タイジ
「なーに人の弟に手を出しているのかしら?」
いつもよりも高いその声に千時は顔を引きつらせる。
「何よ。」
逆ナンしてきた女性たちはどうせ大した相手ではないと思い振り返るが、そこには様々な美女、美少女たちがいた。
「なっ!」
「なんか、不味くない?」
「へ、平気よ。」
絶句する、怖気づく、開き直る、それぞれの反応を見せるが、それでも、彼女たちは自分たちが麗良たちの方が女性として負けている事に本能的に理解していた。
「ふーん、そんな動揺丸出しなのに強がるなんてね。」
「あら、いいじゃない、こういう子嫌いじゃないわよ。」
「好きでもないくせに。」
冷めた表情の麗良に対し、夏子は楽しそうに言うが、それが本音じゃない事を和希は知っていた。
「あら、和希ちゃん、何か言ったかしら?」
「いえ、何にも。」
夏子の矛先が一瞬和希に向けられる。
「……。」
夏子はジッと和希を見て、そして、興味を無くしたように視線を彼女から逸らす。
「まあ、いいわ、この子たちをどう料理しようかしらね。」
舌なめずりをしながら夏子は獲物である小娘たちを見る。
「ひっ――。」
夏子の肉食動物の目つきに三人の中で一番気弱そうな女性が悲鳴を上げた。
「酷いわね、悲鳴なんて上げて。」
「うちらの連れに手えだすんやったら、それ相応の覚悟はあんのよね?」
「覚悟って何よ、そっちの二人はまあ別として、他は全員子どもじゃない。」
「子どもだから何?」
「ん。」
「………なんで、皆こんな好戦的なんだろう。」
腕を組んで一歩踏み出した瑛瑠に続き、桂子、紅葉も前に出る。
和希はそれを見て頭を抱えた。
何で遊びに来ただけと言うのに喧嘩を売っているのだろう。
和希は遠い目をしていると、視界の端でちょいちょいと指でこっちに来るように指示を出す冬牙が映る。
「……?」
何だろうかと、和希はこっそりと彼に近づくと何故か彼のパーカーを頭からかぶせられる。
「ぷは。何するんですか。」
「そのパーカー短い。」
「普通ですよ。」
「俺の方がまだ長いだろう。」
「……別にこれでもいいじゃないですか。」
和希は自分のパーカーと冬牙のパーカーを見て一瞬何か考えるが、断る方向に持って行く。
「今のままだと何がいけないんですか?」
「脚が。」
「脚?」
「………………せ…くねぇ。」
「はい?」
蚊の鳴くような小さな声に聞き取れなかった和希は首を傾げる。
「……。」
「……。」
黙ったきり何も言わない冬牙に和希はどうしたものかと悩む。
一体何なんだろう。
和希はそう思いながら自分の脚を見る。
何か変なところがあるだろうか、普通だろう。
パーカーが短いという事は脚が丸出しなのを気にしているのだろうか、それなら何故自分だけなのだろうか。
ここには和希以外にも脚を丸出しにしている人なんて大勢いるのに。
「話はそれだけですか?私行きますね。」
これ以上話が進むことはないと思った和希は立ち上がろうとするが、その細い手首を大きな手で掴まれる。
「えっ?」
予想していなかった行動に和希はまじまじと冬牙を見つめる。
「冬牙さん?」
「……。」
何を思ったのか冬牙はその細い腕を自分の方に引き寄せた。
「ちょっ!」
まさか引っ張られるとは思ってもみなかった和希は呆気なくバランスを崩した。
逞しい胸板に鼻をぶつけてしまった和希は半泣きになりながら冬牙を見上げる。
「いきなり何をするんですか。」
「……。」
黙りこくる冬牙に和希は彼が一体何を考えているのか全く分からなかった。
「冬牙さん。」
和希は諦めて彼から離れようとするが、冬牙はそれを許そうとしなかった。
「ちょっと、冬牙さん、離してください。」
「……。」
「シカトですか。」
「……。」
「無視は本当にやめてくださいよ。」
「……。」
完全に和希の言葉が聞こえていないのか、彼女を全く話そうとしない冬牙。それを理解したくないけれども、理解させられた和希は遠い目になりながら最後の抵抗のように藻掻く。
「……。」
しかし、何を思ったのか、冬牙はますます彼女を拘束する腕に力を入れる。
「ちょっと、苦しいです、苦しいから放してください。」
「……。」
腕の力は若干抜けるがそれでも放そうとしない冬牙に和希は困り果てる。
「おい、うちの生徒に手を出すなよ、青年。」
呆れたような声が聞こえるが、残念な事に和希は振り返ることが出来なった。
一方、冬牙は自分に声をかけてきた千時に絶対零度の眼差を向ける。
「あのバカな集団はどうしたんだ?」
「お前らを見て逃げて行った。」
「そうか。」
「そうか、じゃないです、いい加減話してください。」
「そうですよ、和希ちゃんを離してください。」
「ん。」
ガシリといつの間にか現れた桂子と紅葉が和希と冬牙を引き離しにかかるが、冬牙は和希を離そうとしない。
「……。」
「本当に何なんですか、この人は…。」
「……あり得ない。」
体力のない桂子は早々に息を乱し、まだ余裕のある紅葉は冬牙を睨む。
「はー、おい、青年それ以上やったら警察呼ぶぞ。」
「……。」
千時の言葉に何を思ったのか、冬牙は渋々と和希を離した。
「よかったな、神崎。」
「はい…。」
何とか救出された和希はホッと息を吐いた。




