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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第26章 ~青函トンネルを抜けたら、雪国だったよ!~
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青函トンネルを抜けたら、雪国だったよ! 2


 カシオペア。

 冬の夜空に輝くW形の星座のことではない。

 北海道と本州を結ぶ寝台特急の名である。

 かつては北斗星やトワイライトエクスプレスなどもあったのだが、どちらも二〇一五年に運行を終了してしまった。

 現在、北の島へと向かう唯一のブルートレインが、カシオペアだ。

 それに乗車するため、実剛たちは上野駅を訪れている。

 時刻は十六時。

 あと二十分もすれば発車だ。

「まさか寝台列車をつかうとは、さすがの智恵の神もわかんないだろう」

 とは、次期魔王どのの言い分である。

「わざわざ遅い方の移動手段を選ぶんだから、さすが兄さんね」

 両手を広げてみせる美鶴。

 一刻も早く澪に戻らなくてはならないという状況下で、実剛が選んだ手段は、十四時間もの列車の旅だ。

 提案されたとき、仲間たちは呆れ、ついで大きく頷いた。

 鉄道ならば襲われたとしても対処がしやすい。

 途中下車だってできてしまう。

 急がば回れではないが、最も迂遠に思える方法が、最も安全確実なのだ。

 さすがの胆力である。

「ついでに、澪駅にも停まるしね」

 順調に進行した場合、一気に澪に帰還できる。

 これが案外大きい。

 出迎え要員が必要なくなるのだ。

 問題は、カシオペアの乗車券というのはなかなかプラチナチケットで、簡単に入手できるものではないということだけだったが、よほどの繁忙期でなければ鉄道会社が売らない席というものが存在する。

 むろん一般人に手に入るようなものではない。

 ものではないが、あら不思議。

 日本国総理大臣が鉄道会社上層部に一本電話を入れただけで、ツインルームが三つ、魔法のように用意された。

「コネ勝ちっ」

「まったく威張れないからね? 兄さんのチカラじゃないし」

「しかも料金は総理持ちっ」

「いや、あきらかに借りを作っちゃったわよね? 一人五万円として三十万円よ?」

「いやあ。総理はオカネモチだし」

 貧乏人が全財産をなげうったところで、誰一人救うことはできない。

 へたしたら自分自身すら救えない。

 だが、金持ちがちょっとお小遣いを奮発すれば、何人もの人が救われるのだ。

「具体的には、僕たち六人だね」

「上手いこといってやったぜ、みたいな顔をやめて。うざいのを通り越して殺意が芽生えるわ」

 兄妹の心温まる会話である。

 定刻となり、すべての客室がツインルームという超高級寝台列車が、ゆっくりと上野駅のホームを滑り出した。





「寝台特急か。なかなか考えたな」

 報告を受けた暁貴が、鼻から煙草の煙を出した。

 非常におっさんくさい。

 魔王が帰還した澪町役場。

 まずは一安心、といったムードに包まれている。

 子供チーム六名の帰還はまだだが、彼らが公務でいないのは割と日常的なことだ。

 襲撃の可能性だけが、普段とは異なるが。

「ところで信二は?」

「へばってるわよ。さすがにハリアーで沖縄往復はきつかったみたいね」

「俺も乗りたかったぜ。戦闘機」

「暁貴はシートに収まらないんじゃない?」

 くすくすと笑う沙樹。

 ひどい従妹もいたものだ。

「そこまで太ってねえよっ」

「まあ、あれも受験中だ。あまり引っ張り回すわけにもいくまい。共通一次が終わったとはいえ、本試験がまだだしな」

 口を挟む鉄心。

「共通一次て……古いですよ。顧問」

 高木が呆れる。

 昔はセンター試験ではなく、共通一次試験といったのだ。

 なくなったのは一九八九年。

 暁貴も鉄心も、おもいきり共通一次世代だ。

 ちなみに最後の年は、自棄になったように難しかったという噂もあるが、まあこれは噂だけだろう。

 受験生にとってみれば、基本的に毎回難しいだろうから。

「琴美ちゃんにも悪いことをしましたね。受験前なのに」

 一日とはいえ副町長の代行は、受験前の息抜きというには重すぎる。

「まああの子は難関校に挑むってわけでもないし、比較的余裕あるから。それに、一日くらいの遅れは将太くんが取り戻してくれるんじゃない?」

 にやりと沙樹が笑う。

 最近仲の良いふたりのことを、必要以上に応援している。

 さすがは恋に生きる女だ。

「ところで、ヴァチカンのことですが」

 やや表情を改める高木。

 仇敵と手を結んだ魔王の決断は、いつもながら驚嘆に値する。

「さしあたり、澪に教会を建てることになりそうだな。俺たちのことをもっと知るために、と、あの聖女様は言っていたがな」

「大丈夫ですかねぇ」

 獅子身中の虫どころか、明らかに敵対している勢力を内に抱え込むことになる。

「正直、きついとは思うがな」

 腕を組む鉄心。

 難しげな顔だ。

 窓の外に降りしきる雪。

 一月も後半に入り、いよいよ北海道は厳冬期へと突入する。

 そして状況判断もまた、厳冬期のように厳しい。

「あのまま戦うわけにもいかなかったのも、事実だ」

 彼らと勇者隊だけなら、なんとか危機を脱して帰還することはできただろう、とは思う。

 だが、札幌のど真ん中で戦端を開くのはまずい。

 ことが澪の中にとどまらなくなる。

「丸くなったわねぇ。鉄心も。昔だったら、北海道ごと滅ぼしてくれるわ。ふわはははは。とか言ったのに」

「沙樹よ。俺がいつそんな事を言った?」

「や、言いそうだなぁと」

「どんな目で俺を見ているのだ」

 海よりも深いため息を吐く鬼の頭領だった。

「ともあれ、選択の幅なんてひろくねぇさ。あいつらも抱き込める、なんて思うのはちょっと甘すぎっけどよ。なんとか妥協点を探りてぇな」

 総括するように言う暁貴。

 現状、受け入れるしか方法がない。

 無限に続く戦いを忌避するのであれば。

「人たらしのお前の出番だな。暁貴」

「俺は太閤秀吉かよ」

 豊臣秀吉の通称は人たらし。

 人格的な魅力に溢れていたため、多くの名臣名将が集った、ということなのだが、実際に見てきた人がいないので、本当のところはどうか判らない。

 結果として、彼の死後、家臣たちの間で戦いが起こってしまった。

 これはきちんと後継者を育成できなかったという証拠でもある。

「いや? そこまで褒めてはいない」

「褒めても良いのよ?」

「死んでもお断りだ」

「もう。鉄心ったらツンデレなんだから」

「吐き気がしてきたんで、そろそろその小芝居をやめてもらえませんかねぇ」

 心底嫌そうに、高木が言った。





 走るホテル。

 などと異名をとったオリエント急行も廃れて久しい。

 高速鉄道に取って代わられたのだ。

 人々はスピードを求め、優雅な旅など必要としなくなった。

 日本も同じ。

 長距離の移動は飛行機が一般的になり、北海道新幹線の開業が目前に迫り、寝台夜行列車は役割を終えつつある。

「でも、これはこれで悪くないですよねー」

 ラウンジでくつろぎつつ、絵梨佳が感想を漏らした。

 大好きな実剛と一緒に列車の旅。

 しかもツインルーム。

 これで芝の姫が喜ばないとしたら嘘である。

「敵から逃げてるって状況でなければね」

 肩をすくめる次期魔王。

 上野から澪までの十四時間。

 気を抜くわけにはいかない。

「最悪、車内で戦う覚悟はしておいて」

「それはいいんですけど。乗るときあの二人とかいませんでしたよ?」

 一応、乗車前にチェックはしたのである。

 だが鉄道と飛行機は違う。

 途中で降りる者も乗る者もいるのだ。

「全車両個室(コンパートメント)で完全予約制のカシオペア。途中から潜り込むなんてできるかしらね」

 グラスを手に歩み寄ってきた美鶴が小首をかしげる。

 たしかに難しいだろう。

 だが、彼らはコネクションを使ってチケットを手に入れた。

 敵も同じことをしないとは言い切れない。

「途中乗車の客を殺して入れ替わるって手もあるしな」

 不穏当なことをいうのは佐緒里である。

「推理小説じゃあるまいし……」

 呆れる光則。

 どうみても鬼姫は状況を楽しんでいる。

 砂使いとしては、むしろ恋人の手綱を握る方が大変だ。

「まー なんにもねーんじゃね? それより美鶴っ 探検行こうぜっ 探検っ」

 相変わらずの光くん。

「そういうのをフラグって言うのよ?」

 苦笑しつつ、ウインドマスターに手を引かれて少女がラウンジ車を出てゆく。

 豪華列車の旅。

 まだ始まったばかりである。



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