僕、夏になったら海水浴にいくんだ…… 1
激動の六月が終わり、七月に入った。
気象庁は梅雨明けを宣言してくれなかったが、そもそも北海道に梅雨はない。
この一事だけでも、本州人からみると異世界と変わらないという例証になろうか。
「あと、Gがいないこととかね」
「G……? ああゴキブリね。見たことはないわよ」
朝食の支度をしながら、将来の義妹の言葉に反応する絵梨佳。
北海道にはゴキブリがいない。
これは正確ではない。
ホテルや飲食店など、比較的いつも暖かい場所には出没するらしい。
もちろん、出会わない方が良い生物なので、べつに絵梨佳は残念に思ったりしていなかった。
「もし見ちゃったら、恐怖のあまり能力を全解放しちゃう自信があるわ」
物騒なことを言う。
「絵梨佳姉さんの能力って、結局なんなの?」
ふと心づいて美鶴が訊ねた。
最強の戦士と呼ばれているが、じつのところ絵梨佳の能力について、彼女はよく知らない。
体調不良なのに萩鉄心と引き分けたとか。
高校の校舎の壁を屋上まで駆け上がったとか。
話で聞いているだけだ。
「芝絵梨佳の力か。エリカ・エクスクラメイションといってな。ビッグバンと同等のエネルギーを放出する」
横から話に首を突っ込む佐緒里。
「それ地球消滅するから。元ネタなによ? 佐緒里姉さん」
最近、美鶴は鬼姫も姉と呼称するようになっていた。
馴染んだというより、この際どっちが兄嫁になっても良いと考えているようである。
兄が妹の恋愛事情に無関心である以上に、妹も兄の将来の伴侶に無関心らしい。
「だが、萩に同じ技は二度通じない」
「その言い方だと、一回は使ってることになっちゃうよ。いつ地球滅びたのよ?」
そもそも滅びていたら皆この場にいないだろう。
「何から突っ込んで良いかわかんなくなるけどね。重力制御よ。基本的には」
やれやれと肩をすくめる絵梨佳。
ようするに寒河江と同じチカラだ。
「重力制御もそのひとつ、というべきだな。芝絵梨佳」
佐緒里が苦笑した。
つまり他にも能力があるということである。
「まあそのへんはおいおいね。あんまりペラペラ喋るもんじゃないから」
乙女のたしなみ、と義妹の頭を小突く。
くすぐったそうに目を細める美鶴。
と、チャイムが鳴る。
光だろう。
しばらく前から、彼も食事をともにするようになっていた。
具体的には仙台から戻ってからである。
寝るとき以外は一緒にいる、という表現に近い。
ぱたぱたと、美鶴がダイニングを出てゆく。
見送った絵梨佳と佐緒里が顔を見合わせて微笑する。
仲が良くて結構なことだ。
「ところで、噂を知っているか? 芝絵梨佳」
「知ってる噂もあれば知らない噂もあるけど。わざわざ声を潜めるような話なの? 佐緒里さん」
「うむ……羽原光と巫美鶴が、もう一線を越えているというものだ」
「マジでっ!?」
「噂だ」
「まずいじゃんっ 先こされちゃってるじゃんっ」
「うむ。そこで、だ。芝絵梨佳」
ぐっと顔を近づける。
「しま○らの下着では駄目だとおもわないか?」
「じゃあどこで買うのよ? 湯の川生協のサ○キ?」
「唐変木にセクシーランジェリーは通用しない」
「朴念仁だもんねぇ。いっそ全裸で」
「是非もない」
ボケばっかりで話が進まない。
ともあれ、義妹候補が経験済みという可能性がある以上、彼女たちもうかうかしてはいられないのだ。
「この夏が勝負だな」
「ていうか佐緒里さんって実剛さん狙ってないよね? べつに」
「あたしの狙いは坂本光則だ。だがあいつは巫実剛のつけあわせ」
「ひっどっ 抱き合わせ商品扱いっ!?」
女子トークで盛り上がっていうるうちに、そろそろ良い時間になってきた。
手早く弁当を仕上げてゆく絵梨佳と佐緒里。
自分たちの分と、暁貴、実剛、そして光の分だ。
光は給食がある中学校に通ってくるくせに、さらに食べるのである。
べつに放っておいても良いのだが、飢えさせるのは可哀相だからと美鶴が主張するので、巫家では毎日五人分の弁当が作られている。
それぞれの弁当袋に収納し終わると、見計らったように暁貴が顔を出す。
口にはたばこ。
ノーネクタイのワイシャツ。
クールビズが始まったらしい。
「悪りぃ。今夜会議で遅くなるからメシいらねーわ」
「はい。おじさま」
「了解した。当主」
「んじゃいってくる。いつも旨い飯サンキュな」
ごく簡単な会話を終え、弁当をもって出てゆく家主。
いってらっしゃいと見送った二人も、居間に移動した。
あらかたの者はもう朝食を食べ終えたらしい。
実剛と光が片づけ始めていた。
「あ、ごちそうさま。佐緒里さん。絵梨佳ちゃん」
「うまかったぜっ 絵梨佳姉ちゃんっ 佐緒里姉ちゃんっ」
「お粗末様です。実剛さん。光くん」
「是非もない」
いつもの挨拶。
ぴろしきが、佐緒里の足元に擦り寄ってきた。
「当主は今夜は遅いらしい。あたしと寝るか。ぴろ」
にゃあと返事をする。
かつぶし奮発してくれるならね、と言っているようで、一同がくすりと笑った。
ちなみに女性陣の朝食はすでに済んでいる。
前は揃って食事していたのだが、やはり朝はバタバタしてしまうので、居間に用意した食事を勝手にとるというスタイルに落ち着いた。
片づけを担当する男性陣が戻り、全員で学校へ向かう。
ここ最近の日常風景であった。
「ところでさ。夏といえば、やっぱり海だよね」
道すがら、実剛が口を開いた。
澪は海の街である。
だが海水浴場はない。
ほぼ全域に渡って遊泳禁止だ。
海水が汚いのと、放置してある漁具が危険なのが主な理由である。
ついでに臭いも酷い。
海の街として、これはいかがなものだろう。
「だからさ。今日、全校集会を開こうとおもうんだよ」
唐突に言い出す。
「今度はなにを企んでるの? 兄さん」
うろんげな顔で妹が訊ねる。
「ボランティア作戦。まずは海岸をきれいにして、泳げるだけの環境を確保しよう」
「学生たちを動員するってこと? そうまでして絵梨佳姉さんの水着が見たいの? とんだエロガッパね」
「あれっ!? 僕いい提案したよねっ!? 扱い悪くない!?」
「実剛さんの扱いはともかくとして」
よしよしと、手を伸ばして婚約者の頭を撫でながら絵梨佳が続ける。
「ボランティアを大々的にやるのは、悪い事じゃないと思います」
「ああ。話題作りにもなるな」
佐緒里も頷いた。
問題は労働力だ。
高校生程度が戦力になるだろうか。
「そこは、アンジー姉さんと光則の工作に期待大だよ」
にやりと笑う、巫の次期当主だった。




