序章1
「あー…暇だ。」
私、リオン・ロマニウス・ゲヘナ・オズ・ルシフェルは天井を見上げていた。執務室は一面が黒を基調としたダークな装飾を施され壁にはギルドの紋章が入った幕が張られている。
「ご主人様、もう少しシャンとなさってください。今は私しかおりませんが、ギルドメンバーが来られた時にはいつものように…」
「あー、分かってる分かってる。威厳ある姿勢を、だろ?…分かってるからもう少しダラけさせてくれ。」
気を抜くとすかさずツッコミを入れてくるのは、俺の秘書兼メイド兼使い魔のミルドラアース。丈の短いスカートのメイド服を着た銀髪の美女だ。160くらいの背丈に大きくはないが形の整った美乳を持ち、美しい金眼を備える清楚系の美女だ。
彼女には普段から身の回りの世話や家事、スケジュール管理などを担当してもらっているため、常に側に置いている。
彼女は少々、というか過分に厳しい。
ちょっとでも気を抜くと今のようにすぐにお叱りを受けてしまう。
まあ、それも慣れたもので少し窮屈には感じるが嫌ではない。決してマゾっ気が開花したわけではない。
5年前、日本にある実家ですやすやと眠っていた俺はいつの間にか会議室のような場所にいた。
気がついた時には、パジャマ姿のまま椅子に座らされていて、目の前にはNE○Vの総司令みたいなポーズをした白髪のお爺ちゃんと、スーツ姿の似合う金髪の麗人が椅子に着いていた。さながは面接のような構図。
白髪のお爺ちゃんは自らを神と名乗り、俺に 「異世界に渡りたいか?」聞いてきた。
当時、暗黒歴史の真っ最中にいた俺は二つ返事で了承し、“異世界斡旋人”を名乗る先ほどの女性に案内されてこの世界ーラングルムへとやってきた。
なぜ、彼らが俺をこの世界にやったのかは謎だったが、最後にテストがどうとか言っていたのでおそらくは実験的な意味合いで俺を送ったのだと思う。いや、何の実験かは知らんが。
この時に、神様から餞別として貰ったのが膨大な量の魔力と、自分と相手の能力を数値化して見ることが出来るステータスウィンドウというやつだ。
ステータスウインドウはその名の通り自分や相手のステータスを詳細に見ることができる。
ステータスウインドウと念じれば自分の現在の能力が確認でき、念じながら相手を見ればその能力を見ることができる。
魔力だけでも結構な恩恵なのに、その上にステータスまで確認できちゃうなんて、もうこれはチートで無双するしかないよね。
ってことで有り余る魔力を使って闇魔導師とか目指してみたりしたわけだが。
この世界の闇魔導は既に絶滅危惧種であったらしく、行く先々で出会う誰一人として知る者はいなかった。
仕方なく、当面の安全の為に最初は普通の魔法からコツコツと覚えていき、充分に戦えるようになったら古代遺跡とかのダンジョンに潜って、闇魔導の古文書や道具やらを探して地道に闇魔導を覚えていった。
その最中で出会った奴らと共に旅を続けるうちにその数はどんどんと増えていき、あんまりにも大所帯になったためにギルドを作ることになった。
その際、当然の流れかのように俺がマスターに選ばれてしまったわけだが、この職もなかなか悪くなかった。
事務仕事はミルドラアースや他の事務系の奴らがやってくれるし、ダンジョンの探索の方も、新規以外のところは他のメンバーに任せておける。それに並行して適当に傭兵まがいの依頼を受けたりしておけば生活は安定どころか悠々自適な日々を送れることに気づいたのだ。うちのメンバーはほぼ全て俺が直々に闇魔導をレクチャーした猛者ばかりなので、余程の強敵でもなければ大体無傷で依頼を達成してくる。
なんだこれ、異世界めっちゃ快適やん。
そんなことを思っていた時期が俺にもありました…。
2年前、世界でも有数の難関といわれるダンジョン『闇夜の深層』なる古代遺跡で、闇の魔王ユベルタスとかいう奴を倒して手に入れた闇魔導を最後にして現存する全ての闇魔導を手にすることができた。らしい。
というのも、この発言をしたのがミルドラアース以下、使い魔の面々だったので俺としてはあんまり実感が湧かないというか、なんというか。
同時に、この時、俺は世界最強の闇魔導師と世間で呼ばれるくらいに強くなっていた。俺がマスターを務めるこのギルドも最強の称号を得るにあたり、俺の物語は完結した。
「だけどなぁ…これは暇すぎるだろ。」
物語は完結しても俺の人生はまだ少なくとも50年は続くわけで、それまでの余生を何に費やそうか本気で悩んでいるのだ。
「では、研究部門の方に視察に行かれては?あそこはまだまだ未発見の闇魔導を発掘できる可能性を秘めていますよ?」
彼女の言う研究部門とは、俺のかなり初期からの仲間であり研究者としても優秀な闇魔導フェチが長を務める部門だ。
これまでに発見した闇魔導を応用して、未発見の闇魔導を生み出す、または蘇らせるといったことに日々を費やす勤勉な人たちの集まりだ。
「あそこか…いや、俺、あんまり行きたくないんだよなぁ。」
「行きたくない、というより会いたくないんですよね?ご主人様?」
「ミルにはお見通しか…。」
ちなみにミルとは、ミルドラアースのことである。いちいちミルドラアースとか呼ぶのは面倒なので勝手に付けてみたアダ名なのだが、本人には以外と気に入ってもらっている。
そのミルが言った会いたくない人物というのは、もちろん闇魔導フェチのあいつのことだ。
「フェルミ・コードナー。研究部門の部長にして総責任者、闇魔導の研究においては彼女の右に出る者はおらず彼女の開発した新しい闇魔導は、これまでの“火力重視”の闇魔導の概念を覆す全く新しい技法の数々で、その戦術的、実用的な技の多くは今日までのギルドの運営効率並びに依頼の達成率の向上に貢献してこられました。」
「説明ご苦労。…ただ、あいつにはちょっと欠点というかダメな点というか。」
「確かに、あの方は闇魔導に関する事柄に対して少々猟奇的とも言える執着を見せますからね。」
「うむ…だからあいつにはあんまり会いたくない。」
月に何度か開かれる会議以外ではな。幹部クラスが一堂に会する会議はギルドの運営上外せない項目だから仕方ないが、プライベートとか個人では絶対に会いたくない。
「…でも、あの方、ご主人様のことを大層愛しておられるようでしたが?」
「いやいやいやいや、何を言ってる。お前も知ってるだろ?会う度に「解剖したい…。」とか「被験体になって。」とか平気でお願いしてくるあいつを。ヤンデレどころじゃねーよアレ。」
「ですが、ご主人様の事を最も敬愛しているのは確かでございます。口ではそう言っていても、実行に移そうとまでは決してなさらない。それどころかご主人様のご期待に添うために日々努力しておられますよ?」
「う、ううむ…。」
そう言われると辛いところがあるな。確かにあいつに『お前の働きには感謝している。これからの活躍にも期待しているぞ。』とか言っちゃったのは俺だ。
あの時のあいつの反応と言ったら…
『は、はい!私、これからも陛下のために身も魂も捧げて誠心誠意!働いて参ります!…で、でで、ですから…!うふっ…ちゃんとできたらご褒美に…その……陛下の髪の毛を一本、頂戴できたら。…うふ、うふふふふふふふふふ!!』
…という感じだ。
一体、その髪一本で何をするつもりなのやら。あげてその翌日に俺がやつのモルモットに…なんてことがあっても全く不思議じゃないし不自然でもない。
だけどあいつの働きには色々と助けられているのも確かだ。性格に難のあるやつだけど仕事はキチンとするんだよな。だから余計にタチが悪い。
「…やっぱり行った方がいいかなぁ?」
「それがよろしいかと。…これ以上、放置なさると彼女の方から訪ねてくると思いますよ。」
なんて恐ろしいことを言うのだお前は。メイドクビにするぞ。送還するぞ。
でもそうすると俺の部屋がゴミ屋敷なったりするので絶対にしない。
仕方なく、俺はフェルミのいる魔境…もとい研究室へと重い足を向かわせるのだった。