モンスター 9
空港ロビーで出迎えを受けた。
「……新山総理……僕の知っている総理大臣という役職は、空港に高校生を迎えにきたりはしないものですが……」
ハンチング帽をかぶった地味なおっさんに話しかける実剛。
「誰にでもプライベートはあるものさ。公人だろうとアイドルだろうとね」
片目をつむって見せるこの国の主権者。
「僕はここのところ、ブライべートがないんですが」
「それは諦めたまえ。次期魔王どの」
「首相……あなたもですか……」
ブルータスに裏切られたジュリアス・シーザーって感じで実剛が嘆く。
それほどたいしたものではない。
「御前の元へと案内しよう」
「しちゃって良いんですか?」
「良くはないが、東京で一暴れされるよりはマシだ」
すごいぶっちゃけトークだ。
実剛が肩をすくめる。
「ただし、場所は明かせない」
「目隠しでもしますか?」
「そんなところだ」
案内されたバス。窓には分厚いカーテンがかかっていた。
中からも外からも見えないように。
これで御前とやらのところにつれていかれるのだろう。
「そのカーテンは開けないでくれたまえよ。お互いのために」
「是非もない」
代表する形で応えた佐緒里が、軽く目を閉じる。
敵の本拠地に興味はない。
二度も三度も訪れたい場所ではないし、今回で勝負を決められなければ、そもそも再度の挑戦などありえないのだ。
向かう先が地獄だろうと奈落だろうと関係ない。
全力で巫の眷属たちを奪い返すのみである。
シンプルな思考。
苦笑した御劔が、鬼姫にならうかのように瞼を閉じた。
鳴動がきた!
直下型地震に襲われたかのように老兵の庁舎が揺れる。
響く悲鳴。
逃げまどう客や職員たち。
ちょうど階段をのぼっていた高木は、最初に壁に、次に手すりに叩きつけられ、あげく二十段ほどを転げ落ちることになった。
とことんまで運に見放されていたようである。
左足と右腕はありえない方向に曲がり、肘からは皮膚を突き破った骨が露出する。
重傷であるが、彼は痛みを感じなかった。
最初の衝撃で気を失っていたからである。
「高木さんっ」
駆け寄った沙樹がすぐさま癒しの力を使う。
みるみるうちに塞がってゆく傷。
一撃目で、多数の負傷者が出た。
「くそ。予想していたのに後手に回った」
無念の臍を咬む暁貴。
「後悔は後だ。迎撃する」
庁舎を飛びだしてゆく鉄心。
単独行動だが、こればかりは仕方がない。
庁舎にいる能力者は三人だけ。
そのうち沙樹は負傷者の世話に当たらなくてはならない。
いまフリーハンドで動けるのは鉄心しかいないのだ。
暁貴の手が携帯端末を掴む。
全部隊に飛ぶ出動命令。
澪が襲撃された場合に備え、避難と迎撃の計画はすでに立てられている。
戦闘力が比較的低い第二隊が中心になって、負傷者の後送と住民の避難誘導。
これを指揮するのは奈月と准吾だ。
第一隊と勇者隊は周辺警戒と敵補給路の遮断。
際限なく兵力を送り込まれてはかなわないので責任重大である。
こちらの指揮を執るのは信一。
残りの能力者で敵の先鋒を挫く。
これが基本骨子だ。
危なげのない作戦であるが、それだけ能力者にかかる負担は大きい。
「持ち堪えてくれよ。鉄心。すぐに救援がくるからな」
巫邸から澪町役場までは徒歩五分ほど。
能力者の全力疾走ならば二分もかからないだろう。
問題は、その二分間を萩の鬼が稼ぐことができるかという点だ。
割れた窓ガラスから前庭を睨む澪の王。
行く手を遮るように立ちふさがる鬼と、対峙する三人の人影を。
豪壮な屋敷。
萩邸や寒河江邸も大きかったが、その十倍はゆうにありそうだ。
敷地面積ならば二十倍といったところだろう。
東京は土地不足なのではなかったか。
「ここは皇居ですかね?」
「そんなわけがなかろう」
実剛の不出来な冗談に、愛想笑いすらせずに新山総理が応える。
「案内はここまでだ。あとは自分たちでなんとかしたまえ。私としては、君たちと御前が相打ちになって果てることを望んでいる」
「それは僕たちの望みとは、少々異なるようです」
「残念だよ」
にやりと笑ってバスの中へと戻る首相。
発車はしない。
顛末をここから見届けるつもりなのだろう。
肩をすくめた実剛が巨大な門扉に向かう。
「呼び鈴を押すのが礼儀かな」
「そんな宣戦布告はない」
言った佐緒里が拳を握りしめる。
派手に打ち壊すつもりだと悟ったが、べつに止めるつもりはなかった。
話し合いにきたのではない。
戦争をしにきたのだ。
始まりの号砲は、派手すぎるくらいでちょうど良い。
止められないので気をよくした佐緒里が三メートルほど後退する。
助走をつけるつもりなのだ。
哀れな鉄門に深い同情を捧げる一同だったが、残念ながら佐緒里のやる気は空振りに終わる。
音もなく門が開いたから。
来訪者を招き入れるように。
「歓迎会の準備は整ってるって事ですね。当たり前といえば当たり前ですが」
無表情に言った信二が、くいと眼鏡を持ち上げた。
新山首相のことを、彼は一ミリグラムも信用していない。
御前と澪の共倒れを願うようなことを言っていたが、それだって信じるに足りないだろう。
敵方の人間である可能性の方がずっと強いのだ。
「征くか」
抜き身のブロードソードを肩に担いだ御劔が歩き出す。
先頭に立って。
「なんで御劔くんが先に行くんだよ」
やや慌てて実剛が続いた。
「盾になるためですね。実剛さんの」
くすくすと笑う五十鈴。
戦闘力の高い三人が前衛の位置につき、戦えない実剛と信二が中段。殿を五十鈴が務める。
たった六人の紡錘陣形だ。
とくに妨害もなく玄関にたどり着く。
先ほど肩すかしをくらった鬱憤を晴らすように、扉を蹴り破る佐緒里。
「ごめんください」
「行動と台詞が合ってないよっ」
思わずつっこみを入れてしまう実剛である。
「たかが鬼っころが俺たちの妨害をするのか」
サトルが言う。
正面に立ちふさがる鉄心。
額から二本の角が伸び、諸肌を脱いだ上半身は筋肉が盛り上がって鎧のようだ。
「いいおる。魔に堕されたへっぽこ神ごときが」
「ほざいたなっ」
ロングソードを掲げて迫るサトル。
後ろに続くカトルとリン。
に、と笑った鉄心が、アスファルトに拳を叩きつける。
「ぬるいわっ!!」
クレーターのように陥没する地面。
爆風と破片が三人を襲う。
カトルは上空に飛んで逃れ、リンは槍を回転させ瓦礫を弾きつつ後退する。
そしてサトルは、青眼にロングソードを構えた姿勢のまま、数メートルの距離を押し戻された。
「なかなかやるな。鬼」
広範囲攻撃。
本気で三人を相手取るつもりなのか。たかが鬼一匹で。
「ここから先は有料ゾーンだ。入場料は、けっこう高いぞ」
鉄心が嘯く。
「あいにくと手元不如意でな。踏み倒させてもらうっ」
ふたたびサトルが斬りかかった。




