白い霧の空間
「……あれ? 雨止んだのか?」
止みそうもなく降り続く雨が止んだ。ラッキーと思い傘をたたむ。
——もうしばらく道を進んで、ようやく違和感を覚える。
周囲を見渡すとあるはずの建物も、いたはずの人の姿も、自分の視界から前置きもなく消え去っていた。
今度は強く降りつけていた雨に代わり、白く濃い靄が発生した。
風が吹かない無音の空間に閉じ込められたように感じる。
聞こえるのは自分の呼吸と、強く脈打つ心音だけ。
「……あれ? 今日ってこんなに寒かったっけ?」
凍えるくらいに身体が冷えてきた。
身体に纏わりつく靄から寒気を感じ、ようやく自分が不思議な空間に迷い込んだのだと理解した。
理由はわからない。だが立ち止まっていても仕方ない。
これが夢である事を望み、俺は前に歩き進めた。
先の見えない道を歩き進めると、異様な物がうっすらと見えてきた。
先を進むにつれ、それが何かを把握する事ができた。
前方の道に‘巨大な穴‘が開いていた。
直径2メートルはあろう大穴。こんなのがあったら人が落ちてしまうぞ。近くにカバンと傘が落ちているし、もうすでに誰か落ちた後なのか?
「——どうやらあなたのお節介は無駄ではなかったようね。発見が早まった」
落ちていたカバンを持ちしゃがみこんでいると、黒マントさんが背後に現われた。
「来ないと思っていたけど、まさか近くにいたんですか? 俺の後をつけて天校に辿りつこうだなんて、どんなけ気が強いんだよ」
待ち合わせに来なかった彼女に対し、不満を口にした。知り合いが現われて安心したのだろう。普段以上に冗舌であった。
「さぁ、何の事かしら? 悪いのだけど、詮索は後にしてくれるかしら? 私、忙しいの」
黒マントさんは俺を横切り、穴の前でふっと一息ついた。
「……何しているんですか? まさか、飛び込むつもりじゃないですよね?」
「そのまさかですが? 当然でしょ? 人の命がかかっているのだから。あなたは絶対に飛び込むような、バカな真似はしないでね」
「お 、 お い ! 」
俺の叫びに答えもせず、彼女は躊躇なく穴に飛び込んだ。闇に溶け込むように俺の前から姿を消した。
何だよこれ? 夢だよな? 急な展開過ぎるだろ? 桐島と話して浮かれていたら、とんだ奇跡体験に巻きこまれてしまった。偶然知り合った黒マントさんは穴の中へ飛び込むし、状況が全然理解できない。
……そういや桐島は俺の前を歩いていたな?
持っていたカバンや傘も、これらと似た物を持っていた気がする。
まさか、ありえないよな?
い や 、あ っ て 欲 し く な い !
不謹慎だと思ったが、そうは言ってられない。俺は慌てて拾ったカバンの中を探った。
中からはバスケのユニフォームやタオル、水筒に弁当袋、そして教科書類が入っていた。
俺は教科書を1冊手に取り、裏面を向けた。
裏面には【桐島玲奈】と、綺麗な文字で名前が書かれていた。
黒マントさん、さっき人の命がとか言っていたよな?
命の危険があるのは桐島なのかよ?
嘘だろ? 初めて会話できたのに、これでお別れなんてあんまりだろ?
(……桐島はあの先にいるのか?)
——俺の目は自然と、穴の方へと向けられた。
飛び込むなと言われたけど、じっとなんてできない。
桐島の無事を確認したい。俺は息を飲んで穴の中に飛び込んだ。




