文化祭 1
「……。」
「和希ちゃん、大丈夫?」
「……。」
和希は渡された衣装を見て凍り付いていた。
「和希ちゃん。」
「……大丈夫。」
自分でも情けない声が出ていると思って和希は苦笑する。
「殺す。」
「……。」
物騒な言葉を吐きだす紅葉に今回ばかりは和希も同意しそうになった。
和希が着るはずだったアオザイはズタズタに切り裂かれていた。
しかも、被害は和希だけで他の誰も普通に着替えていた。
「和希ちゃん。」
「……ここまでズタズタなものを元に戻す事は出来ないし、責任者の子に相談してくるね。」
「……。」
「紅葉ちゃんはどうする?」
「一緒、だめ?」
「……。」
和希は答えに詰まる。
紅葉には紅葉の仕事かある。
でも、ここで紅葉を一人にしてしまうときっと犯人探しをしに行くだろう。
そうなると色々な意味で大変だ。
それに思った以上に和希にもダメージがあったのか、出来れば一人になりたくなかった。
「ついてきてもらってもいい?」
「勿論。」
もし、紅葉に動物の耳やしっぽがあればまちがいなく喜びを表していただろう。
「それにしても、誰がこんなことをやったんだろう。」
「……。」
和希の疑問に紅葉はスッと目を細め、ある一点を睨む。
「紅葉ちゃん?」
何か不穏なものを感じ取ったのか、和希は紅葉を見つめる。
「何でもない。」
首を振っていつもの無表情を作る紅葉だったか、その目の鋭さは消えてはいなかった。
和希は何か言いたげな顔をするが、何を言えばいいのか分からないからか、口を開けるが、すぐに閉ざす。
「和希ちゃん、大丈夫、犯人、潰す。」
「……。」
物騒な言葉を吐く紅葉に和希はいつも通り過ぎる彼女に頭を痛める。
いつも通りの紅葉が羨ましいような、そうじゃないような微妙な気持ちになりながらも、和希は一応くぎを刺す。
「紅葉ちゃん、人に危害を加えるのは駄目だからね。」
「……、善処、する…………………思う…。」
ポツリと呟かれた頼りない言葉に和希は頭を抱える。
「善処するも、引っかかったけど、最後の思うは駄目だよ。」
「……。」
紅葉は和希の視線から逃れるように目を逸らす。
「紅葉ちゃん?」
「………………努力…する。」
「………もう。」
あくまでもしない、やらない、とは断言しない紅葉に和希はため息を零した。
「神崎さーん、東雲さーん、準備終わった?」
ひょいと顔をのぞかせたクラスメートに和希は困った顔でお願いをする。
「……別にいいけど、どうしたの?」
「ちょっと。」
「……。」
刻まれた服を隠し、困ったように微笑む和希にクラスメートはちらりと、紅葉を見る。
「分かった、ちょっと待っててね。」
「……ふー。」
クラスメートが居なくなり、強張っていた体が少し緩まる。
「神崎さん、呼んでいるって言われたけど、どうしたの?」
責任者のクラスメートがやってきたので、和希は隠していた衣装を彼女に見せた。
「何…これ…。」
和希の衣装を見た彼女は目を大きく見開き、わなわなと怒りをあらわにする。
「……神崎さん自身に怪我はない?」
「私は大丈夫。」
「そう……。」
スーと息を吸い、彼女は冷静になろうと、落ち着こうとしようとしていた。
「代わりの予備の衣装があるから、そちらを着てもらえばいいけど、問題はどこの誰がどんな目的でやったかよね。」
「愉快犯とかかな?」
「一回きりだったら、それはそれで、まあ、よくはないけど、いいとするけど。
これが、神崎さんを狙ったものだったら……。」
責任者の子の言葉に紅葉の目がさらに冷ややかなものになる。
「私なんか誰も狙わないよ。」
苦笑気味に笑う和希に、責任者の子と紅葉は何か言いたげな顔をする。
「念の為に誰か目撃者がいないか確認しておくし、担任にも伝えておくから。」
「……。」
そこまで大事にしなくても、と和希は思わなくもないが、ただ、これが和希の私物ならばそう言えたが、これは借り物だ。
こんなにもズタズタにされたのだから弁償が必要になる。
そうなると隠す事なんて最初から出来ない話だった。
「弁償代いくら払えばいいのかな。」
「神崎さんだけが払う必要はないから。」
「でも、私の管理が甘かったから。」
「それを言うのなら、神崎さん以外も全員同じような管理しかしてないから、被害者が払うなんておかしいからね。」
「でも…。」
「大丈夫、きっと何とかするから。」
責任者の子の言葉に和希は淡く微笑む。
「何かあったら必ず教えてね。」
「オッケー、オッケー。」
力強く笑う彼女に和希はようやく肩から力を抜く。
「時間もないし、神崎さん、着替えて頂戴。」
「もうそんな時間?」
「ちょっと急がないとまずいかな。」
「分かった、着替えるね。」
和希は替えの着替えを抱える。
「それじゃ、東雲さん行きましょう。」
「でも…。」
「紅葉ちゃん、大丈夫だから。」
退室を促す責任者の子の言葉に紅葉は渋るが、和希に微笑みかけられ、唇を尖らせながらも、出て行く。
「……。」
一人になり和希はため息を零す。
ビリビリになった衣装を彼女は一瞥する。
悪意まみれのそれは確実に和希だけを狙ったもののように彼女は感じ取った。
間違いなく敵意、悪意を敏感に感じ取れる紅葉も同じように知っているだろう。
これ以上何もなければいいのだけれども、この悪意はきっとそう簡単には終わらないように和希は思った。
「皆に矛先が行かなければいいな。」
自分だけならばどうにか対応できる。
和希は本気でそう思っていた。
しかし、それを見ている人たちがどう思っているかなんて今の彼女がそこまで気を回す事が出来ないでいた。




