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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第9章 ~うごめくモノども~
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うごめくモノども 7

 撤退信号が上がったことにより、命が助かった者がいる。

 光則だ。

 本気になったリンの猛攻は凄まじく、少年の命運は尽きるところだった。

 左腕は腱を切り裂かれ、だらりと垂れ下がっている。

 貫かれた腹からは、恥ずかしそうに腸が顔を覗かせている。

 もっとも、リンの方もさほど変わらない。

 砂剣で割られた右肩は折れた鎖骨が露出し、腹からも太股からも何本も石筍を生やしていた。

 それでも、このまま戦い続けたら敗北したのは自分だったろう、と、光則は分析する。

 リンという少女は、まだ底を見せていない。

「時間切れ。残念ね」

 すっと左手一本で掲げた槍を降ろす。

「ぜんぜん残念じゃない」

 視線を外さずに吐き捨てる少年。

「久しぶりに熱くなれたのに。つれないね」

「バトルマニアめ……」

「何言ってるの? 強敵と闘うことこそ武人の本懐でしょ?」

「俺は武人じゃない。ただの高校生だ」

 かみ合わない会話すら、少女は楽しそうだ。

 ショートカットの髪と紅潮した頬。

 服がぼろぼろで血まみれでなければ、さぞ魅力的だろう。

「ミツノリ。これから私のことはリンと呼びなさいよね」

「初対面の女をファーストネーム呼ぶのは流儀じゃないと言ったはずだが」

「次にあったら初対面じゃないでしょ」

「……また来る気かよ……」

「ふふ。どうだろ? でもミツノリとはまた会える。そんな気がするの」

 小首をかしげる少女。

 青春映画のワンシーンみたいだが、満身創痍の状態で吐くような台詞ではない。

「そんな機会がないことを、切に願う」

「うふふ。私は尽くす女だからね。簡単には諦めないよ」

 言って、槍で地面を突く。

 助走なしの棒高跳びのように。

 舞い上がった小柄な身体は、接近してきた翼ある蛇の背中に危なげなく着地した。

 そしてそのまま八雲方面へと飛び去ってゆく。

 右腕を突き出し、砂弾(サンドバレット)を放とうとした光則だったが、すぐに諦めた。

 あっという間に射程外へ出てしまったから。

 追撃するなという指示は出ていないが、わざわざ帰師を阻む必要もない。

「……そういうのは、尽くす女とは言わないと思うんだがな」

 ぼそりと呟く。

 本人はまったく気づいていないが、厄介な女に気に入られる体質なのである。





 加速度的に損害が増してゆく。

 最初の戦死者が出たとき、自衛隊の指揮官たる三浦陸将補はそう予感した。

 そして予感は十秒後に現実となった。

 立て続けに戦死報告が届いたのである。

 その報告は、むしろ悲鳴に近いものだった。

 怪物だとか。

 殺されるとか。

 いまさらである。

 判っていたことだ。澪がモンスターの巣窟であることなど。

 そしてモンスターどもは、脆弱な人間ごときに本気になったりしない。

「方針が変わったということか。結局、虎の尾を踏んでしまったな」

 本気を出されないうちに頭を潰したかった。

 つまり澪の王、巫暁貴の殺害である。

 そのための転生者三名による強襲だったのだが、彼らの結果を待っていたらこちらが全滅してしまうだろう。

「撤退だ」

 思考にほとんど時間を使わず、副官に命じる。

 作戦は失敗だ。

 凄まじいまでの胆力で見切りを付ける。

 すぐに撃ち上がる撤退信号。

 満ちていた潮が引いてゆくように後退してゆく自衛隊。

 一糸の乱れもなく。

 実戦経験のない名ばかりの軍隊とは思えない統制だ。

 明確な目的を持って行動し、それが叶ったり、逆に不可能だと判断された場合には、ためらいなく後退する。

 この場に魚顔軍師がいたなら、首相官邸のときのように、名将の戦いだとでも称しただろうか。

 切り込んできた勇者隊が見たものは、整然と退却してゆく自衛隊の最後列だった。

「なかなかどうして。打つ手が速いな」

 レイピアを持った勇者が嘆息する。

 最も難しいといわれる退却戦を、いとも簡単にやってのけるとは。

「こちらも退くぞ。負傷者を回収しろ。敵味方関係なくな。助けられる限りは助ける」

 淡々とした指示。

 魚顔筋肉が近づいてくる。

「どのくらい死んだかな」

「味方が二。敵が十五というところだろう」

 負傷者はその数倍だ。

 二百名と三十四名がぶつかって、それだけで済んだのはむしろ少ないといっても良い。

「味方にも損害が……」

 呻く信一。

 突撃銃の弾丸程度で量産型能力者は致命傷を負わないが、それでも当たり所が悪いと死んでしまうのだ。

 横から頭を撃ち抜かれたりとか。

 ちなみに額で受ければ、痛いだけでけっこう平気だ。

 第一隊の戦士たちはそのように訓練されているのだが、序盤において手加減した戦いを続けたため、思わぬ隙を突かれることとなった。

「俺が不甲斐ないばかりに……」

 肩を落とす。

 勇者がぽんとその肩を叩いた。

「その通りだ。次はしっかりやってくれ。敵を殺したくなくて味方を死なせるのでは本末転倒だ」

 厳しい言葉が、だがこの際はありがたかった。

 殺すつもりで襲ってくる敵を、手加減して無力化できるなどという考えは、ただの増長にすぎない。

「……すまん」

「謝るような事じゃない。俺たちの命はとっくに澪に捧げているからな。使いどころを間違ってくれなけれぱ良いだけだ」

 右手を挙げ、去ってゆく勇者。

 見送り、ぽつりと魚顔が呟く。

「実剛……おまえはいつもこんな気持ちで指揮を執っているのか……」

 死ね殺せと命じるのが指揮官というものだ。

 当主たちの使命の重さを、改めて痛感する信一だった。




「退いてくれたか……」

 大きく息を吐いて、副町長席にどっかりと腰を下ろす暁貴。

 庁舎は酷い有様だ。

 窓ガラスはダース単位で数えなくてはならないほど割れ、壁面はひび割れ、前庭も駐車場も穴だらけ。

 なんとか敵を追い返したものの、再建の苦労が思いやられる。

 建物などは金と人手と時間さえかければ何とでもなるが、問題は人的資源の方だ。

「沙樹」

「街の方は被害なし。避難の途中で腰を打ったりしたお年寄りはいたけど、准吾くんが治療したわ。第二隊の誘導も迅速だったしね」

 従兄に訊ねられ報告する蒼銀の魔女。

 絶対に守らなくてはいけない場所は、なんとか守られたようだ。

「庁舎の被害は深刻ね。いま建設課が調べてるけど、たぶんここは捨てないといけないわ」

「だよなぁ」

 補修でどうにかなるようなレベルではない。

 新築するか改築するかしなくてはなるまい。

「人的被害はどうだ?」

「重傷者二十四。軽傷者は数えてないわ。もう治療は終わってるんで、みんな職場に復帰してる」

「死人が出なかったのは不幸中の幸いか」

「最初の攻撃が当たったのが相談室だったからね。たまたま誰もいなかったのよ」

「鉄心の方はどうだ?」

「こっちはもう少し悪いな。第一隊に死者が二名だ。敵の方は十四名だな」

「ついに死人が出ちまったか……」

 唇を噛む。

 戦う以上、犠牲が出るのは当然で、それをゼロにすることはできない。

 いままでが上手くいきすぎたのだ。

「遺族に不自由はさせるなよ」

「判っている。第一隊には後顧の憂いのない者しかいないはずだが、係累がいないか改めて調査しよう」

「頼む」

 澪唯一の戦闘部隊である第一隊。

 いつかは犠牲者が出るだろうと推測されていたので、家族のいる者は除外している。

 とはいえ、ことが人間関係であるため、この一、二ヶ月で恋人を作った隊員がいてもおかしくはない。

 充分な補償が必要になるだろう。

 もとより覚悟の上とはいえ、やはりきつい。

「各セクションは担当者の指示に従って、行政機能を復旧させてくれ。よほどの事がない限り現場の判断を優先しろ。いちいち報告は要らない。あと、建設課長には、プランがまとまり次第こっちに顔を出すように伝えてくれ」

 最低限の指示を出し、疲れたように天井を仰ぐ。

 犠牲は出たが、なんとか凌いだ。

 次は……。

「頼むぞ……実剛……」

 口中の呟き。

 音波になるには小さすぎる。



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