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杜の都へ 4


「伯父さんの嫌疑は晴れたとしても、これからどうするかが問題ですよね」

 疲れきった顔で実剛が言う。

 もう明け方が近い。

 このまま寝てしまいたいが、今後の方針を大枠だけでも決めておきたい。

「改革を止めるわけにはいかねぇだろ。となると、二正面作戦でやるしかねぇだろうな」

 議論に時間をかけることなく結論を口にする暁貴。

 澪町の改革は着手したばかり。

 この時期に手を止めることはできない。

 かといって寒河江を放置するのもまずい。

 最低でも探りくらいは入れなくてはならないだろう。

 つまり、改革を進めるメンバーと寒河江を探るメンバーに振り分けるということだ。

「どう分けるか決めるのは、一眠りしてからにしようぜ」

 大あくびする当主様だった。

 東北へと赴くメンバーの選出には、たいして時間はかからなかった。

 まずはリーダーとなる実剛。

 巫の次期当主であり、現当主の名代でもある彼が行かなくては、寒河江との交渉もままならないだろう。

 実剛を護衛するのは、絵梨佳と佐緒里。

 この二人は、芝と萩の代表という立場も兼ねている。

 さらに、美鶴と光。

 しばらく蚊帳の外に置かれていた中学生たちだったが、今回はどうしても同行すると言ってきかなかった。

 当初は渋った暁貴も、可愛い姪にねだられると弱いのである。

 具体的には、「お小遣い減らすよ?」という一言が決め手となった。

 財布を握られた家長など、しょせんはこんなものだ。

 そして美鶴が動く以上、当然のように光も一緒に行動する。

 最も情報収集に長けた琴美に関しては、種々の事情から残留である。

「いい加減、人手が足りなくなってきたな。そろそろ宇蘭(うらん)津流木(つるき)にもご出馬願いたいもんだが」

 とは、当主殿の嘆きである。

 両家とも息子がいるが、いまは東京の大学に行っているらしいので、すぐすぐに戦力の提供とはいかないだろうが。

 いずれにしても、澪にも一定数の戦力を残さなくてはならない。

 暁貴、沙樹、鉄心は当然としても、信一や信二にも政治的な経験を積ませる必要がある。

 他者を回復させるという希有な能力を持った准吾には攻守の要として重要性がさらに増したため、量産型能力者二名が常に張り付くこととなった。

 同様に、暁貴の腹心となった高木や、形式上の上司である町長にも、量産型能力者が護衛に付く。

 光則は、実剛の代役として高校の掌握を仰せつかった。

 というのも、量産型能力者を生み出す方法が寒河江に渡ってしまった以上、戦力の増強する必要性がでてきてしまったからである。

 まさか開戦という事態にはならないだろうが、まったく備えないというわけにはいかない。

 琴美と協力して、信頼できる同志(てごま)を集める必要がある。

「責任重大だな。支配から始めちまったから、簡単にはいかないだろうけど。頼みます。アンジー先輩」

「そうねぇ。私としては勘違いしてる馬鹿父を叩きのめす方に参加したかったけど、こっちはこっちで重要だし」

 母親から治療と事情の説明を受けたビーストテイマー。

 理解はしたが、二度はやられぬという気概が瞳に満ちている。

 能力者として、蒼銀の魔女の一人娘としてのプライドを打ち砕かれた戦いだった。

 同時に、様々なことを学ぶことができた。

 基礎能力の差が戦力の決定的な差ではない、というのもその一つだ。

 量産型能力者でしかない村井にあれだけの戦いができたのだ。きちんと鍛え上げれば、自分ならもっと戦える。

 まだまだ伸びる。

「と、いけないいけない。また慢心してる」

 内心で舌を出し、こつんと自分の頭を叩く。

 次に戦うときには挑戦者の気持ちで。

 無言のまま、母親が娘を見つめた。

 紛れもなくキミの娘だよ。この負けん気の強さ。上昇志向。疑う余地もなく瓜二つじゃない。 心の声は音波にはならず、誰の耳にも届かなかった。




 数日後。

 からからと軽い音を立て、キャスターつきの旅行鞄が滑る。

 函館駅に年若い旅行者の姿があった。

 実剛、佐緒里、絵梨佳、光、美鶴の五名だ。

 ここから青函トンネルを通って本州に渡る。

 もちろん徒歩ではなく、特急列車スーパー白鳥を利用して。

「楽しみだなぁ。でも海底駅があるころに乗ってみたかったなぁ」

 暢気(のんき)な口調の兄。

「遊びに行くんじゃないのよ。はしゃぎすぎないで」

 釘を刺す妹。

 仲良し五人組の観光旅行ではない。実質的な公務出張である。

 敵の本拠地ともいえる東北地方に乗り込み、情報収集と、できれば寒河江との折衝を持つ。

 その成果によって今後の政戦両略が大きく変更される可能性もある。

 生半可な覚悟で臨める任務ではない。

「いんすぱいとおぶ、なんなのよ。それは」

 兄が手に持ったガイドブックを指さす妹。

 杜の都(もりのみやこ)仙台、とか書いてる。

「おもてなし武将隊に会いたいで(そうろう)

 見事に言い切った。

 仙台は青葉城の名物で、伊達政宗や片倉小十郎に扮したスタッフがもてなしてくれるのだ。

「澪にも、そういうのがいれば宣伝になると思わないかい?」

 一応、町おこし計画の下見もしておきたいのだ。

 仙台といえば、東北を代表する観光地のひとつだから。

「澪に武将はいないわよ」

 伊達家のような大名がいたわけでもない。武将など用意しても滑稽なだけだ。

「そこは応用して、おもてなし魚人隊とか」

 それはおかしい。

 凪兄弟みたいなのが接待してどうする。

「観光客を脅えさせてどうするのよ」

「ゆるきゃらは、だごんくんとか」

 それもおかしい。

 クトゥルフ神話などに描かれる邪神だ。

「邪神をゆるきゅらにしようって町は、日本でも類を見ないわね」

「いやぁ」

「褒めてないからね」

 兄妹が実りのない会話を繰り広げている間にも、佐緒里たちがてきぱきと乗車準備を進めている。

 いきなり本拠地に乗り込むわけではなく、まずは新青森まで移動して乗り換えなくてはならない。

 切符の手配や宿の手配など、いろいろやることがあるのだ。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「それは鬼でしょう。悪路王なんですから」

 佐緒里の呟きに、絵梨佳が指摘する。

「芝絵梨佳には愛が足りない」

「わたしの愛は、ぜんぶ実剛さんに捧げてますから」

「この旅行がチャンスね」

「なんですかっ 佐緒里さんも狙ってるんですかっ」

「いやべつに」

「おまえらー 仕事だからなー わすれんなよー」

 駅弁を買い込んでいる光が言った。

 驚くほど説得力がなかった。


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