前世の記憶
一輝は十五歳のごくごく普通の高校生で、家族は両親に、六つ上の姉がいる。
そして、今彼は五つになった少年と手を繋いで家路についていた。
「冬牙、今日の幼稚園で大人しくしてたか?」
「かずにぃ、おれをなんだと、おもっているんだよ。」
舌足らずな少年の口調は同い年の子どもに比べればかなりしっかりしたもので、一輝は苦笑しながら思っている事を口にする。
「お前な、ちゃんと友達がいるか?」
「………。」
黙り込む冬牙に一輝は溜息を零す。
冬牙の家庭は正直一輝が見てもあまりよくない事は分かっている、彼の両親は彼が生まれる前に離婚し、今は母子家庭だ。
ただ、これだけならば一輝はここまで彼に入り込むことはなかっただろう。
母親は幼い彼をおいて一人、遊びに出て、最悪の場合はそのまま帰って来ない場合が何日間も続く。
こんな幼い子供放っては置けず。一輝は必要以上に冬牙に手を貸すことになった。
ただ、誤算があり、冬牙はこのような環境と一輝が十も上だったことから子供らしくない子供に育ってしまい、幼稚園では爪弾きにあっている。
流石このままじゃいけないと思い、一輝はお節介をやいているのだが、今のところそれがうまくいっている兆候はない。
「冬牙、お前だって本当は分かっているんだろ?」
「……。」
「あと少しでお前は小学校に通うし、それにな、いつまでも俺がお前の傍にいる事は無理なんだからな。」
一輝は今、高校で何とかやっていっているが、これ以上勉強が難しくなったり、大学に行くことになったら今以上に自分の人付き合いを優先する事になるだろう。
だから、彼は今のうちに彼に同世代の友達を作らせようとした。
本当は本人にそのように言うのはかなりのプレシャーだと分かっているのだが、以前こっそりお膳立てをしようとした事もあったのだが、残念ながら冬牙本人にぶち壊されてしまったのだ。
「………どうしたものかな。」
困ったように笑う一輝は小さな冬牙の頭を見つめた。
「………。」
無言で一輝の手を強く握り締める冬牙に一輝は胸が温まる思いがした。
(これが父性本能ってやつなのかもしれねぇな。)
呑気に考え事をしていた一輝は信号が青に変わり横断歩道を渡り始めると、刹那、彼の耳に急ブレーキのかかる音が届く。
一輝は不思議に思い左を見ると大きなトラックが一輝と冬牙のいる方に向かってやって来たのだ。
「――っ!」
一輝は息を呑み、咄嗟の判断で冬牙の手を振り払いそして、彼をトラックの届かないところまでその背中を力強く押した。
冬牙が地面に転ぶ姿を見た一輝は次の瞬間激痛と共にトラックに弾き飛ばされた。
人間は偶に見ているものがスローに見える事があるらしいが、一輝もその状態になっていた。
弾き飛ばされた自分の体は宙を舞い、強烈な痛みを受けながら地面に激突する。
「――っ!」
息が詰まり、意識が一瞬飛ぶがすぐさま強烈な痛みによって意識が回復する。
(……あいつは……)
一輝は視線を彷徨わせ、冬牙を見つめる。
彼は涙をその眼に溜めながら自分を見つめていた。
場違いだが、一輝は口角を上げ笑った。
(無事か……よかった)
一輝は先ほどまで感じていた痛みや寒気などもう感じていなかった。
彼は自分の命がもうない事を悟っていた。
(願わくは……冬牙が…笑っていられるように…、俺が…最期まで笑っていないと…こいつがトラウマにならないようにしないとな)
「……とう…が……ぶじで……よかった……。」
振り絞った言葉が彼に聞こえたかどうかは一輝には分からなかった、それでも、届いていればいいな、と思いながら短い生涯を閉じた。




