四方八方敵だらけ 5
「副町長。お電話です」
緊張した面持ちで、高木が副町長室に入ってきた。
子供チームが首相官邸でひと暴れしている時刻である。
「電話ならふつーに取り次げよ」
「ちょっとやばそうな相手なんで」
「誰だよ?」
「日本国首相。新山鉦辰」
「ほほう。それはそれは」
「居留守を使いますか?」
「すごいねお前さん。総理大臣あいてに居留守とか」
「私なら迷わず居留守ですが」
「気持ちはわかるよ」
苦笑して電話機のスピーカーモードのボタンを押す暁貴。
もちろん、高木にも聞かせるためである。
「お電話かわりました。副町長の巫です」
「電話で失礼いたします。澪の王よ。新山と申します」
いきなり謙った口調だ。
それにしても、澪の王とはどういうことだろう。
「首相閣下。私の役職は副町長であり、けっして王様ではないのですが」
「澪の王よ。いまさら隠し立ては無用。ざっくばらんにいこうではないか」
つまり、知っているということなのだろう。
やはり寒河江からの情報通り、日本という国のかなり深い部分まで人外が食い込んでいるらしい。
「了解した。和の国の主よ。用件を聞こうか」
「此度のこと、日本政府は関与していない」
「それは沙樹を拉致したことか?」
「然り」
「じゃあ、誰の采配なのか教えてくれるかい?」
「私の口からは言えん。だが、日本政府は貴殿らと事を構えるつもりはない」
ずいぶんと虫のいい話である。
とはいえ、それを指摘しては交渉にならない。
「俺らだって、ことさら争いたいわけじゃねえぜ。協力関係とまではいかなくとも、せめて友好的中立でありたいもんだな」
「ゆえに頼みたい。いま官邸に向かっている自衛隊は無関係だ。交戦は避けてもらいたいのだが」
「意味がわからねぇんだが?」
慌ただしく情報が交換される。
実剛たち子供チームが、首相官邸に捕らわれていた沙樹を救出したこと。
詰めていた東京の能力者が敗走したこと。
その戦闘を防衛システムが敵襲と判断し、自衛隊に出動命令が下ったこと。
「すみやかに撤収してもらえれば、誤報ということで処理できる」
「そりゃ面目まる潰れじゃねぇのかい? 技術大国ニッポンとしては」
「交戦状態に入るよりマシだ」
「もっともだ。連中はすぐに引き揚げさせよう。で、だ」
「判っている。この件に関しては後ほど会談を持ちたい。こちらから澪に出向かせてもらってかまわないだろうか」
「首相閣下をお泊めするような宿は、澪にゃあないがね」
「非公式なものだ。いっそ車中泊でもかまわんよ」
「そりゃあんまりだろうよ。ともあれ話はわかった。予定が決まったら連絡をくれ」
事務的なやりとりを二言三言交わして通話を終える暁貴。
感心したように高木が見つめる。
「よくもまあ、一国の元首あいてにそこまで横柄な口がきけますね」
「いや。わりと緊張してたぜ。手が汗でびっしょりだ。相手が音声だけだったから助かったな」
「そういうものですか」
「子供チームに撤収の指示を出してくれ。可及的速やかにな」
「了解です」
元のメンバーに沙樹と村井を加え、八人となった実剛チームが撤退を開始する。
ルートは裏口。
本来であれば、間違いなく回り込まれているだろうが、すでに誤報であるとの連絡が進行中の自衛隊に飛んでいるはずだ。
目立たないように現場を離れれば良い。
そう思い定めた信二は数分で脱出プランを構築し、メンバーたちは完璧に実行した。
そして一時間後、彼らの姿は新宿駅にあった。
救出作戦の一助となった村井を見送るためである。
途中、低価格衣料品店に立ち寄り、全員が衣服を購入して着替えをすませている。
戦闘でかなり破損してしまったから。
「いやあ、し○むらってどこにでもあるんですねぇ」
絵梨佳などが妙な感心をしたものである。
わりとどうでもいい。
「世話になったな。巫の」
東北へと向かう高速バス。
乗車直前に村井が言う。
「いえ。こちらこそ助かりました」
応える実剛。
実際、村井がサトルを抑えていてくれたおかげで、理想的な各個撃破ができた。
完勝の立役者といっても良いほどだ。
「そちらではない」
「へ?」
「なんでもないさ。では、縁があればまたな」
狭い乗車口へと消えてゆく中年男。
少年の頭上には疑問符が飛び回っていた。
静かに滑り出す高速バス。
見送る一同。
後日、沙樹と村井は復縁することとなり、村井あらため安寺は寒河江に単身赴任という形に落ち着くのだが、これはまったく関係のない、余談というものであろう。
「さて、我々も引き揚げますか。御大将」
魚顔軍師が言った。
「せめて一泊くらいしたいですけどね。東京日帰りとか、正気の沙汰じゃないですよ」
げっそりと応える。
午後に東京入りして、一戦交えて、夜には澪に戻る。
ブラック企業の出張だってもう少し余裕があるだろう。
「なにしろ急なことでしたから宿を取っていませんよ。もちろん帰りのチケットもこれから取るわけですが」
最悪、空港まで移動してから帰れない、という事態に陥る可能性がある。
ぜひともそれは避けたいところだ。
「よし。一泊しましょう。適当なビジネスホテルでいいんで」
携帯端末を操作する実剛。
ツインが二部屋とトリプルが一部屋あれば事足りるはずだ。
「わたしは実剛さんとダブルでもかまいませんっ」
「じゃあ、あたしは坂本光則とダブルで」
「じゃあってなんだよっ 仕方なさそうにダブルを要求するとかわけわからんっ」
「その場合、俺だけシングルですか? ぼっちですね」
「や。信二は私たちと同じ部屋でいいわよ?」
「信用してるのか男扱いされていないのか、聞くのが怖いので問いません」
後ろで仲間たちがわいわいと騒いでいる。
なかなか迷惑な光景だが、大都会では見とがめる人もいない。
「……こいつは、どうしようかな」
端末を見ながら呟く実剛。
「どうしました? 実剛君」
「メールが入ってる」
「知らないアドレスからですか? 迷惑メールじゃないです?」
「僕もそう思ったんですけどね、信二先輩。伯父さんから迷惑メールではないって確認のメールがきていました」
「メールを保証するメールですか。迂遠なことですね。電話じゃだめだったんでしょうか」
失礼、と言ってから、実剛の端末を覗き込む軍師。
「ほほう。こいつはなかなか厄介ですねぇ」
微笑。
「みんな。今日の宿泊場所が決まりましたよ」
楽しそうな魚顔が気色悪い。
きょとんとする一行。
「帝国ホテル。招待者は、日本政府です」




