お着換え
「お待たせ。」
「遅くなりました。」
「……ん。」
「そちらの準備は完了していますか?」
「あっ…。」
「あー。」
「どうせ、準備するほどじゃないだろう。」
「…………そちらに、皆さんの分準備してたんですけど…、言い忘れてましたね。」
和希はソファで隠れていたそれを指さす。
それは和希たちが男性陣に向けて用意した浴衣や甚平だった。
「……すぐに終わる。」
そう言うと冬牙はおもむろに自分のシャツに手をかける。
「ちょい待てっ!」
「……何だよ。」
「お前な、ここには女がいるんだぞ。」
「だったらなんだ、和希なら見慣れているだろう。」
「なっ!」
千時は慌てて和希を見ると、そこには顔を真っ赤にさせて口を金魚のようにパクパクと開け閉めしている彼女の姿が映った。
「あー……これは大丈夫な奴だな。」
千時はその顔を見て限りなく健全な方だと悟る。
「和希ちゃん、どういう事かしら?」
「せやね、お姉さんはききたいなー。」
「えっと、二人とも落ち着いて。」
「ん。」
「うん、紅葉ちゃん私は逃げないから、痛いから放してくれると嬉しいな。」
「……。」
渋々力を緩める紅葉だったが、その手は決して和希から離れる事はなかった。
「えっと、瑛瑠ちゃんは経験あると思うけど、お風呂上りとかでお兄さんが半裸で出歩く―って言ったよね。」
「あるな。」
「あれです。」
「あれですか。」
「はい。」
「せやったら仕方――。」
「なくないわ。」
「ん。」
「えー、あれはマジで不可抗力なんやよ?」
「そうだよ。」
「躾がなってないのよ。」
「ん。」
冷めた目をしている桂子。
それに頷く紅葉。
和希と瑛瑠は互いに顔を見合わせ、首を振る。
「いくら言ってもあかんもんは、あかん。」
「そうよだよね。」
「ふーん。」
ジトリと桂子は千時と冬牙を見る。
「……。」
その視線を受けて。気まずそうにそっぽを向く千時。
「何だ。」
ガンを飛ばす冬牙。
「ふふふ…。」
冬牙の態度にカチンときた桂子は不気味な笑みを浮かべる。
「本当に駄犬なんですね。」
「何だと。」
「あら、駄犬を駄犬と言って怒るんですか?
ああ、自覚がおありなんですね。」
「……。」
余計な事を言えば確実に桂子に言いくるめられると分かった冬牙は彼女を睨む。
本気を出せば冬牙だって桂子に対して応戦出来るのだが、面倒臭いのと流石に年下の少女に対して本気を出すのは大人げないと分かっているからだ。
「桂子ちゃん、その辺にしておこう。」
「何でかしら?」
「いや、時間ないし、それに…ね。」
和希は桂子を止め、そして、ちらりと冬牙を見る。
「……あー。」
千時は和希の視線とその先を見て何となく和希の言いたい事を悟る。
「そこの色男いつまでもその格好だと風邪ひくぞ。」
「……。」
「いくら夏とは言えな、さっさと着替えるんならそうしような。」
「……。」
「ほら、私達も言ったん出よう。」
和希は不満そうな桂子の背中を押して廊下に出る。
「ちぃ兄、はよしてな。」
「ああ。」
女性陣がで終わると千時はどっと疲れたような顔をして、冬牙を睨む。
「お前さ、見た目通りのトラブルメーカーだな。」
「見た目通りとはなんだ。」
「はー、無自覚?ヤダね、色男は。」
「てめぇだって、女泣かせな顔してやがるけどな。」
「……。」
冬牙の言葉に千時は何とも言えない顔をする。
「何だよ。」
「あー、何だ…。」
「はー、兄ちゃんはそんな面しているけど、モテた事はほぼないな。」
「おい、クソガキ。」
「シスコンだし、ヘタレだし、ついでにロリコンとか言われて散々だって、自分で言ってたじゃねぇか。」
「このっ!」
ベラベラと喋る空也を止めようと千時は手を伸ばすが、それを予期していた空也は簡単に避ける。
「あー、何だ……。ドンマイ。」
「あー、クソ言っておくけどオレはロリコンじゃねぇからな。」
「……そこを訂正するか。」
「……。」
千時の言葉に空也は何とも言えない顔で甚平に着替える。
「いいんだよ、どうせ、その二つはどう繕ったって、言い返せねぇからな。」
「ふーん。」
「まあ、いいが、お前は着替えないのか?」
「……。」
一人着替えようとしない千時に着替え終わった冬牙が尋ねる。
「着替え方なんて知らねぇ。」
「あー。」
千時のと言葉に空也は納得する。
旅館とかの浴衣だと多少不格好でも問題はないが、流石に今回の場合そんなだれた格好だと女性陣に失礼だった。
因みに女性陣は和希と紅葉が着付けできるので、残りの二人の着付けも二人が手伝ったりしている。
「……おい、こっちに来い。」
「何だよ。」
「せっかくあいつらが選んだんだ、着ないと可哀そうだろう。」
そう言うと冬牙はあっという間に千時に浴衣を着させた。
「慣れてんな。」
「色々あったからな。」
どこか遠い目をする冬牙に二人は何も言う事が出来なかった。
「着替え終わったし、あいつら呼ぶか。」
「そうだな。」




