幕間 瑛瑠と空也1
「くぅ。」
「何だ。」
「よかったんかな?」
「大丈夫だろう。」
人込みを縫うように歩く空也に瑛瑠は四苦八苦しながら歩く。
「くぅ。」
「何だ?」
「…くぅは何でこの浴衣を選んだん?」
「……。」
瑛瑠は無意識に空也の手を強く握る。
「……。」
空也は視線をさ迷わせ、そして、ゆっくりと息を吐き、重くなった口を開く。
「お前に似合うと思ったから…。」
「……。」
ちゃう。
そうやない。
瑛瑠は心の中でそう思った。
だけど、口からその言葉が出る事はなかった。
瑛瑠が欲しかったのはこの浴衣の柄を選んだ理由。
自分が似合う、似合わないの話ではない。
「……。」
空也は瑛瑠が自分に向ける視線の意味をしっかり理解しているのか、表情を曇らせる。
「……。」
「……。」
少し決まづい空気が流れ、瑛瑠は目を瞑る。
そして、次に目を開けた時には瑛瑠の不満やらの感情が消えていた。
否、綺麗に隠されていた。
「くぅ、遊ぶ前にあっちにりんご飴あるから食わへん。」
「瑛瑠の好きにすればいいんじゃねぇか?」
「えー、うち一人で食べきれへんから言ってるんやん。」
「はいはい、一緒に食べるから買えばいいだろう?」
空気が変わった事に空也は少しホッとするが、同時に瑛瑠が隠してしまった感情を思うと悔しく思っているのか、表情はさえていない。
「くぅは何か食わんの?」
「ん-、今はいい。」
「ちぃ兄、大丈夫かな?」
「……あー。」
瑛瑠の言葉に癖の強い二人に囲まれる千時の姿を想像し、合掌をする。
「何してんの?」
「千時さんの冥福を祈って。」
「いやいや、ちぃ兄ちは死んで変からね。」
「そうだな。」
「そうだな、やあらへんよ。」
「別にいいだろう。」
「よくないからね。」
「なあ、瑛瑠。」
「ん?」
「小さい頃さ。こうしてよく遊んだよな。」
「せやね。」
「そんで、誰にも言わずに行くものだから、色んな人に怒られたよな。」
「せやね。」
「父さんと母さん。」
「ちぃ兄って、あれ?」
「どうした?」
「いや、うちの中で怒ってたんのちぃ兄だけやない?」
「あー。」
瑛瑠の言葉に記憶を掘り返した空也はなんともいえない顔をする。
「確かに…。」
「せやろ。」
空也の両親が鬼のような形相で空也を叱る中、その横で千時に怒られる瑛瑠の姿が昔からのワンセットだった。
他の瑛瑠の両親や兄姉たちはそれをつまみにして見ている事が多かった。
そして、最後は瑛瑠の両親と仲のいい空也の母が何で瑛瑠を叱らないのかと説教するのが一連の流れだった。
それでも、子どもというのはやらかす生き物なので、何度も叱られ大きくなっていた。
最近では流石に怒られる事は減ったが、それでも、瑛瑠の両親が怒る姿はほとんどなかった。
「千時さんは昔から苦労人だよな。」
「そうやね。」
「…妹のお前は労わらないのか?」
「えー、弟分のくぅの方がええんちゃう?」
「可愛い実の妹の方がいいだろう。」
「……。」
「……。」
いつの間にか千時の押し付け合いが始まり、二人は同時に我に返って笑いあう。
「まあ、二人でお礼を考えるか?」
「うち、今お金ないからなー。」
「いっその事手作りにするか?」
「薄い本?」
「……………………。」
本気か冗談か分からない事を言う瑛瑠に空也は言葉を失う。
「えっ、あかん?」
「……。」
本気だったのかと空也は頭を抱える。
「千時さんは理解はあるけど、腐男子じゃねぇんだぞ。」
「あー。」
「麗良さんとかだったら喜ぶが、千時さんは絶対微妙な反応だぞ。」
「…せやね。」
空也の言葉にようやく瑛瑠も現実に目を向ける。
「まあ、それはおいおいでいいだろう。」
「せやね。」
「最悪、あいつとの二人の時間を作ってやるか。」
「えっ?誰との?」
「さあな。」
「えっ、もしかして、ちぃ兄って好きな人がおるん?」
「……。」
「誰?誰なん?」
「オレの気のせいかもしれないから、憶測でしかないけどな。」
「えー、教えてーや。」
「だーめだ。」
「えー。」
下手に瑛瑠が首を突っ込むとややこしくなる事をよくよく知っている空也は彼女を止める。
「ほら、りんご飴を買うんだろう。」
「えー、でも。」
「おじさん、りんご飴一つ。」
「おう、坊主可愛い子とデートか?」
「そんなとこだな。」
「別嬪さんを逃すなよ、五百円だ。」
「ああ、そうだな。」
空也は支払いを終え、商品を受け取ると瑛瑠の元に戻る。
「ほら。」
「ありがとう、くぅ。」
「ゆっくりと行くとするか。」
「せやね。」
瑛瑠は買ってもらったりんご飴を早速頬張る。
「んー、おいひいわ。」
「よかったな。」
「くぅも一口どう?」
「んじゃ、もらう。」
そう言うと空也はりんご飴を一口齧る。
「美味いな。」
「せやね。」
微笑む瑛瑠に空也も笑いかける。
だけど、彼の中には先程見せた瑛瑠の表情が心のしこりのように残っていた。
ちゃんと言わないといけないと分かっていても、それでも、今ではないと空也は自分をごまかすのだった。




