表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第9章 ~うごめくモノども~
85/338

うごめくモノども 6

 縦横に振るわれる長剣。

 当初は互角以上の戦いを続けていた琴美だったが、少しずつ少しずつ、追いつめられてゆく。

 潜在的な力(ポテンシャル)の差か、経験の差か。

「はぁはぁ……」

 少女の息も上がり始めていた。

「良く粘ったが、ここまでのようだな」

 一定の距離を保ったままのサトルの言葉。

 勝ったと油断して不用意に近づくような真似はしない。

 小憎らしいほどの冷静さである。

 三度目の敗北を喫するつもりはない、というところだろうか。

「魔女の娘。降伏しろ」

「……お断りよ」

 疲労で震える膝を必死に叱りつけ、短刀を構える。

 酷く腕が重かった。

 知っている。

 自分には最強の名を恣にした母親のような天賦の才はない。

 特殊能力も身体能力も、ずっと見劣りする。

 だが同時に、努力家の父の血だって受け継いでいるのだ。

 諦めたりなど、絶対にしない。

「お母さんに酷いことをして、お父さんを傷つけたアンタに降伏? 寝言は寝て言えってのよ」

「よくほざいた。せめてもの情けだ。一撃で楽にしてやる」

 もはやサトルは琴美を犯そうなどと不埒なことを考えてはいない。

 手加減して勝てる相手ではないから。

 ぐっと腰だめに長剣を構える魔族。

 琴美もやや腰を落とし、左手を前に、短刀を逆手にもった右手を身体の後ろに隠す。

 すり足で移動するふたり。

 じりじりと間合いが詰まってゆく。

 動いた!

 フィルムのコマが飛んだように。

 鋭い突き込みを放つサトル。

 紙一重で琴美が回避に成功する。

 必殺の攻撃をかわされた格好だが、舌打ちすらせずに男が切り返す。

 だが、それも当たらない。

 首筋から二ミリの場所を通過する剣光。

 サトルの攻撃は続く。

 螺旋を描く突き、舞うような斬り下げ、大岩を砕く波のような薙ぎ払い。

 すべてが回避された。

 剣圧が地面を穿ち、少女の衣服をぼろぼろにしてゆく。

 半裸に近い状態になりながらも、琴美は顔色ひとつ変えずにぎりぎりの回避行動をとり続ける。

 男の攻勢が鋭さを増してゆく。

 少女の狙いは明白だ。

 ひたすら耐えて、一撃にすべてを賭ける。

 紙一重の回避は、もう大きく避けるだけの余裕がないから。

 攻撃を繰り返しながら、サトルには琴美の氣がどんどん膨らんでいるのが判る。判るからこそ手を弛めるわけにはいかない。

 手数で勝負する男と、一撃に賭ける少女。

 攻防はいつ果てるともなく。

 どれくらい続いたのか。

 不意にサトルは危機を感じた。

 論理的な根拠など何もない。

 来る、そう思った。

 ぐっと踏み込む少女の右足。

 掬いあげたばかりで体勢の崩れたサトル。

 短刀を逆手に持った右腕が振り抜かれる。

 間に合うか。

 狙いは頸動脈。

 否、間に合わせる!

 無理矢理作りだした移動力で剣を下げる。

 酷使に耐えかねたように、右腕の筋が何本がぶちぶちと音を立てて千切れる。

 かまわない。

 この一撃を受けきれば、少女は手詰まりだ。

 音高く、剣と短刀が激突した。

「策は破れたぞっ 魔女の娘っ!」

 勝った!

 興奮を隠せずサトルが叫ぶ。

 ぶつかってしまえば、逆手に持った短刀ではそれ以上何もできない。

 このまま力比べで押し込んでやるだけだ。

「ぐぅぅぅっ」

 歯を食いしばり、左手を右手に添える琴美。

 力ずくで押し切ろうというのか

 無理だ。

 膂力が違うし、サトルの長剣と琴美の短刀ではそもそも強度がまったく違う。

 貞秀は銘刀ではあるが、べつにこれといった特徴もない普通の短刀に過ぎない。

 魔力付与品(マジックアイテム)というわけでもない。

 仮にも神剣たるサトルの長剣に抗しえるはずがないのだ。

「諦めろ。刀が折れるだけだぞ」

 少女を押しつぶそうと力を込めるサトル。

「……もんか」

 食いしばった歯の間から漏れる低い呟き。

「なんだと?」

「絶対に折れるもんかっ!!」

 叫びとともに、渾身の力で押し返す。

 刀身からみしりと響く音。

 サトルの。

「ばかなっ!?」

 ただの短刀が神剣を打ち負かすというのか。

「ただの刀じゃないっ」

 共に歩みたいと願った。守りたいと思った。ずっと一緒だと誓った。

 村井と沙樹の祈りによって鍛え上げられ、琴美が託された魂の刃だ。

 蒼銀(ミスリルブルー)の輝きを放つ短刀。

「断ち斬れないものなんかっ なにひとつないんだからっ!!」

「なんだとっ!?」

 男の剣と右腕を断ち切り、左脇腹から胸を経由して右肩へと抜ける。

 伸び上がるように刃を振るった少女。

 勢いのままに半回転し、サトルに背を向け膝から着地した。

 そのまま両手を地面につく。

 髪が栗色へと戻ってゆく。

 限界だった。

 もう、攻撃はおろか防御すらできそうもない。

 右腕を失い、胸を存分に切り裂かれた男が、一歩二歩と後退する。

 流血が驟雨(しゅうう)となって大地を汚す。

「……名を聞いておきたいな……いまさらだが……」

 ひゅうひゅうと音に混じって聞こえる声。

「……安寺琴美」

 膝をついた姿勢のまま、ようやくに答える。

「……琴美か……その名……刻んでおくぞ……」

 言葉が消えてゆく。

 サトルの姿も、大気に溶けるように滲んでゆく。

 亜空間転移ではない。

 滅びだ。

 と、理由もなく琴美は悟った。

「次に邂逅するときが楽しみだ……幾千夜の後になるかわからんがな……」

「……お断りよ……二度と出てくんな……」

 地面を見つめたまま、少女が憎まれ口を叩いた。

 応えは、なかった。


 



「サトゥルヌスが逝ったか」

 翼ある蛇がぼそりと言った。

 激戦のさなかである。

 蛇身にはいくつもの穴が穿たれ、尾の部分などは半分千切れかかっている。

 対する光も似たような有様だった。

 左腕は変な方向に折れ曲がってもう動かないし、左足と額からは滝のように血が流れ、肋骨も半分ほどが折られていた。

 無限の体力を誇る澪の血族でも、立っているのが不思議なくらいの重傷。

 にもかかわらず、蛇神も少年も闘うことをやめない。

 千切れかけた尾で殴りつけ、血の流れる額で頭突きを食らわせ、牙が欠けた口で噛みつき、折れた足で蹴りつける。

 神話の戦いというより、悪夢の苗床となりそうな野蛮極まる戦いだ。

「なんかいったか?」

 光が問いかける。

 あまり聞こえない。

 左足を掴まれて何度もアスファルトに頭から叩きつけられたとき、鼓膜がどうかなったのかもしれなかった。

「なんでもない。小僧。そろそろ決着を付けようではないか」

「いいねぇ。大賛成だぜ」

 良く聞こえてもいないくせに、にやりと笑う。

 こういうのは雰囲気で伝わるものらしい。

 唯一無事な右拳をぐっと握りしめた。

 もう走ることはできないから、右足だけで跳んで一発で決めてやる。

 ぎらぎらと輝く目でケッツァルカトルを睨む。

 蛇神もまた、牙の欠けた口を歪ませた。

 最後の一手となろう。

 互いに。

 もはや戦術など無粋。

 もてる最大の力をぶつけるのみ。

 移動を始める翼ある蛇と、ぐっと腰を落とす少年。

 そのときである。

 まばゆい光を放つ弾が立て続けに撃ち上がった。

「撤退信号か……もう少し速ければサトゥルヌスは助かったな」

 蛇の顔に浮かぶ微苦笑。

「小僧。どうやら我らの負けのようだ。我は退却するが、追撃するか?」

「しねえよ。とっとと消えやがれ」

 ふんっと鼻息を詰めて、耳道にたまった血を落とした光が、しっしっと手を振った。

 逃げるという者を追い打ちする趣味は、少年にはない。

「Adios hasta luego」

 ぼろぼろの身体で空中に舞い上がる蛇。

「聞こえるようになっても、さっぱりわかんねえな」

 おもわず呟く光に、

「また会おう、くらいの意味よ」

 近づいてきた美鶴が告げる。

 彼女が戦域に入ったということは、終結を意味する。

 ほっと息を吐く少年。

「それにしてもスペイン語って。敵性言語なんじゃないかしら? ケッツァルカトルにとって」

 小首をかしげる美鶴だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ