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潮騒の街から ~特殊能力で町おこし!?~  作者: 南野 雪花
第2章 ~学園ラブコメだと思ったんだけど~
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学園ラブコメだと思ったんだけど 3


 六月になった。

 学生にとっては、祝日が一日もない地獄の月だ。

「巫実剛。ちょっと顔を貸しなさい」

 ある日、実剛は声を掛けられた。

 まったく嬉しくない相手である。

「それに従う理由は、僕にあるのかな?」

 にこりともせず萩佐緒里を見返す。

 休戦期間は、今月いっぱいまで残っている。

 あえて接触する理由が判らない。

「従う理由はない。でも、あなたにとって損な話ではないはずよ」

 冷たい瞳。

 嫌々話していることが、じつに良く伝わる。

「ここで話すという選択肢はないのかい?」

 ちらりと教室内を見渡す。

 残っている生徒はまばらだ。

 よほど内密にしたい話ならばともかく、茶飲み話程度なら問題ないだろう。

「ここではまずいわね。せめて屋上にいきましょうか」

 校内からは出ない、というのが萩なりの譲歩だろうか。

「……わかったよ」

 実剛が席を立つ。

 当然のように光則が付き従った。

「あなたは呼んでいないわ。坂本光則」

 永久凍土よりも冷たい声で、佐緒里が拒絶する。

 二人きりで話したいということなのだろう。

「でも、僕があとから話せば、同じ事だよ」

「それはそれでかまわない。いまはあなたと話したいのよ。巫実剛」

 言って、さっさと歩き出す。

 なにかおかしい。

 顔を見合わせた男子二人。

 みんなに連絡を取ってくれ、と、唇を動かす少年に、軽く頷く少年。

 どういうつもりかは判らないが、とにかく話してみないことには事情も知りようがない。

 思い定めて、実剛が佐緒里の後を追った。

 放課後の屋上。

 森の香りを含んだ暖かな風がそよいでいる。

 すっかり日も長くなり、夕暮れというにはまだ早い時間だ。

 黒髪を風になぶらせながら、佐緒里が振り返った。

「この町をどう思う?」

 唐突な質問だ。

「どうといわれても……」

 言いよどむ実剛。

 質問の趣旨が判らない。

 答えなど期待していないかのように、佐緒里が言葉を継いだ。

「最悪な町よ。貧乏なくせに見栄っ張りで、排他的で、保守的で、未来への展望なんて何一つない」

 攻撃的な言葉。

 だが実剛は気づいていた。彼女は田舎だから悪い、とは言っていないのだ。

 そして気づいてしまったことにより、彼も実感する。

 水洗化も進んでない治水の悪さ、車二台がすれ違えない細い路地、舗装すら満足にされていない生活道路。そのくせ国道から見えるところだけを整備してゆく狡猾さ。外部企業を受け入れない偏狭さ。新しい事業をなにも行わない臆病さ。

 この町は、ゆっくりと滅びへと向かっている。

 根腐れをおこした大樹のように立ち枯れようとしている。

 だが、

「それを萩が言うのか? 澪を実質的に支配し、抑圧し、人々から搾取してきた萩が」

 実剛の声は苦い。

 澪の惨状を萩が指摘するのは筋違いだ。

 こうなった一因は、間違いなく彼らにあるのだから。

 大きく息をつく佐緒里。

「言うわよ。もう知っているだろうけど、あたしたちは鬼の末裔だもの。鬼は……人間の敵よ」

 鬼とは人に仇なすもの。

 ゆえに萩は、澪のためになるようになど動かない。

 悪だからだ。

 人々がより苦しむように、より嘆き悲しむように。

「なんでそんなことを……」

「鬼は、人に打倒される」

 少年の言葉にかまわず、歌うように続ける佐緒里。

 憧憬すら瞳に浮かべて。

「…………」

「そして悪い鬼は言いました。人間よ、心せよ。いまはこの地を貴様らに預けてやる。だが貴様らが驕り高ぶるとき、我らは再び現れ、貴様らの文明を破壊し、町を喰らい、地獄へと変えるであろう」

 まるで御伽(おとぎ)話だ。

 魔王は滅び、竜は駆逐され、鬼は打倒される。

 そして人間の時代が始まるのだ。

 たぶんそれは儀式。

 人が、自分の足で立つための。

「あたしたちは百五十年待った。あとどれだけ待てば良い?」

 少女が微笑する。

 寂しげな、透明な笑みだった。

 古来、討伐されなかった鬼は存在しない。

 どれほどの悪逆無道を尽くそうとも、最後は必ず人間が勝つ。

 知識を蓄え、文明を築き、歴史を描き。

 いつしか強大な力を付けて、強大な敵を打倒してきた。

 困難にぶち当たるほどに人類は強くなってゆく。

 鬼は、その過程における引き立て役(・・・・・)だ。

 ゆえに鬼の王国などというものは建国されたことがないし、魔王の国も作られたことがない。

 この世にあるのは人間の国だけ。

「……つまり萩は、澪の人たちに決起を促すために、抑圧してきたってことなのか」

 実剛が呻く。

 頭を振る佐緒里。

「鬼にそんな善性はない。ただやりたいようにやるだけ。それが結果として内圧を高めて爆発するだけよ」

 淡々と語る。

 待っているのが破滅だと知りつつ、むしろそのような結果をもたらすために振る舞う鬼。

「わけがわからないよ……」

「でしょうね。人と鬼では使う物差しが違うから」

 考え方の尺度が違う。

 だから解り合えないのは当然だと、佐緒里は笑う。

 さすがに今はそんなことはないが、遙かな昔、鬼は人を喰らっていた。つまり鬼とって人は食料でしかない。

 敷衍(ふえん)すれば、人間と家畜の関係になるだろう。

 どうやったって理解し合えるはずがないのだ。

「そうか……」

 実剛は曖昧に頷いた。

 納得したわけではない。できるわけがない。

 だが、自分に佐緒里の考えを覆させることができるとは、それ以上に思えなかった。

 百五十年と彼女は言った。

 北の地に移り住んでから百五十年。本州を根城としていた頃から数えれば何百年になるのか判らない。

 ずっと抱き続けてきた思いを、たかだか十六年しか生きていてない小僧が否定することなどできないだろう。

「それに、これが本題というわけじゃないんだろう?」

 ぐっと腹に力を入れて問う。

 彼にしてみれば、はじめて触れる萩の真意だ。

 この程度で呑まれるわけにはいかない。

「本題の半分よ。あたしのスタンスを知って欲しかった」

 単数形を使った。

「萩のスタンスではなく?」

「父はまだ諦めていない。能力者を増やして、これまで以上に圧迫しようとしている」

 金銭や権力ではなく、純粋なチカラによる支配。

 そんなことが可能なのだろうか。

 江戸時代ではないのだ。土地に縛られる人間など少ない。

 澪に嫌気がさせば、出て行くだけではないか。

「真意は、あたし程度には判らない」

「なら、君は何を望むんだ? 萩佐緒里」

「滅びを」

 少女の唇が半月型を刻む。

 体感気温が、三、四度は下がったように実剛は感じた。

 滅びとはなんだ?

 なにを滅ぼすつもりなのだ。萩か。巫か。それとも……。

 想像は戦慄を孕んだ。

「……なにをいっているのか、わからない」

 絞り出すように応える。

 ぐっと踏み出す佐緒里。

 顔が接近する。

 互いの息がかかりそうな距離。

「嘘が下手ね。巫実剛。あなたは気づいている。あたしが言いたいことに」

 甘くささやくような声。

「……不可能だ」

「前例がある。不可能じゃない」

「……人々の生活はどうなる?」

「それは知った事じゃない。あたしは鬼だと言った」

「…………」

 なおも食い下がろうと言葉を探す。

「それにこれは、巫暁貴と同じ考えだと思う」

「なん……だと……」

「彼が望むのは穏やかな滅び。違う?」

 違わない。

 実剛は知っている。絵梨佳を救出に行ったあの日に、聞いている。

「あたしたちは手を取り合える。そう思わない?」

 手段は違えど、目指すものは同じ。

 破壊のあとの再生。

「ぼ……僕は……」

 何か言おうとする実剛。

 遮って、

「実剛さんに不細工な顔を近づけるなぁぁぁぁぁっ!!」

 割り込む声。

 何故か上から。

 驚いて振り仰ぐ佐緒里と実剛。

 上空に少女が浮かんでいた。というより、こちらに向かって急降下中だ。

 どうやってそこに?

 ここは屋上である。校舎で一番高い場所なのだ。

 そこよりもさらに高い場所に、どうやって移動した?

「たぁぁぁぁっ!!」

 見事なまでに両足を揃えたスクリュードロップキック。

 速度と角度が異常すぎる。

 めくれ上がるスカート。若草色の下着が眩しい。

「ぐううううっ!?」

 両腕をクロスさせて受ける佐緒里。

 勢いに押されて上履きが滑る。

 漂う焦げたにおい。

 受けられたと知った絵梨佳が、いつもの横回転で宙を舞い、実剛の前に着地する。

 佐緒里はまだ構えを解かない。

 足元から、ぶすぶすと白煙が立ち昇っている。

 靴が摩擦熱で焼ける、などというのを初めて目撃した実剛が言葉を失っていた。

「……相変わらず非常識な小娘ね。どうやってここにきた」

 押し殺した声で問いかける。

 びしっと指を突きつける絵梨佳。

「みっつから実剛さんが連れ去られたと聞いてっ 屋上まで来たら鍵が閉まっていたから入れなくてっ 仕方ないから一回中庭に出て壁を駆け上ってきたのよっ」

 無茶苦茶である。

 万有引力の法則とか、この星にはそういうのがあったはずなのだが。

「つまり中庭の壁には、絵梨佳ちゃんの靴あとが着いてるってことだね……」

 四階を超え、屋上まで続いているということだ。

 どんな都市伝説だというレベルである。

「実剛さんっ ご無事ですかっ 主に貞操的な意味でっ」 

 的はずれな心配、というほどでもない。

 彼女が落下防止用フェンスを飛び越えたとき、佐緒里が実剛に顔を近づけていたのだ。

 これで絵梨佳が心配しないわけがない。

 むしろ、よくドロップキックで済んだと感心してしまう。

「何を勘違いしているのかだいたいは想像が付くけどね。芝の小娘。巫実剛はあたしの好みからはだいぶ遠いよ」

 きっぱりと言い放つ萩の姫。

「え? なんで?」

 何を言っているのか判らない、という表情の絵梨佳。

 まあ、好みは人それぞれだ。

 蓼食う虫も好き好き、なんて言葉だってある。

「東京風ふかせたスカした男なんて、こっちから願い下げよ」

 ひどい言いぐさだ。

「え? 僕スカしてる?」

 ショックを受ける実剛。

 けっして田舎を馬鹿にしたりなどしていないのだが。

 そう見えてしまうのだろうか。

「何言ってるの? 実剛さんは都会的でかっこいいのに」

「それに比べれば坂本光則の方がまだマシね。一応は能力者だし。顔も悪くないわ」

「あ、みっつはあげるんで。好きにして良いから」

 売られた。

 一秒で光則が売られてしまった。

 この場にいない友人に深く同情する実剛だったが、口に出してはなにも言わなかった。

 だって怖いもん。


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