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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第1章 ~おかしな人たち~
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おかしな人たち 7


 おおきく息を吐く芝の当主。

 選択の余地などない。誰が好きこのんで、愛娘を萩の妾になどしたいものか。

 巫と手が結べるならば、萩への臣従など考慮に値しない。

「だが巫の。この提案、貴様らにどんなメリットがある?」

「あ? ねえよ。んなもん」

 苦虫を噛み潰したような暁貴の顔。

 だから嫌だったのである。

 巫に、というより暁貴にメリットなどない。これは救済策。一方的に芝を助けるための提案なのだ。

「なぜそこまでする……?」

「芝が萩に食われんのが困るからに決まってんだろ。おめーらが自分の足で立ってられんなら、それがベストだけどよ。そーじゃねえなら、俺らが支えて立たせるさ。芝にゃ生き残ってもらわんとなんねーからな」

 それくらいは買ってるんだよ、と、付け加える。

「伯父さん……」

 実剛の声。

 軽く頷く伯父。

「けどな。婚約ったって本人たちの意思を無視しちゃなんねー。俺が提案するのは、あくまで親の決めた許嫁ってやつだ。実剛と絵梨佳ちゃんが本当に結婚するかどうかは、これからの当人たちの歩み寄り次第さ」

「つまり、時間稼ぎってことね。伯父さん」

 美鶴が口を挟んだ。

 巫と芝が手を結んだ。その証拠に次期当主が婚約した。と、対外的に見せつけることこそが、暁貴の策なのだ。

 さしあたり、それで萩は表だって手を出せなくなる。

「そういうことだ。美鶴。俺の頭じゃ出てくるのはこの程度だな。お前さんになんか代案があるなら言ってみそ」

「……残念ながら」

 首を振る女子中学生。

 芝だけで萩に抗しえない以上、どこかと結合するしかない。

 そして同盟の相手として、巫以外に選択肢がない。

 せめて他に澪の血族が残っていれば、取れる手もあったのだが。

「あとは当人の問題ですね。兄さんはどうでもいいとしても」

「え? 僕どうでもいいの?」

「当たり前じゃない。婚約者がいようが、それが破棄されようが、兄さんの経歴にたいした傷はつかないでしょ?」

「傷だらけの人生だよっ!?」

 抗議の声を上げる実剛。

 妹が薄く笑った。

「絵梨佳さんより?」

「……いや、僕が間違っていたよ」

 男と女では傷の付き方が違う。本来、間違った考えなのだが、婚約を破棄された女、というのは傷物という印象を与えてしまうのだ。

 絵梨佳が晒されるであろう好奇の視線に比べれば、自分が受ける嫉視など論じるほどのことでもない。

 婚約者ができたといっても、せいぜい学校で「ひゅーひゅーやるねぇ」と冷やかされる程度だろう。

 だが絵梨佳は違う。

 高校一年生で、親の決めた婚約者のいる少女。

 どんな目で見られることか。

「好奇の目、蔑むような目、それはありかも……」

 小さな呟きが聞こえた。

 全員の目が集中する。

 絵梨佳である。

 何事もなかったかのように咳払い。

「わたしはかまいません。それで芝が救われるなら、この身に受ける恥辱など、むしろ望むところです」

 立派な発言だ。

 見事な自己犠牲の精神だ。

 なのに、どうしてこうも感銘を誘わないのだろう。

 一同が首をひねる。

 席を立った絵梨佳が実剛の前まで進み、三つ指をつく。

「実剛さん。はつかねずみですがよろしくお願いします」

 空気が固まった。

 はつかねずみ?

 混乱の小鳩が室内を飛び回る。

 誰一人として、絵梨佳の発言が理解できなかった。

「……もしかして、ふつつかものって言いたかったんじゃ?」

 おそるおそる美鶴が指摘した。

 なんだろう。この人の義妹になるのがものすごく不安になってきた。

 義姉ははつかねずみ。あたたかい家庭を築くより先に、きっとぴろしきに狩られるだろう。

「あ、それそれ。美鶴ちゃん頭いいねー」

「つしか合ってないからねっ!? ありえない誤用だからっ!」

 美鶴のつっこみが炸裂する。

 十三年生きて、こんなしょうもないつっこみをしたのは初めてだった。

「そもそも、なんで自分はネズミだけどよろしくって紹介になるのよ?」

「最初はふつかねずみだと思ったんだけど」

「そんな生物はいないっ」

「だから、あー これははつかねずみがなまってそーなったんだなーと。日本語って奥が深いよねー」

「私には、あなたの深淵が計り知れない……」

 疲れ切った表情で美鶴がため息をつく。

「……ねえ、坂本くん……」

 ぼーっと実剛が知己となったばかりの少年に話しかけた。

「絵梨佳ちゃんってさ……よく高校受かったね……」

「澪の奇跡のひとつだな。ほかの奇跡は女神の降臨とかだ」

「ありえないくらいの奇跡と同列なんだね……」

「つーか、この空気どうすんだよ?」

 暁貴が問いかける。

 全員が、自分に振るなとばかり視線をそらした。




 同盟が成立した。

 もちろん書面に残すような類のものではない。

 あくまでも当主同士の口約束である。

 だが、これが対外的に与える影響は大きい。

 澪の裏事情を知るものならば、なおさらだ。

「琴美。わりぃけど少しばかり萩の動きを探ってみてくれ。沙樹(さき)と協力してな。俺らが同盟したからって、それで大人しく引き下がるようなタマとも思えねえし」

 帰宅後、暁貴が琴美に依頼する。

 沙樹というのは、彼女の母親である。

 もちろん巫の眷属だ。

「判ったわ。でもそうすると実剛くんのガードが外れちゃうけど、それは良いの? 暁貴さん」

「あんま良くはねえんだけどな……」

 もともと、美鶴の護衛には光が、実剛の護衛には琴美がつく予定だった。

 巫の直系とはいえ、二人はまだチカラに目覚めていない。

 襲撃などされたら文字通りひとたまりもないだろう。

「であれば、その任は俺が承りたい」

 名乗り出たのは光則だ。

 同盟締結後、真っ直ぐに帰宅せずに巫家に立ち寄ったのである。

 むろん、今後の方針について暁貴の意見を聞くためだ。

「坂本くん……」

 どういう表情をするべきか迷う実剛。

 そもそも護衛が必要な高校生活というのは、どういうものなのだろう。

「光則で良いぞ」

「じゃあ僕も下の名前で頼むよ。それはともかく、学校って場所はそんなに危険だという認識はないんだけどね」

「……ふむ」

 腕を組み、光則が暁貴を眺めやった。

 自分が説明して良いのか、と、視線で問いかける。

 頷くおっさん。

 あきらかに自分の役割を放棄している。

「実剛は引っ越してきたばかりだっけ?」

「うん。昨日ね」

「それなら知らないかもだけど、大通に信用金庫(しんきん)があるんだ」

「知ってる。街にそぐわないくらいのでっかいビルだろ」

 澪信用金庫。

 道南に十店舗以上を構える一大金融機関だ。昨今では札幌や本州にまで進出している。

「あれの本店、この町なんだ」

「名前で、なんとなくそうじゃないかとは思っていたけど、ちょっと意外だね」

 地域の中核を成す金融機関があり、それが隆盛を誇っているのに、町は貧困にあえいでいる。

 おかしな話だ。

「べつにおかしくはないさ。やつらは町に何一つ還元しないからな」

 それどころか、いくつもの会社や商店が食い物にされている。

 人々を圧迫し、搾取し、まるで鬼畜の所行だ。

「そしてその支配者が、萩の一族だ」

「なるほど。ゴッドファーザーみたいだね」

「ついでに、その一人娘が、俺らと同じ学年にいる」

「ぐっは……」

 そりゃあ護衛が必要なわけである。

「さらにいうと、()の一族もまた能力者ですよ。実剛君」

 信二が口を挟む。

 澪の血族ではないが、萩もチカラを持っている。

 それがどういう種類のチカラなのかは、いまのところ判明していないが。

「めんどくさい状況だってのは判りますよ。信二先輩」

 やれやれと実剛が肩をすくめた。

 平凡な高校生だったはずなのに、転居二日目にして権力闘争に巻き込まれてしまった。

「ともあれ、今後ともよろしくね。光則」

「任せてくれ。巫家には恩があるからな」

 差し出された右手を、同年の少年が握りかえした。

 その上に琴美も繊手を重ねる。

「じゃあ光則くん。私は二、三日動けないけど、よろしくお願いね」

 

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