杜の都へ 5
平日に中高生だけで道外へ旅行。
一昔前なら問答無用で補導されてもおかしくない状況だ。
他人への興味が薄れた現在でも、奇異な目で見られることは間違いないだろう。
事実、仙台にたどり着くまでに数回、警官や車掌から質問されている。
もちろん、そうなる可能性は最初から織り込み済みだったので、実剛たちは切り抜けるための小道具を用意していた。
澪町町長発行の辞令である。
彼ら五名に仙台出張を命じるもので、ちゃんと澪町の公印も捺した本物だ。
それを見せ、なおも疑うなら澪町役場に電話してもらうと良い。
きちんと総務課長または副町長が答えてくれる手筈となっている。
とはいえ、そこまでの事態になることはなかった。
実剛がいつもの落ち着いた態度で対応し、公印の入った正式な辞令書を提出すれば、たいていは片が付く。
「こういうときくらいしか、兄さんの胆力は役に立たないから」
とは、愛する妹どのの談話である。
ともあれ、一行は特に問題もなく仙台へと入った。
予定では、ここで二泊し寒河江と接触する。
こそこそと探るのではなく、堂々と折衝して彼らの意思がどのあたりにあるのか聞き出すのだ。
ただ、巫は寒河江との正式なチャンネルを持っているわけではない。
江差で美鶴が深雪と交換した連絡先が頼みの綱だ。
「宿に入ったら、まずは寒河江の当主との面会を要求してみよう」
時刻は夕方。
ちなみに宿は、秋保温泉にある中規模の旅館。
朝夕の二食がついているので、あまり食事の心配はいらない。
部屋は二部屋。
年少組と年長組ではなく、男女別の部屋割りだ。
このわけ方については、なぜか女性陣から非難囂々だった。
佐緒里や絵梨佳だけでなく、美鶴まで文句を言っていたのは、専属の守人である光を実剛に取られるのが不満だったのだろう。
なんだかんだいっても、いつも一緒にいるツーマンセルなのだから。
部屋へと案内されると、程なくして美鶴たちが入ってくる。
荷解きの暇もありゃしない。
「兄さん。繋ぎがとれたわ。今夜二十時に迎えが来るそうよ」
「早いね。もう連絡が取れたのかい?」
「逆よ。深雪さんから連絡がきたの。部屋に入ったらすぐに」
まるで見計らっていたみたいにね、と、付け加える。
事実、観察していたのだろう。
タイミングの良すぎる連絡は、監視しているぞ、というメッセージだ。
「茶番のはじまりだね。こっちも戦闘準備を整えようか」
具体的には、一風呂あびて腹ごしらえだ。
温泉浴衣を手に取る実剛。
あいかわらず暢気なことである。
大度が頼もしくもあるのだが、もちろん美鶴は兄を褒めたりなどしなかった。
つけあがられても困るし。
「お風呂は混浴よ」
「マジでっ!?」
「嘘に決まってるでしょ。中学生の妹の裸が見たいの? とんだ変態ね」
肩をすくめて首を振ってみせる。
とてもアメリカンな態度だった。
「なぜだろう。最近、妹に嫌われている気がします」
「気だけじゃないから。それじゃ二時間後。レストランで」
「あいようー」
いつものじゃれあいをして別れる。
女性陣も先に入浴をすませるのだろう。
「羽原くん。夕食はバイキングらしいから、しっかりお腹を減らしておこう」
「見せてもらおうか。仙台の味覚の実力とやらを」
「旅館のバイキングに過度な期待は禁物さあ。本番は明日の昼だよ。牛タン食べないと」
「実剛兄ちゃん。俺が言うのもなんだけどさ。先に交渉の心配をした方がいいんじゃね?」
「そっちは、なるようにしかならないからね」
苦笑し、浴衣を持って部屋を出る少年たちだった。
のぼり始めた下弦の月。
檸檬色の光が柔らかく湯船を包む。
木々のざわめきと川のせせらぎが、長旅に疲れた身体を癒してゆく。
露天風呂。
「こんなにくつろいだのは久しぶりだ」
満足の吐息をつく佐緒里。
やはり温泉は良い。
激動だった数ヶ月を忘れさせてくれるようだ。
「そうねぇ」
同意する美鶴。
「…………」
だが、絵梨佳は無言だった。
溜息などを漏らしながら視線を下方におくっている。
順位は佐緒里、美鶴、絵梨佳だ。
身長の順位ではない。
「気にするようなことではない。芝絵梨佳」
勝者の余裕で佐緒里が慰める。
もちろん効果などなかった。
「そうそう。べつに兄さんはおっぱい星人じゃないから大丈夫。絵梨佳姉さん」
すでに勝っている将来の義妹も、余裕たっぷりだ。
「なんで実剛さんの好みをしってるのよ……」
「エロ本の隠し場所を知ってるから」
簡にして要を得た答えである。
実剛の性的嗜好など、何年も前から知っている。
べつに知りたくもないが、一緒に暮らしていれば嫌でも判ろうというものだ。
もちろん指摘したりしないが。
うるわしい兄妹愛というやつである。
「こんなものは飾りにすぎない。えろい人にはそれが判らぬのだ」
豊かな胸を隠しもせず、えっらそうに論評する佐緒里。
しかし残念ながら、ある人間が言っても嫌みにしか聞こえない。
哀しい現実である。
「誰の台詞パクってんのよ。それに、その飾りを男の人は大事にするんだからね」
むう、と頬をふくらます絵梨佳。
こちらは、無い胸をしっかりタオルで隠している。
「……無性に腹たつナレーションね……」
「どうしたの? 絵梨佳姉さん」
「気にしないで美鶴ちゃん。ただのウワゴトだから」
「???」
疑問符が頭上に浮かぶ。
「まあ、芝絵梨佳の胸などどうでも良いとして、問題は今後のことだ」
「……どうでも良くないけどね……」
「では、話題の中心に据えるか」
「やめてよっ」
「わがままな娘だな。まったく」
「わがままなのっ それはわがままなのっ!? そんなにわたしが悪いのっ!?」
ギザギザハートだ。
どうでもいい。
「まあまあ。絵梨佳姉さん」
まるで善人のように、義姉候補を慰めるふりをする美鶴。
「そのうち成長するよ。きっと」
微笑みが、なぜか心に突き刺さった。
もう、ぐっさぐさだ。
「交渉自体は、そう難しいものにはならないと思う。こっちとしては別に提示できる条件もないから」
寒河江の存念を聞き、できれば不可侵を確認したい。
その程度のものだ。
「その程度なのに、わざわざ五人できたの? 美鶴ちゃん」
「サービス回ってことで。あ、一人以外」
「むっきーっ」
絵梨佳が激昂する。
のぼったばかりの月が、苦笑しながら少女たちの漫才を眺めていた。




