打ち上げ花火
「花火?」
舞い散る火花。
儚い刹那の花。
和希の瞳に色とりどりの光が映る。
「もう、こんな時間なんですね。」
「ああ。」
冬牙は花火を見る和希の顔をじっと見つめる。
白い細い首。
出会った時よりも少し伸びた黒い髪。
大人と子供のはざまの儚いその顔のライン。
ゴクリと知らないうちに冬牙の喉が鳴る。
喉が酷く乾く。
無意識に冬牙は喉に手を当てる。
「冬牙さん?」
冬牙の視線が花火ではない方に向いていることに気づいた和希が冬牙を見る。
「どうしたんですか?」
黒い双眸が心配そうに陰る。
「何でもない。」
「……。」
明らかに何でもないと分かる答え。
だけど、この表情の冬牙は口を割らない事を和希は知っていた。
本当は聞きたい。
でも、冬牙は答えない。
心に溜まる澱を感じ、和希はため息を零す。
「手を繋いでもいいですか?」
「……珍しいな。」
「そうですね。」
和希自身も内心驚いていた。
でも、冬牙がよくない道に行きそうで怖くなった。
だから、引き留めるために手を握りしめたかった。
「ほら。」
差し出される大きな手。
和希はそっとその小さな手を伸ばす。
「昔」と正反対な大きさだ。
「昔」は「かずき」の方が大きくて――。
冬牙の方が小さかった。
複雑な思いが和希の中で渦巻く。
多分、それを感じているのは「一輝」だ。
綺麗に融合されていると思っていたのに、欠片だけの彼が反発して、和希を攻撃する。
和希にはどうする事も出来ない欠片の彼。
多分、冬牙とずっと長く付き合うのなら彼はこれからも顔を出すだろう。
昇華されるのか。
ずっと居るのか。
それは彼も和希も分からない。
ただ、この思いを感じなくて済む手段は知っていた。それは、唯一つ冬牙から逃げる事、それだけだ。
だけど、和希はその手段を選ぶことはないだろう。
彼の前からいなくなることは絶対にしない。
彼の前から永遠に消えてしまった「一輝」。
それによって傷ついた子どもは、その傷を癒すことなく、ずっと傷ついているのだ。
それなのに、和希は逃げる事ができるだろうか。
否、できない。
何度自問自答しても、その答えは変わらない。
だけど、ついつい考えてしまう。
それは確認なのか、別なのか和希にも分からなかった。
「おい。」
ぼんやりとしていた和希の耳に低い声が届く。
「何ですか?」
「何ですか、はこっちが言いたい。」
和希は軽く首を傾げる。
「花火はもう終わったぞ。」
和希はハッとなり上を見る。
彼が言うように花火は終わっていた。
「いつの間に…。」
少し残念に思いながらも、終わってしまったものは仕方ないと和希はすぐに気持ちを切り替えた。
「合流しないと、きっと心配されますね。」
「……。」
和希は立ち上がり、冬牙の手を引く。
「行きましょう。」
「ああ。」
ゆっくりと二人は来た道を戻る。
押して引く波のように、また和希の思考が引きずられる。
だけど、それはすぐに引き上げられる。
「心あらずって顔して、ついてくるんだ、暗いのに危ないだろう。」
「それは、そうですね。」
和希はいつの間にか景色が変わっており、苦笑する。
「すみません。」
「……。」
和希が謝ると、ギュッと冬牙は彼女の手を握った。
「何を考えていたんだ。」
「……。」
和希は答える代わりに笑みを浮かべる。
それは儚く、今にも消えてしまいそうなそんな笑みだった。
「答えたくないのか?」
「……。」
答えたくないのではない、答えられないのだ。
和希が先ほど考えていたこと泡沫のように形ならなかったものだし、その前は墓場まで持って行こうと思っている隠し事だ。
それを彼に…冬牙に話せる訳がなかった。
「……もう、いい。」
冬牙のどこか突き放した言葉に和希は表情を曇らせる。
言えること言いたい。
でも、この件に関しては和希も譲れなかった。
離されたなった手。
それは完全に冬牙が拒絶していない証拠でもあった。
その優しさに和希は何とも言えな気持ちになる。
嬉しい。
もし訳ない。
悲しい。
憤り。
色んな感情が渦巻くけれども、それでも、和希は何も言わない。
ごめんなさいの代わりに一瞬、その手を強く握る。
そして、それを返すように冬牙も強く握り返してくれた。
それが嬉しいような、何とも言えない気持ちがさらに広がった。
ごめんね。
その言葉が和希の口から洩れる事はなかった。




