謎の転校生とか求めてないから 6
「はい。ええ。御大将の考えで良いと思いますよ。俺の方でも首相にカマをかけてみます。そちらも気を付けて」
たいして広くもない廊下の隅。
携帯端末を降ろした信二が溜息を吐いた。
なかなかどうして打つ手がはやい。
会談と同じタイミングで送り込まれた転生者。
槍を使っていたと聞くが、そんな神などいくらでもいる。現時点で正体を予測できるのは、澪陣営では暁貴くらいのものだろう。
彼の特殊な趣味は、こういう局面で非常に有効だ。
ただ、正体に関しては今はさほど重要ではない。
時期とスタンスが問題である。
本人が言ったように新山の依頼で動いているのか、それともやはりバンパイアロードが幕の影で笛を吹いているのか。
「女神の末裔、鬼の末裔、神の転生、吸血鬼、そして人間。とんだ百鬼夜行ですね」
薄い唇を皮肉げにゆがめ、ふたたび信二が会議室に戻る。
そして顔をしかめた。
室内が真っ白だったから。
暁貴と鉄心と新山が吸いまくっている煙草のせいで。
「……沙樹さん。良く平気ですね?」
「慣れよ。副町長室なんていつもこんなもんだもの」
「劣悪な職場環境に同情いたします」
肩をすくめて着席。
首相と斜向かいのポジションだ。
「さて閣下。高校から連絡がありました。先日澪を襲った者の一人が転校してきたそうです。どういうおつもりですかね」
直球で質問をぶつけてみる。
信二にしては希有なことだが、腹の探り合いばかりでは胃にもたれるというものだ。
「友好親善使節のようなものだと考えてもらえるとありがたいが」
「決闘騒ぎになっていますよ」
「うん。そうなる可能性も考えないではなかった」
ぽりぽりと頬をかく新山。
「他に人がいなかったんだよ」
苦笑。
バンパイアロードに短兵急な行動を起こさせないための手管。
澪の動きを監視させてはどうか、と、提案した。
しかも懐深く入り込んでしまえば、埋伏の毒として使うこともできる、と、鼻薬を嗅がせた。
「埋伏て。俺たちにそれを言ったら策になどならないでしょうに」
呆れる信二。
「私の本心はさっき語った通りだよ。軍師どの。君たちと争うつもりはない。すくなくとも充分な勝算が立つまでは」
「正直な発言、痛み入ります」
首相の狙いは二つか、と判断する。
澪を監視するという名目で御前の戦力を殺ぐ。澪に獅子身中の虫を飼わせることで他者の目を意識させる。
見事な算術だが、人選が問題だ。
よりによって襲撃者の一人を選抜するとは。
「本当に人がいないんですね」
「御前の戦力は払底しているからな。あの槍使いを除けば、風使いの少年のみのはずだ。残っている転生者は」
風使いとはカトルのことであろう。
案外、光あたりと仲良くなれそうな気もするが、中学生組に接近したところでさほど意味がない。
子供チームのトップである実剛に接近しなくては、監視にも埋伏にもならないのだ。
「それに、本人からの希望もあったのでな。私としては飲まざるを得ないという事情もある」
このあたり、総理といえども立場は弱い。
実力で押し通られれば、何もできないのだ。
「本人の希望?」
首をかしげたのは鉄心である。
「ええ。どうやらリンという少女は光則君にご執心らしいですよ」
肩をすくめて応える軍師。
「ぬ」
光則の名が出たことで、一瞬だけ父親の顔に戻る鬼の頭領。
くすりと沙樹が笑った。
「おやおや。佐緒里ちゃんに恋敵出現ね」
「そうなのか?」
暁貴が問いかける。
佐緒里の意中の男性とは、実剛だと思っていた。
てっきり、甥をめぐって絵梨佳と佐緒里が三角関係を形成しているのかと。
「…………」
「…………」
可哀相な人を見る視線を盟友と従妹がくれる。
「気づいてないのは、本人と暁貴くらいのものでしょうねぇ」
「光則は鈍感系主人公という扱いで良いだろうが、四捨五入すれば五十のこの男は、どうカテゴライズしたものか」
すごくアメリカンな態度で肩をすくめる沙樹と鉄心。
「るせーるせーっ 甥の恋愛事情に興味なんてねえんだよっ」
くるしい言い訳をする暁貴。
男女の機微については、残念ながらこの男の言葉に説得力はない。
なにしろ結婚もせず、子供もつくらず、この歳になるまで好きなように遊んできただけなのだ。主に商売女と。
自分に向けられていた沙樹の気持ちにすら気づかなかったという前科もある。
「鬼姫と転生者に好意を寄せられる少年か。なかなか興味深いな」
不毛な争いに新山まで参戦した。
「私の孫娘も今年で十六になるぞ。どうだろうな」
「政略結婚の相手としては、すこしばかり容儀が軽いですよ。首相閣下。芝の分家筋に過ぎませんからね。光則君は」
もともと巫と芝は同格であるが、現在は巫の傘下という扱いだ。これは萩も同じである。
澪の盟主は巫。
芝の眷属たる坂本は、家臣の家臣くらいになってしまい、調略の相手としてはやや弱い。
にやりと笑う日本国首相。
政略結婚の相手なら、目の前に二人もいるではないか。
「いや? 君にだよ。軍師どの」
鬼や転生者と孫娘を争わせようとは思わない。
王の嫁というのも、いささか重すぎる。
その意味で信二は優良物件だ。
それに重要度でいうなら、いち戦士にすぎない砂使いより、軍師の方がはるかに重いファクターである。
よしみを通じるなら、より効果があるほうと。
まさに政略である。
「勘弁してくださいよ……」
「そうよ。信二くんはうちの琴美とくっつける予定なんだし」
蒼銀の魔女がふんすと胸をそらす。
本気度が五十パーセントくらいありそうだ。
「沙樹さんまで……」
げっそりと首をふる軍師。
自分が異性にモテる容姿をしていないことは自覚している。
恋愛談義の槍玉に乗せられるのは、どうにも居心地が悪い。
「……どうでもいいんだが、俺には嫁候補はいねぇのか?」
寂しい独身四十男が仏頂面を作った。
「立場が重すぎる。お前さんに嫁ぐって事は、ようするに日本と同格の国のファーストレディになるということだからな」
真面目くさって応える鉄心。
怪物の国の王の妻。
なりたがるものがいるはずもないし、差し出すものもおるまい。
「王様になってもハーレムは作れなかったでござる」
「作りたかったのか?」
「三十歳若かったら」
「だよな」
「一晩で何人も相手とか無理」
「ああ。むしろ一日一人でもつらいよな」
『はぁぁぁ。歳は取りたくねえなぁぁ』
異口同音に嘆いている。
バカみたいだ。
おっさんどものくだらない会話を横目に、体勢を整えた信二が首相に問いかける。
「だいぶ話が逸れてしまいましたが、転校生については閣下の采配ということで良いんですね?」
「かまわんよ。できれば友好的な関係を結んで欲しい」
「どうでしょうね……相手が相手ですから」
ちらりと当事者の父親に視線を送る。
「萩に逃走はない」
胸を反らす鉄心。
「あんたまでそういうこと言うんですか」
溜息を吐く軍師だった。




