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9:初陣

今回はGoogleMapを使用しています。らしい古地図がほしいと思いながら、金はありません。

ちなみに、水源地から道路が二股になっていますが、南の方が旧国道。長崎街道の近くの道です。北側の道路は近年作られた新日見トンネルという名前です。なんてナウでヤングでトレンディなんでしょう。


【報告】2016年11月23日、改題します。

天文一六(一五四七)年文月九日夜半、長崎街道


「……足が震える」

 無論寒さではない。現代人の俺が、戦国武将として戦うのだ。当然ながら、人殺しなどしたこともない小市民……だったのになぁ。

「それはそれは……若の初陣ですからなぁ。精々撃たれないように頑張りましょう。」

 長崎街道沿いを東上しながら、声をかける本河内正助ほんごうちまさすけ。無論、具足で固めている。現代の夜と異なり、完全なる闇夜だ。星が出ていれば多少は見えるのだろうが、夜襲をかけるために一切の灯火は厳禁としている。

 そして、馬……そんなの高くて買えねぇよ。というか、市内全域すら押さえてないのに、馬とかなくても移動はできるのだ。軍馬が本格的に必要になるのは、伊佐早や高城(たかぎ、大村を押さえた頃合いだろう。


 日野家の本合戦における出陣兵力は二千五百。これは前に言っていたのが間違っていたわけではない。地元豪族も当然ながら敵方からの調略は受けているはず。それで蠢動しゅんどうしても対応できるように兵力は残しておく必要がある。配置やどの武将がどれだけの兵力を指揮しているかについては、以下の地図を参照してほしい。

挿絵(By みてみん)

夜襲に向けて、俺の隊五百が日見峠城に進軍中だ。これはまだ、長崎街道という多少は整備された道を行くからよい。そして、琴海衆の手練れが、既に街道を見張る番兵の始末を行っている。

大変なのは、秘蔵部隊千と室町高次むろまちたかつぐ叔父五百だ。おそらく、敵総大将は日見峠城を落とされると、本陣を金毘羅山の北東に置くと予想している。兵力は大体二千くらい。そして、信頼厚い大村純忠が千くらいをもって日見峠城に入場しようとして、戦に巻き込まれる。高次叔父の兵と俺の兵、合わせて千で大村純忠を抑え込む。おそらく敵は坂を上ってきているから、若干の兵力差は押しとどめることはできる。

そして、豪族集団を率いる伊佐早正剛いさはやまさたけ……こいつは必ず打ち取りたい。伊佐早周辺の豪族を確実に取り込むのと、比較的平地が多いので、農地開発ができる。それが大きいので、密かに鎌倉叔父と奈良叔父に「伊佐早正剛の首」を求めている。無論ただではない。最近評判になってきている石堤防の優先建設だ。奈良叔父の鳥山城にしても、鎌倉叔父の福田城にしても、水源はあるのだ。ただ、山地中心の急坂地なので、水を溜めておくことができない。農業だけでなく渇水・洪水対策にもなるので、俺の申し出に喜んでくれていた。

そして本陣の父・且元。兵力としてはやはり最大の七百五十……だが、もう少し出せるだろう。いくら室町叔父が全動員兵力を集めたからといって、七百五十に抑えるとは……そこは予算削減したらいけないところなのになぁ。

合戦直前、日野家2500対有馬家6000の戦いが始まる。


文月十日、深夜……行軍しながら、夜襲から払暁強襲ふつぎょうきょうしゅうに方針を変える方向で話を進めていた。夜襲は案外、防備が厳しい時があるのだ。合戦体制に入っている今、日見峠城が最前線であることは、城主の氷見頼興ひみよりおきも分かっているはず。

 そこで、一旦休息を取り食事にす。交代で寝させもする。ちなみに食事は残念ながら干飯だ。携帯食ももう少し研究しないとなぁ……。

「払暁強襲ですか……室町様に伝令が届きますやら。」

 本河内正助が干飯を湧かし置きの水ですすりこみながら言う。この闇夜、伝令手段は普通ならない。だが、

「そこは、諜報で鍛えた彦佐ひこすけがいるからな」

と交わす。そう、彦佐は俺の隊にも月照の隊にもいない。伝令役の元締めとして、琴海衆の取りまとめをしている。

 情報は正に命綱だ。

「いよいよ初陣、若。……頑張りましょう」

 正助の声が震えているように聞こえる。仕方がないさ、俺もだけどこいつも初陣。しかも、転生前から一応武士の子として鍛えられていた俺と違い、商人の子だ。心構えが違うのだろう。と言っても、現代人の俺も顔に出さないだけで胸は嫌な高鳴りがしている。

 ゲームでは数字が減るだけだ。運悪く判定が出れば討ち死。そのくらいだが、現実は違う。一人一人の人生があり、悲喜こもごもがある。討ち死しなくとも傷が原因で障害を背負うこともあれば、死ぬこともある……考えないわけではないのだが、実感はわかない。


 時は少し遡り、文月八日、有馬家金毘羅山本陣


「伊佐早様、芒塚すすきづかの南東に布陣との伝令」

「分かった。翌日の入場に備えておくように伝えよ」

「大村様、芒塚西部にて敵兵を発見。急ぎ布陣を敷くと伝令ありました。」

「相分かった。本陣より三百、後詰に遣わす」

 金毘羅山北西に本陣を敷いた有馬義貞も、作戦に、設営に余念がない。何といっても領土拡張の戦。そして、義貞自身無能というわけではないのだ。

「相手の数、どうやら三千前後のようです」

 さらに伝令が駆け込んでくる。鷹揚に頷き、側近に指示を出していく。

「西郷純久殿に伝令。夜営を宿町やどまちでなく芒塚で行えるように」

「ははっ」

「ふん、何が日野だ。長崎の土地ではないか。のぉ、三佐さんざ

「はっ、我が本家を乗っ取りし糞坊主、日野如水の首を上げねばなりませぬ」

 三佐と呼ばれた男、日野如水に叩きだされた長崎氏の一族だ。何でも分家筋の分家、という限りなく「赤の他人だろ、それ」と言いたくなるようなつながりだが、家系図などは捏造が基本なのだ。

 顔を真っ赤にして、主君の義貞に鬱憤ばらしと言わんばかりに日野家の罵詈雑言を吐き続ける。

 義貞とて、日野家に対してはいい感情はもっていない。何といっても、龍造寺との争いで、かろうじて勝利を収め、東彼杵ひがしそのぎの蔵本郷を手中に収めようとしたら、既に避難されてしまっていた件が痛い。労働力が増える機会だったのに……しかも、噂では対岸の琴海大瀬戸に逃げたと聞こえる。

 そういえば、日野肥前史生ひのひぜんししょうなどと名乗っていたな……。所詮は山賊紛いの集団ではないか。笑止千万、と思っていたのだが、まさかの人口増加。

「三佐、俺も日野の野郎どもには腹を据えかねておる。徹底して潰そうぞ」

「ははっ!!」


 文月十日早朝、日見峠城


 少しずつ空が明るくなってきた。日見峠城の氷見頼興は、多少拍子抜けしていた。

(この日見峠城は、喉に刺さった骨のような場所のはず。必ず夜襲をかけてくると踏んだのだが……)

 策の読み違えか、と首を鳴らしながらひと眠り、と思った瞬間、

「て、敵襲!!」

「なっ!」

 慌てて矢倉に駆け出す頼興。

 既に板塀は盛大に燃え始めており、一部は崩れ落ちている。そこから、火勢を気にしない勢いで弓と投石が間断なく行われている。

「うてうて! 敵は少数ぞ!」

 頼興が山にも響かんばかりの大音声で指示を出すが、動きがいつもよりも鈍い。

(くそ! 気が緩んだ瞬間を狙われたわい!)

 歯噛みするが、悔やんでも仕方がない。のろしを上げようとするが、狼煙台も制圧されたようだ。

 槍を片手に敵兵を倒していくが、城壁を突破されてしまえば、兵力差は約二倍。勝負になるわけもない。

 少しずつ兵を逃がしつつ、頼興は最後まで敵兵と戦い続けた。伊達に田舎山城とはいえど城主を務めているわけではない。だが、

「がっ!」

 疲れが溜まり、少しふらついた瞬間を狙ってか、一人の若武者が具足の隙間、脇下に鋭く槍を入れてきた。神経も血管も集まる場所だ。致命傷……のはずだったが、強く槍を握られる。

「わっぱ……名は」

 吐血しながらも気丈にも名を聞く。

「日野……肥前史生」

 俺は震えながらも答えた。

「日野のうつけ……だった男か」

 にっこり微笑むと膝をつく。限界なのだろう。

「風聞に惑わされ……儂の負けじゃ。首を持っていけ」

 きっと顔を上げる頼興。既に致命傷で長くはないであろう。躊躇する俺に頼興が一喝する。「儂の首を死に首と致すか! 殺すことも生かすことと……思われよ!」

 頼興の言葉に、脇差を抜き頸動脈辺りを切り裂く。

「……日見峠城主、氷見頼興……日野肥前史生が討ち取ったり!!」

 俺の名乗りに、本河内正助が間髪入れず、

「勝どきじゃぁぁぁぁ!! えいえい!」

 少しずつだが、勝鬨が増えていく。その勢いに飲まれる敵兵は、峠道を転がるように駆け下りていく。

「……これで第一段階終了か……例の物を」

 そう言うと、新たに大量の逆茂木、竹束を設置する。ある仕掛けを施したものをだ。


 文月十日、有馬軍金毘羅山本陣

「……何じゃ、あの声は……」

「あ、あれは……!! 日見峠城の方だぞ!」

 有馬陣がどよめく。まさか、日見峠城が落ちたのか……。

「馬鹿な、いかに二百とはいえ頼興だぞ……攻防が行われているのでは……」

 三佐が歯噛みする。違うのは分かっているのだが、僅かな希望を口にする。

「とにかく、情報がほしい……大村殿に伝令。動くな……」

「はっ!」

 日見峠から聞こえてくる声が、勝鬨だとわかるのに凡そ四刻ほどかかった。山地なので、勝手が違うのだ。


 文月十一日、正午

「冷や汗もんだな」

 盛大な勝鬨を上げたはいいが、凄まじい突貫作業が続く。敵の足を止める逆茂木、竹束……土塀。南蛮漆喰ローマン・コンクリートは突貫工事には使えない。そのため、周りの土を土嚢にして積み上げている。時間を稼ぐように敵の耳目を狩ってはいるが、全部狩るのは流石に無理である。

 俺も兵たちに交じって土嚢を積み上げ、竹束を作り、竹束を作っている。時には戸町衆の職人に怒られながらだ。だが、それも仕方がない。落城させた城を、多少は持ちこたえられるようにするためなのだから。

「ここからが正念場ぞ!」

 本河内正助が工夫達に発破をかける。

「敵の総攻撃が集中するぞ! 守りを徹底して固めよ!」

 それに対して、俺は別の発破をかける。

「ここは竹が大量にとれる。また日野家は金持ちになる! お前たちもかかあや好きな娘に土産を買えるだけの銭を稼ぐぞ!!」

 日野家の、より正確には日野龍哉家の富裕っぷりは有名になってきている。戦なので仕方ないことだが、五百の本隊で二十名ほど死傷している。遺族にはすぐに金を送り、障害が残るであろう兵には、職人集団に紹介状を書いて渡す。

「短い時間に、俺はどれだけ働いているのやら」

 自分の慌ただしさに、頭を掻き乱しながらも、刻々と近づく敵方の総攻めに向けて準備を進める。

「さぁ、敵はどう出るかな」

 俺は意地悪く笑う。

 日野家の領土に攻め込もうとすれば、道は大きく三か所に分かれる。一つは日見峠。ここは長崎街道が貫く場所で、一番交通の便がいい侵攻路だ。だが、日見峠は押さえた。二つ目は芒塚から奥山に出る道だ。ここは鎌倉叔父と奈良叔父が七百五十で抑えている。常に有馬の侵攻を少数で、地の利を生かしながら捌き切る手腕は健在のようだ。そして、伊佐早から多良見、長与を抜けて、現在の長崎電鉄3番系統の終着駅、赤迫方面からという道がある。これは、日野家が既に勢力圏に入れている場所で、尚且つ遠回りになるので、採用されないであろうと踏んでいた。万が一採用されたとしたら、徹底したゲリラ戦術を繰り広げてやろうと思っていたのに……残念。


 文月十二日、正午

「……日見峠城が落ちた?」

 晴久の信任厚いとされる西郷純久は、宿町周辺で伝令を受けた。

「はっ! 今朝方、日野龍哉の手で落城。城主氷見頼興様は討死と」

「……わかった。下がれ」

 伝令が下がると、近習を下げ、黙考に入った。

(日野……殿か。儂は……どうすればよいんだろうなぁ)

 出しようのない問いに悶絶する。小姓の横流し問題は、一応解決したはずだった。だが……。

(露見してしまえば、俺は身の破滅だ……敵は少数……撃破してしまえば口封じを……。いや、勝つ保証がないではないか。過去も半分の兵に負けている。日見城を落城させなかっただけマシ、という戦いもあった……それが今回はどうだ。落ちないと思っていたあの城が……)

「伝令!!」

「その場で言え! 何事ぞ!」

「伊佐早正剛様、芒塚西部にて一進一退。至急後詰を!」

「……まだ出せぬ。全体の戦況が出るまでしばし待たれい!」

 これは嘘ではない。本陣と日見峠城周辺に展開する兵がどのようになるか、それによって後詰の動きが変わるのだ。軽々に動けるわけがない。……だが、その状況に安堵する自分もいた。

 できれば千日手で講和となってほしい。狡いと言われようが、自分の保身を考えると仕方がない。


 文月十三日、夕刻

「西郷は動くか?」

 俺の問いかけに、空海は苦笑する。

「動けるわけないでしょう。伊佐早は手練れに翻弄されて一進一退。大村は様子見で動けない。これで迂闊に西郷が動けば、責任は全て西郷のものとなりますからな。」

「そうか」

 既に俺は日見峠城からは出ていた。

 日見峠城の兵は室町叔父に預け、実戦部隊の指揮官に本河内正助を当てている。半泣きになりながら行くな! と絶叫していたが、ここからは俺の独壇場と行きたい。

戦況は以下のように変わっている。

挿絵(By みてみん)

芒塚西部では鎌倉・奈良隊七百五十が挟撃するように伊佐早正剛を攻撃している。一進一退になるように見せかけている。後に鎌倉叔父は「危うく勝ちそうになった」などと言っていた。

金毘羅山北西より芒塚に有馬義貞隊は降りてきている。日見峠城攻略を優先する構えだ。しかし、隘路であるため進軍は困難を極め、今は道の拡張を行っている……後々有効に活用させてもらいますぜ。

想定外なのは親父が室町叔父の隊と鎌倉・奈良隊の間に布陣したことだ。どうも如水爺さんが発破をかけたようだ。

そして、俺。秘蔵の部隊を動員して、金毘羅山の旧有馬本陣近くまで迫っている。もう、この布陣を見てもらって分かるだろう。火責めに包囲だ。西郷の動きこそ多少心配だが、このままだと……勝てる。そして、長与や多良見、伊佐早まで一気に攻略してしまいたい。

西郷が降れば、有馬領も大きく分断されることになる。が獲らぬ狸の、とならないようにしないとな。とにかく、この戦での必殺対象は伊佐早正剛だ。有馬義貞ではない。

 月照や空海と策の変更などで話し合っている時、彦佐が駆け込んでくる。

「御屋形様が、撤退をはじめました!!」

 空海と俺、そして月照があっけにとられたように顔を見合わせる。そして……俺が噴き出したのを機に、空海も月照も噴き出し、やがて大笑いとなる。

 当主の撤退は即ち主力の撤退だ。笑い事ではないのでは、という表情になる彦佐に、俺は思わず親指を立てて呟いたのだった。

「親父、GJ!」

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