文化祭 紅葉2
「東雲さん、大丈夫……じゃないようだね。」
詩音は紅葉の足元で伸びている人たちを見て遠い目をする。
「うん…分かっていた、分かっていさ、自分が来ても意味がない事くらい…でも、それでも、これはあんまりだと思う。」
「何で、来た?」
「そりゃ、東雲さんが心配だからだよ。」
「わたし、強い。」
「うん、そうだろうね、でも、君は女の子だ。」
「必要、ない。」
頑なな態度をとる紅葉に詩音は苦笑する。
「君は、僕の力を必要しないくらい強い事は知っているよ、でも、強くたって怪我をするし、不意を突かれたら君だって無事で済まない可能性もあるだろう。」
「……。」
「僕が心配するのは僕の気持ちだ。君が背負い込む事ないし、気にする必要はないよ。」
「……。」
「頬、怪我してるけど、大丈夫?」
「ん。」
詩音の言葉に紅葉は頷く。
「東雲さん、もしかしなくても、自ら殴られに行った?」
「……。」
詩音の言葉に紅葉はスッと視線を逸らした。それだけで、詩音は何となく察する事が出来た。
「…………はぁ…。その手で殴ったの?」
「……。」
詩音はこれ以上彼女を待っても答えがでないと思い、ため息を一つ零した時にちょうど視線が下がり、少し赤くなった紅葉の手がその目に映る。
「少し赤くなっているね。」
壊れ物のように優しく紅葉の手を取る。
冷やした方がいいのかな?と本人はのんきに考えているが、紅葉はいきなり手を取られ、まじまじと見られ、顔がだんだん赤くなる。
「東雲さん?」
「は、離せっ!」
バシリと音を立てて詩音の手を振り払う。
「えっと、ごめん、傷に触ったかな?」
「……。」
自分の手を胸に抱え、フーと威嚇している紅葉はまるで、威嚇する子猫のようにしか見えなかった。
それを詩音は可愛いと思う。
「さてと。」
詩音は気持ちを切り替える事にした。
どうせ、ここにいても、何も解決はしないのだ。
それならば、動くしかない。
「取り敢えず、西さんに連絡をするかな。」
「瑛瑠ちゃん?」
「違うよ、千時さんだよ。」
「……。」
いつの間に連絡を交換したのだと、無表情ながらそんな言葉が紅葉の顔に浮かんでいた。
「ふくくく。」
「何?」
「いや、君は本当に…。」
笑いをこらえきれない詩音に紅葉はジトリと彼を睨みつける。
「何?」
「いや、何でもないよ。」
「……。」
詩音はまた、紅葉を見て吹き出す。
どうして、この子は無表情なのにこんなにも表情をコロコロ変えるんだろうか。
そして、同時に自分だけがそれを知っていればいいのにと思ってしまう。
「ちょっと向こうで連絡をしてくるから大人しくしていて欲しいかな。」
「……。」
ジトリと自分はトラブルメーカーじゃないと目で訴える紅葉に詩音は彼女の頭を軽く撫でる。
子どもじゃないと目で訴えられるが、詩音は気づかない振りをする。
そして、彼は宣言通り、少し離れたところに立ち、千時に連絡をする。
彼も忙しいのか、なかなか繋がらなかった。
そして、二分くらい待ってようやく、千時が出る。
「何だよ、クソ忙しい時に。」
ガラの悪い態度に詩音は苦笑する。
「すみません、ちょっと、困った事が起こりまして。」
「……。」
「聞きたくないと思いますが、勝手にしゃべらせてもらいますね。」
詩音は手短に助教を説明する。
そして、それを聞き終わった千時は深い、深いため息を零す。
「何で、こうも、あいつらは全員トラブルメーカーなんだ…。」
「心中お察しします。」
「変わってくれ。」
「無理です、教師になるつもりはありませんので。」
「……マジレスすんなよ。」
「はいはい、という事ですので、回収お願いいたします。」
「……はぁ、なんでやんなきゃいけないんだよ。」
「保護者なんですから、頑張ってください。」
「好きであいつらの保護者やってないぞ。」
「貴方が来ないと動けないのでちゃんと早く来てください。」
「人使い荒い奴だな、ほんと…。」
文句を言いながらも、ちゃんと移動しているのが向こうの音で伝わっていた。
「天邪鬼な人ですね。」
「なんか言ったか?」
「いいえ、何にも。」
「……あいつに怪我はないか?」
「東雲さんですか?」
「そいつ以外に誰がいるんだ?」
「いませんね。」
「んで?」
「東雲さんは無事です。」
「……なんか引っかかるな。」
詩音の伝えたい言葉の一部を何となく読み取ってしまった千時の声からは聴きたくないと言っているようだった。
しかし、今言っても、ここに来て見ても同じなので、詩音はさっきと同じ言葉を繰り返す。
「東雲さんは無事です。」
先ほどよりも「は」をはっきりと意識して詩音は千時に伝えた。
そして、千時はそれを読み取ってしまった。
「~~~~~っ!そう言う事かよ。」
「分かりましたか?」
「遠回しで言うな、はっきり言えよ。」
「何となく気づいていたんでしょう、ならば別に言わなくても問題ないと思ったんだです。」
「ああ、確かに何となくやらかしてねぇだろうな、とは最初思ったさ、でも、現実逃避くらいさせてくれよ。」
「どうせすぐに現実を見るんだ、諦めろ。」
「うわー、つめてーな。」
わーわーと喚く千時の後ろの音がだいぶ静かになったのを確認し、詩音は言う。
「東雲さんは確かに無事だけど、正当防衛と言い張るのに、一発殴られたよ。」
「はぁっ!」
大きな驚きに詩音は苦笑する。
「頬が少し腫れている、後殴ったりしたから、手も赤くなっているよ。」
「……。」
「まあ、それ以上に襲ってきた方がコテンパンにされているけど、女の子の顔に傷を負わせたんだし、それくらいは仕方ないと思うし。」
「……はぁ、お前、本当に性格いいな。」
「そうかな。」
首を傾げる詩音に千時はげんなりした声を出す。
「気遣ってくれたのは嬉しいが、もっと別の気の遣い方をしてほしかった。」
「まあ、色々諦めて欲しいかな。」
「……もうすぐ着く、電話切るな。」
「ああ、待っていますよ。」
千時から通信を切られ、詩音は現状再度見つめ、苦笑する。
「本当に申し訳ないな。」




