こんなシリアスな話だっけ? 6
翌日、役場を無断欠勤した者はいなかった。
町長が予測したとおり、事態を深刻に受け止めていないのだ。
「ま、すぐ思い知ることになるけどな。沙樹、昨日議場に来なかった連中を呼び出してくれ。ひとりずつ、放送でな」
「意地悪ねぇ。晒し者にするつもり?」
「一罰百戒といってほしいな。最小限の犠牲で最大限の効果を、さ」
「はいはい」
格好付けてる従兄を放置して、放送設備へと向かう。
やがて、呼び出された男が副町長室に入ってきた。
昨日の町長よりひどい顔色で。
「さて、申し開きがあれば聞こうか?」
問いかける暁貴。
「わ、私は組合に所属しています……」
労働組合に入っているから不当解雇には応じない。
すばらしい団結だ。
にやにやと副町長が笑う。
「呼び出しに応じなかった理由を聞いたんだが、まあいい。昨日参加しなかったなら知らないかもしれないから教えてやろう。もうお前らに法の加護はない。俺に従って生きるか、逆らって死ぬかだ。好きな方を選びな」
「し、従いますっ どうか命ばかりは……」
「あそ。ならいいや。昨日の件は不問にしてやる。減給とかもしねーよ? ただし、自主的に返納するのは自由だぜ。なにしろ澪は財政難だからな」
人の悪い笑顔で手を振り、男を退室させる。
いきなり解雇になどしない。
退職金がもったいないし、公務員あがりなど、使ってくれる企業は少ないから、再就職もままならないだろう。
路頭に迷われても困る。
それよりは、俸給の何割かを返上させた方が効率が良い。
生活のことを考えれば、一割か二割が限度だろうが。
こうして、昨日欠席したほとんどの職員は、命と引き替えに実質的な減給を選んだ。
「すべてを失うのではなく、一部を失うに留める。戦略としては正しい判断だが、もう少し気概があっても良いと思うんだがなぁ」
「そんな人が役人になるわけないでしょ。独立して一国一城の主になる気概がないから、寄らば大樹の陰で公務員になったんだから」
暁貴の慨嘆に沙樹が苦笑を返す。
ふたりの認識が変わったのは、十五人目の欠席者を面談したときの事だった。
三十代と思しき地味な印象の男。
呼び出しに応じなかった理由を問われて、彼は接客中だったと答えた。
「業務終了後に参集させたはずだが?」
「ぎりぎりで駆け込んできたお客さんを、時間だからって追い返せと言うんですか?」
思い切り挑戦的な眼で睨んでくる。
首を切るなら切ればいい、と、瞳が語っていた。
「正直に言います。副町長。私はだれが支配者になろうと興味はないんですよ。私らの仕事は町民の生活を守ることであって、権力者に媚びへつらうことじゃない。あなたの政治パフォーマンスにつきあう時間があったら、苦情の一件でも処理しますよ」
一息に言い切る。
恐怖は、むろんあるだろう。
膝が小刻みに震えている。だが、節を曲げるつもりはないようだ。
ついに本物の公僕がきたな、と、暁貴は内心で襟を正した。目線で沙樹に合図してパーソナルデータを受け取る。
高木敦也。三十二歳。独身。中堅の私立大学を卒業後、いくつかの民間企業を経て四年前に採用される。勤務態度は真面目だが、壁を作る傾向があり仲の良い職員はいない。
素早く確認した暁貴が頷く。
生粋の役人ではないということか。
コネ社会の澪役場では、さぞ生きづらいことだろう。
「高木といったか。お前さん。この役場をどう思う?」
「最低ですね」
間髪を入れない応え。
「お前さんなら、変えられるか?」
「私にそんな力はありません」
「そうか。なら力をくれてやる。お前さんは今日から総務課長。町のナンバースリーだ」
「お断りします」
断固とした拒絶。
地位ほしさに意見したのではない。
「そんなくだらないことに人事権を使うくらいなら、その権力で職員全員にサービス・接遇検定を受けさせてください」
「ほう?」
公務員に特別なスキルは必要ない。
ましてサービスや接遇に関するものなど、ホテルマンや飲食店などの接客業のスキルではないか。
「役場は接客業ですよ。それを理解していない奴らが多すぎます。フレンドリーと無礼の区別すらついていない」
「ご意見箱には、その手の苦情はあがっていなかったはずだが」
「当然でしょう? 長年の衆愚政策の賜です。それに出しても握りつぶされるだけだと思われていますしね」
「握りつぶすわけがねえだろうが」
「思われているのが問題だと考えます」
「なるほど」
大きく頷く。
こいつは判っている。
これからの戦いは、空気との戦いになるのだということを。
何をすれば勝ちなのか、何を失えば負けなのか、それすらも判らない長い長い戦いだ。
「良いだろう。職員全員にサービス・接遇検定を受検させる。目標は一級。半年後までに三級に合格できなかった者は懲戒免職。厳しすぎると思うか?」
「いえ。当然の判断かと」
三級は努力さえすれば高校生でも合格できる。
町の選良たる町職員ならば、目をつぶってでも通らなくてはおかしい。
「そのうえでな。高木。やはりお前さんは総務課長に任じるよ。俺の片腕になってくれ」
「…………」
「ただし、これからの改革は茨道だ。相当恨まれる。人外に尻尾を振る裏切り者として命を狙われるかもしれねぇ。もちろん護衛はつけるけどな。それでもお前さんの識見を欲しいと思う」
「…………」
「力を貸してくれねぇかな。澪のために」
「……澪のために、ですか。たぶん他の人が言ったなら信用できませんでした。副町長。あなたは本気なんですね」
言葉を紡ぐ男。
瞳のあたりに決意がたゆたっている。
人外のチカラを持ち、眷属を従え、敵対していた萩まで平らげたこの中年男には、べつに澪にこだわる理由はない。
町民たちの幸福など意に介する必要など、地平線の彼方まで探しても存在しないはずだ。
「甥っ子がな。榎本武揚の大ファンでな。俺も少しは影響されたかもしれん」
北の地に共和国を作ろうとした男。
幕臣でありながら、反乱指導者でありながら、それでも民のために尽くした男。
明治最良の官僚と呼ばれた男。
後塵を拝するか。それも良いだろう。
大きく息をつく高木。
「不肖の身にそれほどのご厚意。報いる術を持ちませんが、無能非才なる身の全力を挙げて職務に精励させて頂きます」
「期待している」
この瞬間、暁貴は腹心の部下を得た。
握手が交わされる。
「職員たちには、地獄を見てもらいましょう」
「おっかないねぇ」
「普通の人の十倍くらい苦労して、やっと人並みの苦労だって言ってもらえるのですよ。公務員は」
「厳しいな。公務員だって普通の人間なんだが」
「それが税金から給料をもらうということです。町民たちから、報われない仕事だと同情されるくらいで丁度良いのですよ」
「……お前さん、もしかして役人嫌い?」
「私に限らず、好きな人はいないと思いますが」
さも当然という応えに、沙樹が大きく頷いた。
微妙な顔をする暁貴。
お前らも役人だからな? という言葉を飲み込んで。




