母さんとの記憶
俺に父親なんてものはいなかった。
聞いた話によれば俺が産まれた直後、どこかにトンズラこいたそうだ。
俺を育ててくれたのは母さんただ1人だった。親戚もおらず、俺は母さんと2人で生活をしていた。
母さんは俺を養う為、朝も夜も働きに出て生活費を稼いでいた。お陰で俺は不自由せず学校にも通えた。
父親の存在や母親の手料理なんてものは手に入らなかったが、そんなもの無くても、俺は何の不満も持たずにいた。
だけど、周りの環境は決して俺に対して優しくはなかった。
少し変わった家庭環境。それだけで俺は避難される存在だった。
おまけに変色する髪に目付きの悪さ。幼稚園・小学校の頃は誰も俺に近づいてこなかったし、保護者達が近づけさせようとしなかった。
俺には友達が1人もいなかった。
ハマコーなんて気さくに話しかけられたのは高校生になってからの事で、それまでは通り名として陰で呼ばれていただけに過ぎない。
小学校高学年になると何人かが近寄ってくるようになったが、そいつら全員喧嘩を吹っ掛ける事を目的としていた。荒れた学校生活、中学に入ってからもそんな状況は続く。
中学生になった頃には精神面も成長し、感情を圧し殺す術を身に付けた。よほどの事がない限り、俺は誰に対しても怒らない。そうやってなるべく面倒事は避けていた。
けれど母の事をバカにされると頭に血が登り、俺からも手を出したりした。喧嘩に負ける事はなかったが、相手の親が出てくるケースになると、たいがい俺が悪者となり、母さんと2人で頭を下げに回る羽目になった。
母さんは俺が喧嘩をする事を責めなかった。むしろ不良少年を子に持つと愛着がわく。バカな子ほど可愛い。そう言って俺を励ましてくれた。
誰のせいでこうなった? 俺が喧嘩を持ち掛けられるのは、母さんに似た目立つ容姿をしているからだろ? ―――そう内心思いもしたが、笑顔で語られる母さんの言葉が嬉しくて堪らなかった。
母の温かさに触れる度に、俺は人目のない場所で涙を流した。
涙を流した時は決まって俺は自分を責めた。
迷惑かけてるのは俺だ。俺がいなければ母さんは苦労してない。仕事も減らせるし、再婚だってまだできる年だ。
俺は母さんの重荷になっている。早く自立しなければ。
そう思った俺は中学卒業をした後、進学せず働きに出る事を決めた。
中卒でも雇ってくれる場所は探せばあるだろうし、俺が働けば母さんは楽できるはずだ。
中学卒業したら働きに出る。その考えを母さんは止めた。
「1人で勝手に大人になろうとするな。光助には他の子達同様に教育を受ける権利がある。気を使わないで、後3年は子供でありなさい。母さんまだ若いし、もうしばらく働けるよ。老いぼれた時に母さんを養って。立派な大人になった光助なら、私は心置きなく甘えるから」
そう言って母さんは俺に高校の案内書を渡してきた。
「この高校かなり有名な学校なんだよ。母さんの知り合いも通う予定みたいだし、あんたも試験受けてみなさいよ。ここなら友達たくさんできるって」
「ばか、ここ私立校だろ? 金が余計にかかる」
「お金なら大丈夫。何のために母さん毎日働いてると思ってるの? たんまり貯め込んでるからお金の心配はしないで。今まで親らしい事してあげれなかったんだから、これくらいさせて」
いい年こいて思春期の最中である息子を抱きしめる、ばかな母親の姿がそこにはあった。
「……ああもう、わかったよ」
流れる涙を止めるため顔を上にそらす、ばかな息子の姿がそこにはあった。
こうして俺は熱心な母の要望に答える為、勉強に励んだ。
頭の悪い俺が進学校を受験するのは並大抵の事ではなくて、必死になって勉強した。柄にもなく地元の図書館に通ったりもした。
そんな甲斐あり、俺は志望校である天春学園に合格した。
試験当日は筆記用具を忘れるという最悪な失態をした。だけど後席に座る人の手助けもあり、無事に試験を乗り越える事ができた。
運も廻って得た最高の結果だ。嬉しいに決まっている。
よっしゃ! 俺は番号が張り出された掲示板の前で、1人で小さくガッツポーズをした。前祝に買ってもらった携帯を取り出し、母さんに結果を報告しようとする。
―――だけど試験の合格発表の当日、吉報とは真逆の出来事が起こってしまった。
母さんに知らせようとした矢先、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
普段滅多に鳴らない俺の携帯電話。不審に思い、警戒しながら電話に出る。
電話の相手は自宅付近にある病院からであった。
看護婦らしき女性は重苦しい口調で要件を述べた。
破馬光助さんですね? お母さまの容体が悪化しました。急いで病院にお越しくださいと……




