8:転機
城名や場所については城郭放浪記を参考にさせていただいています。また、地名につきましては現在の地名を書いていますので、違和感があるかもしれません。参考地図:http://19590.mitemin.net/i216903/
地図内の誤字があります。申し訳ありません。×鳥谷城→〇鳥屋城
【報告】2016年11月23日、改題します。
天文一六(一五四七)年卯月六日
実はこの地、総括としての地名が存在しない。無論、村単位での存在はある。如水の謀略で今や分家と成り果ててしまったが、深堀氏や戸町氏、浦上氏や稲佐氏等多くの小豪族が割拠していた。
「かつて、長崎は寒村だった」などと言われているが、多くの豪族が割拠していたのだ。現在の港周辺が寒村であったに過ぎない。
日野氏の出自はわかっていない。この世界は、どうも長崎氏に仕えていた日野氏が、政略結婚を重ねていく中で、本家と分家が逆転していったらしい。その結果、長崎という地名よりも、拠点のあった桜馬場という城の名前が地名として有名になったようだ。
……ゲームで好き勝手やっていたら、見事に歴史が捏造されているわけだ。
現状では、本拠を桜馬場に置きながら、四半里南東の武功山尾根突端砦、一里強程北にある鳥山城、二里半西に離れた福田城、そして南にほぼ二里半ほど離れた鳥屋城が、それぞれ日野、室町、奈良、鎌倉……そして日野龍哉の拠点となっている。
桜馬場城より北東方向は大村氏を従える有馬氏の領土、東彼杵や島原がある。一方、北西方向は、小豪族の小競り合いでまとまった勢力がない西彼杵半島がある。
東の方への発展は、おそらく日見峠城の攻略が成るかによる。西彼杵の方は既に琴海衆に調略の手をかけて対応をはじめている。
「山狩りは大分成功しているようだな」
福田城に本拠を構える鎌倉叔父は、相当数の猪や鹿を狩っている。主に肉の加工を目的にしていたためか、鹿茸(ろくじょう=鹿の角)には見向きもしない。冗談半分で、要らないなら貰ってよいか尋ねたら、あっさりと快諾された。いかに地方で学問が広まっていないとはいえ、漢方薬が高値で売れるのを知らないとは……。まぁ、おかげで、俺の拠点周辺の鳥屋城への資金投資ができるから助かる。
そしてもう一つ、これは偶然の産物であるが、鳥屋城近辺で椎茸の原木を見つけたのだ。最初は、
「なんだ、椎茸か」
くらいの対応をしたのだが、地元の民からは、
「この価値がわからないとは……」
と呆れられたものだ。
よくよく考えると、椎茸栽培は当たれば百万長者、外れれば一家逃散という博打性の高い食べ物。貴重品だ。
ならばと、原木を将棋の駒のように切り、大量のコナラに植え付けていく。知らない民は「貴重な原木を……」と恨みがましい目で見ていたが、すぐに変わることになるさ。
植えつけた木は蛾の幼虫がいるかもしれないので二日程水につけたままにする。原木保管用の箱をこれまた大量に作り、錐で穴を開け風通しを確保。
熱がこもらないようにを意識して取り組むこと数日で、民が驚嘆と喜びに沸き立つ。そう、大量の椎茸の栽培が成功したのだ。
後はいくつかの原木をまたコナラに植え……を繰り返す。この椎茸は戦略物資なので、三十人を専業として、徹底的な管理を行った。
「若、大成功ですな。」
空海の顔を綻ぶ。そりゃそうだろう。相場をいじり倒して、琴海衆を通じた交易をしても、鳥屋城周辺の石堤防建造のために銭は消える。材料の火山灰を安定的に購入するためにも銭が消えていく。
その支払った銭以上に、入ってくる銭が増えてきているのだ。
「人手が足らん。もっと人を増やそう。」
父で現日野家の当主、且元はどうやら俺のことを徹底して嫌っているようだ。なので、前当主を看板にして、人集めを策す。
「……職人も増やしたい。武器だけじゃないぞ。酒を造れる職人も増やしたい。河原者、山窩者もほしい。」
俺は我儘なガキのように言うが、この場合、人手優先だ。幸い金が集まるにつれて安定的に兵糧も集まりつつある。さらに金を集めるには人手が必要となる。
「龍造寺氏が、有馬を攻め立てているらしいわ」
月照がのんびりと歩きながら報告する。
事態は結構こっちに優勢でないの?
「また避難民が出るわけか」
避難民が出れば、働き手はさらに増える。そうなればさらに産業の育成ができる。その点だけで考えると、戦は大いに結構なことだ。
だが、避難民の中には、戦火の中で両親を失った孤児も多く生まれてします。親と不仲の俺だが、生きていればこそ仲不仲を気にすることができるのだ。
「……孤児を収容して、飯と学問を保障できるようにしよう」
「銭がかかるぞ」
空海が迷わず突っ込みを入れる。その気持ちもわかるのだ。今、当主と微妙な距離感を醸し出している日野龍哉家にとって、銭は生命線である。兵糧や兵力確保も銭だ。
「銭はかかっても仕方ないわよ。今のうちに家臣団を育成しとかないと、政敵と直接対決するとなったら、洒落にならないもの」
渋ると思っていた月照の賛同に、俺は意外そうな表情を出してしまう。
「そんな顔しないでよ」
月照が膨れる。
「別に子どもが嫌いというわけでもないし、これからの国を支えていける民を育成するのは賛成。それに、この評判を聞けば、さらに国力が増すわ」
そう。富国強兵を目指すしかないのだ。
鳥屋城周辺の人口は、あの決意の時から三年で、俺の直轄地の総人口はなんと九千を超えようとしている。この時代の、この地方の人口層からすると異様とも言える増え具合だが、難民保護政策が大きく成果を出しているようだ。戦力は多くとも千程度だが、実は土井首周辺も日野龍哉家の直轄地として多くの避難民を住まわせている。そこでは実験的に、戦専業集団の育成を始めている。種類としては、刀や槍で戦う歩兵部隊が約三百、弓や投石を行う弓兵部隊が二百だ。数こそ少ないが、俺の政策で銭が集まりだしたからできる、一応の兵農分離策だ。と言っても、後方支援までは専業にできない。民が稼ぐ手段を奪うわけにはいかないし、後方まで支援専門にしてしまうと、予算がどうにもこうにもならない。
ちなみに、本家の兵力は兼業兵で約千五百、武功山尾根突端砦で五百、鳥山城では六百、福田城では九百ほどの募兵ができる。総兵力は凡そ四千ほどだ。かなりの兵力であるが、こちらから攻め入るには足りない。
琴海衆から徴募はできない。かなりの技術開発委託を行っているし、諜報活動も相当に頑張ってもらっている。琴海衆を側近にしてから、神野浦など西彼杵半島の中央から南部は、本家も知らない内に日野龍哉家の影響下にある。銭の力恐るべし。
天文一六(一五四七)年皐月八日、肥前国日之江城
「義貞、どう思う」
息子を呼び出した晴純が、眉間に皺をよせつつ呟く。間諜の報告は芳しくない。
「……何故あの地に人が集まっておるのか、ですか」
龍造寺氏と一進一退の戦いを繰り広げる有馬氏は、思っていたよりも少ない奴隷が気になっていた。手の者を用いて調べていたが、中々情報が入ってこない。それもそのはず、琴海衆や神野浦衆など、雪浦川よりも以南を押さえた日野龍哉家の耳目が有馬の耳目を封じにかかっているのだ。
ようやく入った情報もあやふやで、飢饉で人が減った、龍造寺と有馬の戦で廃村となった民が一万人移民したなど、訳のわからない、ありえない情報が多く流れているのだ。
「情報があやふやすぎますな。とはいえ、放っておくわけにもいきますまい。敵の領地を多少は削る必要があるでしょうなぁ。」
事も無げに言う義貞に、晴純は落胆した。
(気軽に敵の領地を削る、などできるわけなかろう。どれだけの豪族を味方にできるか、相手が怖気づいてどこまで譲歩を引き出せるか……)
「純久に攻めさせるか。伊佐早や大村にも動員をかけよ。」
「しかし……」
「なんだ?」
言いよどむ義貞に、晴純は内心舌打ちをする。このままでは有馬家の将来も明るくないな、など不吉な予感がして仕方がない。
「食料が不足気味ですな」
「は? 先年は豊作とまでは行かんがそれなりの収穫があったはずだぞ?」
肥前有馬領は、表高は一万石に届かない程度だが、取れ高は凡そ三万石近くある。
「多くの行商人が来て、大量に兵糧を引き取ってくれましてな。これで軍資金にはそう困りませぬぞ」
晴純は家臣を呼び、急ぎ蔵にどの程度の量が残っているかを確認させる。出陣するのに兵糧がないでは、いくら略奪するにしても士気が上がらない。
「……まぁ、それなりには残っているようだな」
蔵の中にある兵糧はあるにはあった。だが、微妙な分量だ。動員兵力が凡そ六千。半年程度は行動できるだろう……が。
(嫌な予感がするのだが……)
晴純は漠然とした不安に出兵判断が正しいのか、迷うこととなる。
肥前鳥屋城
「殿から鳥屋城周辺を頂き凡そ三年、いよいよ若も初陣ですな」
空海が機嫌よく笑う。師匠の地空から様々な手ほどきを受け始めており、ただの小姓ではなく、側近、謀臣としても活躍し始めている。その最初の手始めが月照との協力による有馬氏への揺さぶり工作だ。
琴海衆の諜報を駆使して、相手方の収入を予想、有馬家の行動可能兵力の六割に当たる約五千五百の兵糧で半年分を残すように買占め工作を行う。巧妙なことに、相当後になるまで工作が行われたと気づかれなかった。徹底して小規模、ついでに買ったの積み重ねで演出した策だ。
この策については流石に日野龍哉家単独で行うのは不可能なので、且元に土下座して、工作を行うことを認めてもらっている。且元とて一応は戦国武将である。いかに気に入らない、廃嫡したい嫡男であっても、有馬の弱体工作については反論できなかった。方法論については様々な難癖もつけてはいるが、策そのものの有効性については認めざるを得なかった。
そして、俺はもう一手打っている。一年以上前から調略をかけている西郷純久だ。有馬領のほぼ中央に位置する高城城の城主。実は、ここの家臣が有馬本家の兵糧の横流しを行った。表向きは別の人物が行ったとされているが、実は純久の衆道の相手だ。寺の小坊主らしく、正式な名前は伝わってこないのでここでは割愛させてもらうが。
この小坊主にも調略をかけて、相場より若干高めで購入してやったのだ。純久が小坊主を横領で切れば別の手も考えざるを得なかったのだが、“表向きは”とついた以上、隠し事ができてしまったのだ。
密かに避難民の中から工作員を送っている。高城が裏切れば、この策は大成功である。また、裏切らなくとも、いくつかの策はあるので、勝率は決して低くない戦いとなる予定だ……未定だが。
天文一六(一五四七)年文月二日、鳥屋城
「若、有馬で陣触れです」
「来たか」
阿部彦佐の突然の報告。だが、待ちわびていたものでもあった。有馬が勝てると思い出陣したのだ。
「兵数は?」
「凡そ六千ほど。伊佐早正剛、大村純忠が先陣。総大将は有馬義貞、後詰に西郷純久とのこと」
「ご苦労。伝令には温かき湯茶と食事を」
「はっ」
伝令と彦佐が下がると、正助を呼ぶ。
「若、ここに」
正助が恭しく片膝立で待機する。おそらく自分の仕事がわかっているのであろう。
「桜馬場城の御屋形様に伝令。有馬六千が陣触れ。急ぎ武功山砦へ、と」
「ははっ」
……なかなかいい手を打てたんじゃないかなぁ。島津との交易で自分のことを“日野肥前史生”なんて偉そうに自称したが、島津は銭となればそんな自称無視だ。第一、ここまで攻め込むにしても力不足。近隣の豪族どもには刺激が相当大きいだろうがな。
挑発のための一手としては、悪い手ではない。日野肥前史生が広まるには多少時間がかかる。その間に軍備を増強。そして、攻めてくる近隣の敵を打ち破る……。そろそろ発動時期かな。
専業兵は武功山突端砦に集結させない。この兵の指揮官は阿部彦佐と日野月照だ。これは日野龍哉家の秘蔵の部隊なので、隠密裏に使っていきたい。第一、月照が正式部隊の部隊長任務を……は無理な話だ。当面はこの部隊運用で経験を積んでくれ。
主力の千は俺と空海が率いて武功山突端砦に向かった。
天文一六(一五四七)年文月九日、武功山突端砦
すぐ近くに松島神社があり、戦勝祈願を行う。信心深いわけではないが、兵たちに勝てる戦と印象付けるための演技と思ってくれ。
その後砦で作戦会議だ。参加者は当主且元、突端砦の責任者、高次叔父。鳥山城主奈良東司叔父、福田城主鎌倉一馬。そして鳥屋城主の俺こと日野龍哉。
作戦としては無難な手を且元が提案する。
すなわち、日見峠城に対する正面強襲だ。規模は大して大きくないし、城兵も二百程度。正面強襲で一気に落として、有馬軍六千を迎え討つ算段だ。
「……無難な策とは思いますが……」
鎌倉一馬が微妙そうに首を傾げる。
「日見峠の奪取だけでこの兵力運用だと無駄が多い気がします。」
ほぼ全軍を無理やり動員して、小さな山城一つでは物足りないということか。
「ならば」
俺が口を開く。僅かに舌打ちが聞こえるが、誰が行ったかなど確認する必要もないくらいだ。
「我が部隊で夜襲、明け方までに落とす。御屋形様や高次叔父、一馬叔父や東司叔父は武功山突端砦から日見峠の向かい側の山を越え、芒塚で待機。敵が油断して日見峠城に入場しようとした瞬間を狙って、同時に包囲を仕掛け、火責め……というのはいかがでしょう。」
北側の芒塚からの強襲、南側の日見峠城からの逆落とし、そして火責め。かなり強引な策を提示してみる。
「……承知」
東司叔父は渋面であるが、これは持病みたいなもので機嫌が悪いわけではない。高次叔父も黙考していたが、
「よろしい」
と呟く。一馬叔父は俺の肩を叩きながら、
「美味しい役だが、初陣として受け取ればいいさ」
と言う。そして……。
「多少修正を行うとしても……この策で」
本格的な対有馬戦の幕開けである。




