モンスター 5
「宇蘭と津流木が裏切った? そいつはどういう事だ? 沙樹」
緊張をたたえて報告する従妹に、詳しく説明するよう求める暁貴。
午後の副町長室。
面白くもなさそうな顔で書類に決済印を捺していた暁貴に、唐突にもたらされた情報。
昼食後の眠気など、一気に吹き飛ぶ内容だった。
巫の眷属五家のうち、二家が裏切ったなど。
「どうもこうもないわ。しばらく連絡が取れていなかったでしょ?」
「ああ。海開き前の浄化の時以来かな」
「そろそろ人手不足も深刻だからね。改めて協力を求めようと思って家に行ったのよ」
宇蘭の家も、津流木の家ももぬけの殻だった。
争った形跡はなく、拉致されたとは考えにくい。
そもそも巫の眷属を易々と拉致できる者など、そう滅多にいないだろう。
となれば、自分の意志で澪を出て行ったと見るべきだ。
工事車両や引っ越し屋のトラックが毎日かなりの数出入りしているいまの澪なら、見とがめるものもおるまい。
「抱き込まれたか」
顎に右手を当てて考え込む暁貴。
「津流木にも宇蘭にも、たしか倅がいたな」
同席していた鉄心が口を出す。
「ああ。大学生のはずだ」
「そちらから切り崩されたと見るべきだろうな」
「就職とかをエサにか。こっちにも、いまなら仕事はいくらでもあるんだがな」
「判るだろう。暁貴。お前と同じだよ」
図星を突かれ、巫の当主が苦い表情を浮かべた。
一度都会に出た者が、田舎町にもどることはほとんど無い。
田舎の幹部になるより、大都市で薄給のサラリーマンの道を選ぶ。
暁貴自身がそう考えていた。
東京なり札幌なりで、かなりの優遇された生活が約束される。しかも家族を呼んでも良いとなれば、心が揺れないわけがない。
「家族ごと抱え込めるだけの財力をもった相手。国か、道か、あるいは企業か」
「狙いはなんだと思う? 鉄心」
「霊薬の独自開発」
「そんなことができるのか?」
「できないと思う理由を聞こう。村井は確かに優秀だったし執念もあったが、世界有数などという冠詞はつかんぞ」
そこそこの研究者が、そこそこの設備で開発してのけたのが霊薬だ。
萩よりも充実した研究施設などいくらでもあるし、村井より優秀な研究員などいくらでもいる。
「だが、遺物がないだろ」
女神が残したとされる頭髪や爪なとだ。
このDNA情報が、霊薬開発の元になったはずである。
「遺物がなくとも、現物があるだろう」
鉄心が指摘する。
村井が研究の初期で遺物を利用したのは、澪の血をもつ協力者に恵まれなかったからだ。
宇蘭にも津流木にも、脈々と女神の血が継承されているのである。
「最悪じゃねぇか」
「最悪だな」
萩とは比べものにならない規模で霊薬が生産される可能性が示唆された。
「だが、一年二年で完成するようなものではない。あれは村井を中心としたプロジェクトチームの、十五年に渡る研究の成果だからな」
「十五年っ!?」
思わず声を上げる沙樹。
つまり村井は、彼女と離婚してからずっと萩に囲われていたということになる。
よくもまあ、澪の血族に気づかれなかったものだ。
それはともかくとして、霊薬開発には膨大な時間が必要なことが判った。
「お利口な連中が頑張れば、半分くらいの時間になるかな?」
「七年。それまで待つつもりか?」
「まさか。霊薬なんか作らせねえよ。すぐに探し出して連れ戻す」
「抵抗したら?」
「殺す。それしかねーだろ」
「修羅の道だな」
「鬼のお前さんがいうことかよ。とにかく情報を集めてくれ。手段は任せるが、子供チームには知らせるなよ」
「言えるか。こんなこと」
綺麗事ですべてが収まると思っていたわけではない。
とはいえ、いきなり内紛処理がくるとは思わなかった。
苦笑を交わし合う暁貴と鉄心だった。
澪の血族と呼ばれるもの。
巫、芝、稲津、穂村の四家。
このうち残っているのは巫と芝。あとのふたつは直系も絶え消滅した。
「と、いうことになっているな」
稲積の唇が紡ぐ。
夜の中島公園。
いつの間にか虫の声すら止んでいる。
脅えているのか。
じりじりと後退する絵梨佳。
「曾祖父は放蕩者だったらしくてな。本妻に隠れて都会で浮気をしていた。それで生まれたのが俺の祖父だ」
認知はされなかったが、姓は与えられた。
稲津から一文字をとって稲積。
戦中から戦後の混乱期である。
たくみな情報操作が行われたらしい。
「そうして、札幌の片隅で稲津の血は細々と生き残ってきたのさ」
ゆっくりと近づいてくる若い警察官僚。
絵梨佳の髪がピュアブルーに染まってゆく。
手加減して勝てる相手ではない、と、彼女の本能が警告を発していた。
「じわりじわりとこの島を乗っ取ってやるつもりだったのだがな。まさか澪が先に動くとは思わなかった」
言葉とともに稲積が消える。
絵梨佳の姿も。
動体視力を超えた速度で動いているのだと悟った実剛が、その場で身を低くする。
ほんの数瞬。
ふたたび現れた二人は、互いに手酷い傷を負っていた。
絵梨佳は両腕が焼けただれ、稲積は腹を裂かれて腸が露出している。
「なんなの……その力……」
少女が呟く。
みるみるうちに回復してゆく両腕。
稲積の傷も、ゆっくりとだが塞がってゆく。
「雷の力だ。稲津というのは、ようするに稲妻のことらしい」
解説してくれる。
「詳しいのね」
「いろいろ調べたからな。穂村というのは炎のことらしいぞ」
「勉強になるわ」
じりじりと間合いをはかる戦士二人。
「芝が司るのは命。その回復力が示すとおりだ」
だが、と、一度言葉を切る。
「巫が判らない。お前のチカラは、いったいなんだ?」
実剛に視線を向ける。
「それを知る機会は、一生訪れないっ」
躍りかかる絵梨佳。
両手両足に風のチカラを纏って。
迎撃する稲積がかざした両腕が、ばちばちと放電する。
風と雷が激突する。
その瞬間。
「双方そこまでっ!」
実剛の声が木霊した。
二人の動きが止まり、絵梨佳がいつもの横回転ジャンプで少年の横に降り立つ。
稲積は追撃しなかった。
苦い笑いをたたえて恋人たちを見ている。
「なんでこんな茶番を仕組んだんです? 稲積警視」
真っ直ぐに目を見た問いかけ。
ふ、と稲積が笑った。
「いつ気づいた? 巫の」
「よくよく考えれば、おかしいことだらけでした。警官の職務質問もなんか妙にしつこかったし」
権力に弱いはずの警察官が、公印入りの吏員証で引き下がらなかった。
そもそもそこがおかしい。
そうやって思い返してみると、なにもかもが不自然なのだ。
しつこく疑っているくせに、絵梨佳の同行をあっさり許可したり、逆に信二たちが別行動するのを咎めなかったり。
普通の補導ならば、全員拘束するだろう。
あげく、時の氏神ともいえる稲積の登場。
「阿呆の知恵は後からでるってやつですね。本当におかしいと思ったのは、能力解説なんか始めたときです」
戦闘中にわざわざ自分の能力を語るのは、少年漫画の世界だけだ。
勝利以外に求めるものがない戦場で手の内を明かす馬鹿はいない。
「あなたは、味方なんですね」
「暁貴氏に世話になった者、といえば理解いただけるかな」
両手を広げてみせる稲積。
笑っている。
アルカイックスマイルではなく、さわやかな笑顔だ。
「教えてください。なんだってこんなサプライズを用意したんですか?」
インパクト狙いにしても手が込みすぎている。
下手を打てば死人が出ていたかもしれないのだ。
「君の実力が見たかったのがひとつ」
絵梨佳に視線を送る。
変身を解いた少女が、きょとんとする。
実力を見るという意味がわからない。
なんのために、そんなことをする必要がある?
少女の戦闘力は、試すまでもなく折り紙付きだ。
人間相手ならば。
「悪いニュースだ。宇蘭と津流木が、御前に捕らわれた」
聞き慣れない単語。
御前。
なぜか、実剛の耳には不吉に響いた。




