おかしな人たち 9
シルバーのワゴン車がひた走る。
男女比は六対三で、わりとバランスが悪い。
もちろんカップリング番組ではないので、べつに問題はなかった。
「信一先輩。次の信号を右です」
助手席に座った実剛が携帯端末を見ながら告げる。
自らナビゲーターを買って出たのだ。
婚約者と隣席して親睦を深めよう、などという甲斐性は、この唐変木には存在しない。
ちなみに、その婚約者どのは後部座席で美鶴や光たちと、おやつを食べながらおしゃべりに興じている。
「あんまり食い過ぎるなよ? 向こうでメシ食えなくなるぞ?」
引率のお兄さんのように光則が注意喚起した。
もちろん効果などなかった。
「現地に着いたら別行動でいいよな? みつ兄。観光ツアーじゃないんだから、ぞろぞろ一緒に動き回っても仕方ないし」
確認する准吾。
現状、敵襲の可能性は限りなくゼロに近い。
集団行動を取る理由は存在しなかった。
「いいけど、別行動なんかしてどうするんだ? たいして見る場所もないだろ?」
江差はあまり若者が好む観光地ではない。
今回の小旅行だって、実剛くらいしか目的地に期待をしていない、と、彼は思っていたのだ。
「神社仏閣」
「え?」
「神社仏閣」
いっそ厳かに、准吾が応える。
よほど大切なことなのか、二度も言った。
改めて従弟の服装を見る光則。
トレッキングシューズと動きやすい服装。デジカメにガイドブック。しかもガイドブックはグルメや遊びの情報ではなく、神社巡りとやらの専門のものらしい。
「みつ兄も行くか?」
「え? なんで神社なんかに?」
「え?」
「え?」
疑問符に疑問符を返したのは、准吾ではなく琴美と信二だった。
なんでそんな質問が出たのか判らない、みたいな顔をしている。
「護国神社、姥神大神宮、厳島神社、行かないで終われないでしょ?」
「アンジー。法華寺を忘れてます。八方睨み竜に会わないでどうしますか」
「いけない。そうだった」
盛り上がっている三年生たち。
普通の高校生がどうしてそんなに神社仏閣に興味津々なのだろう。
自分がオカシイのだろうか。
救いを求めるように絵梨佳を見る。
こいつはイマドキの高校生のはずだ。
「どうしたのみっつ? わたしと実剛さんは開陽丸に行くけど、一緒に行く?」
「いや……いい……」
神社仏閣に比べれば、まだしも興味は沸くが、カップルに同行するのは嫌すぎる。
視線を巡らすと光と目があった。
仕方がない。年少組のお守りか。
「俺と美鶴は食い倒れツアーだぜっ ダレメカレーにニシンソバ。あと羊羹なっ 超うめーパン屋もあるって話だっ」
「江差は、もう眠れない」
不穏なことをいう美鶴。
どんだけ食うつもりなのだ。
「……そうか。がんばってくれ」
そういえば、こいつらもカップル未満だった。
しかも食い倒れ道中を企図している。アマアマな予感がする実剛たちとガツガツな予感がする美鶴たち。
そんな中に混じるのは拷問だ。
最後の希望、一縷の望みを託して運転席へと声を掛ける。
「信一先輩……」
「ん? なんだ? あぶれちまったか?」
「あぶれたわけでは……」
「仕方ねぇやつだな。んだば、俺と一緒に江差追分会館に行くべ」
「江差追分……だと……」
呻く。
もっとも渋いチョイスがきた。
「いや俺は……」
「江差の五月は江戸にもないっつってな。江差追分からは、そのころの繁栄が伝わってくんだぜ」
「あ、いえ、はい。すんません。なんかすんません」
思わず謝ってしまった。
なんだろう。
どうしてこんなに、みんな江差が楽しみなのだろう。
車窓に映る景色が流れてゆく。
北海道にも遅い春が訪れていた。
「春……か……」
呟き。
「信一先輩っ 俺、一緒に行きますっ」
「おうっ 楽しみだなっ」
「はい。ちょーたのしみです」
光則が壊れた。
チャイムが鳴り、愛猫ぴろしきを抱えたまま玄関へと向かうおっさん。
「独り身の中年男が休日に猫と戯れる。ひっどい構図ねぇ」
ややハスキーな声。
無造作に一本にまとめた長い黒髪。
皮肉げな笑みをたたえた口元。
やせ形のスタイル。
薹が立っているが、美人と評して大過ない。
「んな嫌みを言うためにきたのかよ? 沙樹」
苦笑を向ける暁貴。
安寺沙樹。彼の五歳年少の従妹で、琴美の母親である。
「暁貴が寂しがってるだろうと思ってね。差し入れよ」
左手を掲げて見せる。
缶ビールとつまみの入った買い物袋。
休日の午前中から飲みに誘われた。しかも従妹に。
「寂しいのはおめーじゃねえのか? 琴美が出掛けちまって」
「そゆこと。母一人子一人だからね。いなくなると途端に寂しくなっちゃうのよ」
からからと笑いながら勝手に上がり込む。
そんな玉かよ、と、内心で呟きながら、暁貴が続いた。
男勝りの性格と気っぷの良さが災いして、婿養子だった琴美の父親が逃げてしまったのは、わりと公然の秘密である。
「わざわざあいつらがいない時を選んできたってのは、なんか理由があるんだろ?」
ソファに座り問いかける。
「たいした話でもないわよ」
袋から出した缶ビールを手渡しながら沙樹が言った。
「琴美の出生の秘密とか」
「いや、たいした話じゃねーか。つーか秘密があったのかよ?」
プルタブを開ける。
「うん。あの子の父親はあなたよ。暁貴」
「な、なんだってーっ!?」
思わず缶を握りつぶしてしまう。ぶしゃーっと吹き出したビールが顔にかかった。
「いやいや。まてまて。おかしいだろ。俺とお前がいつそんなことしたんだよ」
いつだ?
逆算して十七、八年前。
澪に呼び戻されたばかりの頃か。
たしかのあのころは荒れた生活をしていた。まさか酔った勢いで従妹を押し倒したとか?
馬鹿な。血縁者だぞ。
しかし正体をなくしていれば、可能性は否定しきれない……。
鏡を見つめるガマガエルみたいに、だらだらと脂汗を流す暁貴。
「びっくりした?」
笑っている。
殴りたい。この笑顔。
「あのなぁ」
「冗談にきまってるでしょ。仮に暁貴とそういう関係になったとしても、妊娠するようなヘマをあたしがすると思うの?」
「関係性そのものを否定してくれ……」
「それは無理。だってあたし、暁貴のこと好きだったから。そういうことになってたら、わりと喜んで受け入れたんじゃないかな」
「おいおい……」
爆弾発言。
当時は、という注釈がつくのだろうが。
互いにもう四十代。熱情に身を焦がすという年齢ではなくなっている。
「でもま、琴美の父親の話ってのは、ここにきた理由よ」
テーブルを拭きながら沙樹が言う。
本当の父親、彼女の離婚した夫だ。
ながらく行方しれずだったはずだが。
「萩に身を寄せてるって話」
「なーる……」
従妹の一言で、ある程度の事情が明らかになる。
直系にしか発現しないはずの萩の能力。にもかかわらず幾人もの能力者が登場しているという現実。
「奴が情報を渡していたって事だな」
「たぶんね。出て行くときにいろいろ持ち出したっぽいから」
「ぽいってなぁ……具体的には?」
「お母さんの遺品で、澪に関わるものが全部」
「おおごとじゃねえかよ……」
げっそりと暁貴が息を吐く。
「当時は気にもしなかったしね。好きでもない女と結婚させられ、父親を続けなきゃいけない。嫌気がさしても仕方がないと思ったし」
あっけらかんとした態度の沙樹。
逆にいうと、彼女もまた夫となった男を愛してはいなかったということだろうか?
嘆息する暁貴。
そうなると寒心なきをえない。
あの男は最初からそれが目的で沙樹に近づいたのではないか。そして必要な情報を集めきったところで、姿を消したのではないか。
安寺は、沙樹の母の代に眷属に加わった新しい家だ。
本家から持ち出された資料も多くあっただろう。
それがそっくり萩に渡った。
一大事ではある。
「どうする? 暁貴」
「……どうもしない」
一瞬の沈黙を、暁貴が返答に先立たせた。
現状、打てる手がない。
ここまでの話はすべて推測で、確たる証拠など何もないのである。
証拠もなく、しかも休戦期間中に軽挙妄動するのは幾重も拙い。
「それにまあ、複製能力者をいくら造ったって、オリジナルに勝てるわきゃあねえからな」
「のんきねぇ」
「問題あるか? 蒼銀の魔女」
「その二つ名、まだ憶えてたんだ」
中年にさしかかった男女が微笑を交わした。




