見られない女
連載設定はしていないのですが、これの前のお話二つあります。
オムニバス形式のつもりで書いているので、これ単体でも読めると思いますが、そちらから読んでやるかというお優しい方がいらっしゃいましたら
http://ncode.syosetu.com/n1311s/(オムニバス1作目)
http://ncode.syosetu.com/n1957s/(オムニバス2作目)
(リンクにはならないようですね。すみません。お手数ですがコピペで)
へどうぞー。
「神様はいつも私たちを見ています」
私は手にした御本を通り過ぎる人々に差し出す。
誰も受け取らない。
見向きもしないか、一瞥して通り過ぎるか。
なぜ皆、神様の慈愛がわからないのかと落胆する。
私は視線を改札へと向ける。人の波が押し寄せる様が見て取れる。次の電車が到着したのだ。御本を握り締め、気合を入れた。
人波の中、一人の男に目が留まる。めがねをかけた、サラリーマンといった風体の男だ。なぜたくさんの人の中、彼が気になったのかわからないけれど、それこそ神様が私になにか伝えようとしているのかもしれないと思った。彼がこの前を通るときは、必ず御本を渡さなければと使命感に燃え、しっかりとその男の動きを追った。
男はロッカーへと向かうと油紙に包まれた何かを仕舞った。私はその形状を見て、ぴんときた。ドラマ等でよく見たことがある。拳銃だ。神様は間違いなく私へと何かを伝えようとしているのだ。神様のお役に立てる幸福感と高揚感に包まれる。
男はロッカーの鍵をかけ、ポケットへと手を移動させたけれど、鍵はポケットには収まらず床へと落ちた。鍵が床を打つ硬質の音が聞こえた気がした。男は気づかなかったのかそのままこちらへと向かってくる。
私は御本を配る手を止めて、男と落ちた鍵の両方へ目を配る。鍵は別の男が拾った。派手な外見をした若い男だ。駅構内を抜けかけていた鍵を落とした男は、振り返って若い男が鍵を拾うところを見ていた。
そのまま成り行きを見守っていると鍵を拾った男はロッカーを開け、中にあった拳銃をバッグに仕舞うと駅を出て行く。鍵を落とした男は、その男の後を追うようにまた駅を出て行った。
「必ずお役に立ってみせます」
私は小さく神様へと誓いを立て、二人の後を追った。若者は古びたアパートの一室に消えた。自宅だろうか。後を追っていた男はしばらくその場に留まっていたが、やがて急に走り出した。迷いはなかった。アパートへと消えた若者の動向が見えない今、サラリーマンを追うのは必然だと思われた。息があがる。走る男をなるべく気づかれないように追うのはかなり無理があった。
どこまでいくのかしら。いくつかの角を曲がり、少しずつ距離が開き始め、男が階段を駆け上がり始めたとき姿を視界に捉えるのが困難になった。見失う。そう焦って階段を上りきろうとしたとき、男が踊り場で止まっていることに気づき、私は慌てて階段を二、三段下った。
そっと階段に隠れるようにして男を窺ったがこちらに気づいた様子はまったくなかった。少し見守っていたが男は微動だにせず、何かに集中しているようだったため、私も音を立てないように踊り場へと上がった。
大胆すぎるかとも思ったけれど、私には神様がついてくださっているのだから問題ないわ、そう思う。
男の後ろから男が見ているものを見る。そこには部屋があった。中央には先ほどまで後を追っていた若者が座って、こめかみに銃口を当てているところだった。
自殺はだめ。神様がお許しにならない。
私は心の中で叫んだが、若者に届くはずもなく彼は引き金を引いた。
私は神様がなぜ自分をここに仕わしたのか悟った。
神様が絶対にお許しにならないこと。1つは自ら命を絶つこと。
もう一つは、
「人の命を奪うこと」
男は私の声に振り返った。細かい成り行きは知らないが、この男が若者に銃を与えて、命を奪ったことに違いはなかった。
私はバッグから護身用にいつも所持しているナイフを取り出すと驚いた顔の男の胸へとその切っ先を向け、迷いなく体を柄へ預けた。
血しぶきの飛んだ上着は脱ぎ、ナイフをそれにくるむと御本の入っている紙袋から御本を取り出し、上着を入れた。御本は再び紙袋へ戻し、私はまた駅の構内の入り口に立っていた。
私の神様は二つのことを絶対にお許しにならない。
そして、
「神様はいつも私たちを見ています」
私は御本を通り過ぎる人へ差し出しながら思う。
本当に見ているのかしら。
3部作のオムニバスでした。