それぞれに
「おーい、選んだぞ。」
「遅いわ、こっちは準備万端よ。」
「せやよ。」
「まあまあ、二人とも。」
暑い外から涼しい中に入りながら千時がそんな事を言えば、彼に非難の声が届く。
そして、それをなだめるように和希が声をかける。
「本当に神崎だけだよな、優しいのは…。」
「そんな事ありませんから。」
「いやいや、この中だったら、断トツで優しいからな。」
和希は何とも言えない顔をするが、それ以上何も言う事はなかった。
「さっさと進め、邪魔だ。」
「っ、だからって、蹴るなよ。」
「……。」
冬牙は声をかけるのと同時に千時を蹴飛ばす。
何とか踏みとどまる千時は恨みがましそうに冬牙を睨む。
しかし、冬牙はそれくらいで応えるような人間な訳ではないので、しらっとした顔をするだけだ。
「まあ、蹴る方も悪いけど、狭い場所で立ち止まる方も悪いと思うけど?せんせ。」
「……。」
空也の言葉に千時は何か言いたげな顔をするが、色々諦めリビングに向かう。
「こんな短い間にやらかすなんて流石ね。」
「うっせー。」
不貞腐れる千時はドカリとソファに腰掛ける。
「で、誰が、どれにするの?」
「…和希。」
「はい?」
名前を呼ばれた和希は振り返ると目の前に浴衣を押し付けられる。
「冬牙さん?」
「お前はこれだ。」
和希が広げるとそこには燕の絵柄が描かれた浴衣だった。
「珍しい柄ですね。」
「そうだな。」
「帯とかは?」
「あっ…。」
和希は小首を傾げ、冬牙に尋ねる。
和希はてっきり浴衣と一緒に帯の色とかも決めているのだと思った。
しかし、男性陣はそこまで頭が回っていなかった。
「やべ、すっかり忘れてた。」
「だな…。」
「阿呆やな。」
「ん。」
「本当に抜けておりますね。」
「……。」
「……。」
女性陣のダメ出しに空也と千時は本気で落ち込む。
「浴衣を選んでもらったんですから、それくらいは自分たちで選べばいいんですよね。
選んでもらって当然みたいな態度を取ってしまってすみません。」
「いや、こっちの配慮が足らなかった。」
「和希ちゃんが謝らんでええのに。」
「そうよ、向こうの落ち度よ。」
「ん。」
「……。」
男性陣に辛辣な彼女たちに和希は苦笑しか浮かべられない。
「まあ、ええわ、で、他の人たちは?」
「えっと、東雲はこれだ。」
「あら、こっちはちゃんと帯まで準備しているじゃない。」
「……だな。」
千時はここまで用意している詩音に指摘してくれよ、と思ったがここにはいないのでその気持ちは無理やり押し込んだ。
「……。」
「菖蒲。」
菖蒲の描かれた浴衣は確かに紅葉のイメージにあっていた。
「ええね。」
「うん、とても似合うわ。」
「よかったね。」
「……ん。」
紅葉はじっと千時を見た。
「何だ?」
「誰が、選んだ?」
「あー…。」
千時は頭を掻き、そして、冬牙を見る。
「誰でもいいだろう。」
「……。」
紅葉は何か言いたげな顔をするが、それでも、何か言う事はなかった。
選んだ人の残り香があるわけないのに、そっと浴衣に鼻を押し当てる。
「紅葉ちゃん?」
「……何でもない。」
どこか悲し気な紅葉に和希は何も言えなかった。
「くぅ、うちの浴衣はどれ?」
「これだ。」
「……。」
瑛瑠は場の空気をかえるように明るい声を出す。
「金魚。」
「……少し子どもっぽくないかしら?」
「………。」
「いいと思うけど。」
「……幸福。」
「瑛瑠ちゃん?」
何かポツリと呟かれた瑛瑠。
和希は首を傾げる。
「まあ、くぅにしたら合格やね。」
「……お前はそう言うのに詳しいからな。」
「そないな事はないよ。」
「あるって、即答しただろうが。」
「聞こえてた?」
「ああ。」
「まあ、ええけど、どうやった、やっぱ大変やった?」
「ああ、情けないほどに時間をかけまくった。」
「せやったら、合格やね。」
「あんがとさん。」
いい雰囲気になっている二人をしり目に千時は桂子にそれを渡す。
「あら、水仙?」
「ああ。」
「そう。」
桂子はそれを何を考えているか分からない顔で見ていた。
「他には?」
「いいじゃないかしら?」
「……。」
特に何も言わない桂子に千時は気に入ってくれたのかそうじゃないのか分からなかった。
「それじゃ、皆着替えましょうか。」
桂子は何もなかったかのように和希たちに話しかける。
「せやね。」
「ん。」
「えっと。」
和希だけは少し戸惑いを見せたが、桂子が和希の手を引く。
「ほら、行きましょう。」
「え、でも、いいの?」
「いいのよ。」
あっさりといなくなった女性陣に千時は行き場のない思いを抱える。
「せめて感想の一つ言えよ。」
「大丈夫だ、他の連中も何も言ってないだろう。」
「……。」
千時をなだめようとする空也だったが、彼に一睨みされ、大人しく引いた。
こうして、千時は女性陣の着替えが終わるまで悶々とした気持ちを抱える事になった。




