嫌がらせにしても大人げないが……。」
「お師匠や宙興様を使えたら相当便利なんですが……」
「そうだなぁ。何といっても我々は若すぎるからなぁ。裏では爺様の後見を受けているが、表向きの後見人がほしいところだ。」
行く行くは現当主の親父と俺との間で日野家の統帥権について争いが起こるであろう、と言うのは予感ではなく、既に予定に組み込まれている。親父がなぜあそこまで毛嫌いするかはわからないが、俺とて黙って頭を垂れるほど弱腰ではない。既に実力では本家と拮抗するくらいだと思っている。だが着実に、確実に、足場を固める。
天文十六(一五四七)年の出来事であった。
「この物語は日野家3バカの平凡な日常を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。」
月照「私を入れるな」
空海「無理でしょう」
龍哉「諦めろ」
月照「……」