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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第1章 ~おかしな人たち~
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おかしな人たち 4


 一直線に斜面を駈けくだる少年。

「うおおおおっ!!」

 たった一人で。

 頂上には美鶴と牧村准吾(まきむら じゅんご)が陣取ったまま動かない。

 単身で戦局をひっくり返すつもりか。

 二名ほどの男が迎撃。

 ただの二名ではない。特殊能力を持った萩の戦闘員だ。

 ふるわれる光の槍。

 本来、回避不可能な攻撃を、易々と回避して懐に入り込む光。

 無言のまま繰り出される拳を、脚を、危なげなく捌き、伸び上がるような掌底。

 下から顎を突かれた男が数メートルの距離を飛んで地面と接吻した。

 そのまま光も宙を舞い、蹈鞴(たたら)を踏むもう一人の脳天に踵落とし。

 ほとんど一瞬の出来事である。

 これで、戦える人間の数は一気に拮抗(きっこう)した。

「なかなかやるな。小僧」

 男が進み出る。

 さきほど佐緒里を押しとどめた、萩の副将的な人物だが、もちろん光は知らない。

 進撃を止め、じりじりと間合いを計る。

「互角になったからこそ慎重にね」

 光にだけ届く美鶴の声。

 詳細に観察すれば、少年の左耳にイヤホンがはめられていることに気づくだろう。

 そこから伸びたコードは懐の携帯端末に接続されている。

 戦闘に参加できない美鶴が、後方から指示を飛ばしているのだ。

 結果が一連の戦闘である。

 身体能力は高いが思慮の足りない光と、思慮は深いが戦闘技能を持たない美鶴がユニゾンすることで、少年の戦闘力は格段に跳ね上がる。

「ゆくぞ!」

 突撃する男。

「正面からの突き込みは切り払いに変化」

 光はサイドステップではなくスウェーして回避する。

 空を切るナイフ。

「よくかわした!」

 男の体勢は崩れない。

 すぐに次の攻撃がくる。

「後ろ回し蹴りはフェイク。本命は次の右回し蹴り」

 先に振られた左足を見もせずに、交差した腕で右足をはじき返す。

「小僧……」

 野戦服の男が呻く。

 羽原光という少年は巫陣営の中でもかなり上位の戦闘力を有している。そんなことは百も承知だ。だが、ここまでの手練れのはずがない。

 経験も思慮も足りないとデータにもある。

「なにをした。小僧」

「さーね」

 ちらりと視線を後方へ。

「なに振り向いてんのよ。バカ。ばれるでしょ」

 視線を追った男。

「……女を背にして強くなる、か。どこの叙事詩(サーガ)だ?」

 彼は誤解した。

 当然である。

 戦闘指示が美鶴から出ていると、事前情報もなしに疑えるような話ではない。

 ぐっと踏み込む。

 斬りつけ、薙ぎ払い、突き込み、切り返し、掬いあげ。

「右、左、中段は囮、脚がくる。大振りの一撃を回避して前に出れば、左側面に隙」

 半ば目を閉じながらミリ単位の回避を続ける光が、美鶴の声に従ってついに攻勢に転じる。

 したたかに脇腹を蹴られた男。

 低く呻いて後退。

 そのまま光は追撃しようとする。

「後ろへ。距離を取る」

 急ブレーキ。

 男が舌打ちした。

 あのまま攻撃すれば罠に落ちた。最も力の乗った一撃はわずかに届かず、無防備な状態を晒していたことだろう。

「神懸かりか? 小僧」

 勝負感などという次元の話ではない。

 まるで一瞬先の未来を予知しているようだ。

「でも、予知でもなんでもないのよ。読んでいるだけ」

 美鶴が微笑する。

 岡目八目(おかめはちもく)という言葉がある。実際に勝負している人間より、端で見ている人間の方が戦況も次の手も判るものだ、というほどの意味だ。

「なまじ綺麗に戦おうとするから判っちゃうのよね。体格差で力攻めされたらきつかったけど」

 (うそぶ)く。

 力を持つものは力に溺れ、技を持つものは技に溺れる。ただそれだけのことだ。

 もちろん、彼女の声は男には届かない。

「くっ お嬢! 退くぞ!!」

 怒鳴った男が、戦線を収縮させて撤退へと移行する。

「ここまできてっ」

 不満げな様子の佐緒里だったが、逆らうことまではせず盛大にサマーソルトキックを空振りして見せ、絵梨佳がひるんだ隙に逃亡する。

 負傷者を抱え、次々と戦線離脱してゆく萩の戦闘員たち。

「退いてくれましたか……」

 信二が、大きく息をついた。




 噴水のある広場。

 さすがに冬期間ということで、給水はされていない。

 縁に少女が腰掛けていた。

 さらさらの栗毛が早春の風にそよぐ。

 絵になる光景だが油断はできない。間違いなくこの娘も伯父の仕込みだろうから。

「んっと、奴こそは猛獣使い(ビーストテイマー)安寺琴美(やすでら ことみ)だ」

 カンペを読み上げる光。

「猛獣って、鳩しかいないけど……」

 琴美という少女の周囲には、くるっぽくるっぽとさえずりながら、数羽の鳩がたむろしている。

 どうやら、エサをやっていたようだ。

 リストラされたサラリーマンみたいである。

「はじめまして。実剛くんに美鶴ちゃん。鳩マスター? の琴美です」

 称号とかどうでも良いらしい。

 一通の封書が差し出される。

「これってやっぱり紹介状ですか?」

「ええ。暁貴おじさまから、街を案内するよう頼まれたの」

「拝見します」

 実剛が封を切る。

 本日二度目の面接だ。

『安寺琴美。お前らの又従姉妹にあたる。俺から見て従妹の娘だ。実剛の一つ上のはずだから、困ったことがあったら頼ると良い。暁貴』

 ちゃんと漢字まで使って紹介されている。

「なんか俺と扱いちがくね?」

 のぞき込んだ光がぐちぐちと言った。

 一顧だにされなかった。

「あらためまして。実剛です」

「美鶴です。よしなに」

 再度自己紹介が行われる。

 アホの子は、どうやら美鶴と同い年らしい。

 今度こそ本当に親和力が高まってゆく。

 伯父さんに感謝だな、と、実剛は思った。

 知己となるべき人物を、ちゃんと用意してくれていたのである。

「あれ?」

 ふと、美鶴が疑問の声を発した。

「どうして私たちがここにくるって知ってたんですか?」

「言っただろ。琴美ねーちゃんはびーすとていまーだって」

 光がふふんと胸を反らす。

「意味がわからないんだけど……」

「ううん……初対面の人に言って、信じてもらえるかどうか……」

 言いよどむ。

「でも、ふたりとも私と同じ血なのよね……しかも本家筋の……」

 なにやらぶつぶつ言っている。

「言いにくいことなら」

 無理に聞き出す必要もない。

 話題を打ち切ろうとする美鶴。

 爆弾は、意外なところから投げ込まれた。

「動物と意思疎通できるってことじゃないか?」

 実剛である。

「兄さん!?」

 幼少の頃、美鶴は思っていた。

 自分の兄はバカである、と。

 成長するにしたがって、その認識は少しずつ変わってゆく。

 大度(たいど)なのだ。

 実剛は、およそ物事に動揺するということがない。

 どんな苦境に立っても、泣き叫んだり取り乱したり自分を見失ったりすることがない。

 無情なのではなく、胆が太いのだ。

 メンタルが強いと言い換えても良い。

 逆境だろうと悪意だろうと、悠然と、あるがままに受け入れている。

 だが、それは同時に現状認識力の甘さ示す。

 彼の精神は骨太であるが故に、鋭さに欠けるのだ。

 いつの頃からだろうか、それを補うのは自分だと考えるようになったのは。

「意思疎通、というのとは違うと思うわ」

 兄妹を手招きする琴美。

 論より証拠、と、左手で美鶴の右手を、右手で実剛の左手を掴む。

「リンクスタート」

 声が聞こえた。

 きん、と、研ぎ澄まされてゆく感覚。

 聞こえる。

 鳩たちの声……。

(んまい。んまい)

(このエサ、んまい)

(おならでた)

「これだけ」

 琴美の声とともにリンクが切れた。

「いやいやいやいやっ ちょっとまってっ おかしいでしょ? とくに最後のっ!」

 すごい能力だよね?

 人間以外のものの言ってることが判るなんて。超ファンタジーだよね?

 なのに、なんでそんなしょーもないことが翻訳されてるの?

 おかしくないっ!?

 すごい勢いで美鶴がかみつく。

 特殊能力初体験がこれでは、偉大なる先達のファンタジーに申し訳ないというものだ。

「仕方ないのよ。下位語って私は言っているけど、しょせんは動物だもの」

 空腹と食事は同義だし、満腹と排泄も同義だ。

 無理矢理それを人間に理解可能な言語として認識しているだけなのである。

 人間にとって有益な情報など、ほとんど含まれていない。

「つ、使えねぇーっ!!」

 兄妹の声が唱和した。


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