掃除を始めましょう
「さて、始めましょうかっ!」
和希は自前のエプロンを着ると張り切って掃除道具を手にする。
「うわ、和希ちゃん可愛い。」
「似合う。」
「あら、本当に使ってくれているのね。」
「……………。」
口々に褒める言葉に和希は一瞬首を捻るが、夏子の言葉でハッとなる。
自宅で遠慮なく使っているので忘れてしまっていたが、和希が今愛用しているこれは普段の和希ならば絶対に選ばないような可愛らしいデザインのそれだった。
因みに未だ本調子じゃない瑛瑠はソファの上で無言で悶えていた。
男性陣+麗良は足りない掃除用品や食料の調達に行っている。
「取り敢えず、今年もいつもと同じで。」
「分かったわ、お風呂とかの水回りを掃除してくるわ。」
「ん、外掃いてくる。」
「お願いね。」
「……。」
夏子は口元に笑みを浮かべたまま後ずさる。
「夏子さん。」
「……。」
和希に声をかけられ夏子は視線を彼女から逸らすが、和希が逃すはずがなかった。
「夏子さんはそうですね…、二階のゲストルームの掃除をお願いいたします。」
「うまくできないわよ。」
「大丈夫ですよ、何日か前に業者の人が整えてくれていますから。」
「だったら別にやる必要はないと思うけど?」
「そうかもしれません、でも、自分たちが使わせてもらっているので少しでも自分でも片付けても罰は当たりませんよね?」
「……本当によく似た親子だ事。」
和希の顔をじっと見ていた夏子は呆れた顔をしながら和希の中に彼女の母の片鱗が見えたのか柔らかいものを滲ませていた。
「ええ、自慢の母ですから。」
「…………本当に………。」
「夏子さん?」
夏子は羨ましそうな顔をしていた。でも、ただの羨望の色だったら和希は気にしなかっただろう。
夏子からにじみ出ているのは違うもののような気がして、和希は何か不安が胸の中に渦を巻く。
「何でもないわ。」
どこか誤魔化すように言う夏子に和希は何か言いたかった。
だけど、今の彼女は夏子の血のつながりのある家族ではない。
ただの親友の娘。
自分の知り合いの様子を見てもらっている女の子。
ただそれだけだった。
踏み込むにはまだ二人の中に距離があった。
和希はそれをもどかしく思いながらも、今は何も踏み出す事はなかった。
「だったら麗良さんたちが戻る前に片付けを終わらせてしまいましょう。」
「はぁ、旦那を連れてくればよかったわ。」
「来られなかったのだから仕方ないでしょう。」
未だグチグチ言う夏子に和希はあきれ果てる。
「その言い方だと普段の家事も旦那さんに任せっきりじゃないんですか?」
「どうでしょうね。」
「……。」
和希はこの笑みを見て確信した。
絶対に夏子は家事をやっていないと。
掃除を頼んだのはいいのだが、彼女は一体どこまで役に立つのだろうか。
流石に破壊魔ではなかったのでよそ様の物を壊す事はないだろう。
精々四角い部屋を丸く掃く程度でゴミが隅に落ちているくらいだろう。
そもそもが業者の人がやってくれているのでよっぽどではない限りは大丈夫だろう。
あくまでも和希の予想の範囲内の話だったが、あまり外れてはいなかった。
「こうしている間も時間は無くなっていきますし、急いでやらないと。」
和希は気合を入れて自分の今回の城である台所を掃除する。
ついでに何がどこにしまってあるか確認をする。
「今日は庭でバーベキューにするつもりだから、買い出し組が戻ってきたら食材を切ればいいだけね。」
和希の頭の中で今回の旅行内の献立を考える。
「ああ、瑛瑠ちゃんの為に軽いものを作らないと、何がいいかな…。」
お昼は空也からもらったご飯でお茶漬けにしていた。
晩御飯もお茶漬けは寂しいだろう。
「卵スープならいけるかな、あっさりした味付けだったら他の皆も食べれるし、スープを作るのはそんなに手間じゃないし。」
和希は頭も口も手も動かしながら自分の仕事をやり終える。
「和希ちゃん、水回りの掃除終わったわ、どこをすればいいかしら?」
「二階の廊下と客室を掃除しているはずの夏子さんの様子も見てくれると嬉しいかな。」
「分かったわ。」
「紅葉ちゃんは結構時間かかりそうよね?」
「ええ、恒例行事の庭の手入れをしているわ。」
「……あれを手入れと言っていいのかな?」
「まあ、業者レベルだしね。」
「いつも思うけど、おじさんたちいつも許してくれるよね。」
「あれは毎年の楽しみだって言っているし、今年は来れないから写真も頼まれているの。」
「そうなんだ。」
和希は今年の荷物の中にカメラの機材が異様に多かったのはその為かと苦笑する。
「勿論、皆との写真も撮るから。」
「楽しみにしているよ、桂子ちゃんの写真の腕前は信用しているから。」
「任せて頂戴。」
「そう言えば、夏子さんから水着の事訊いた?」
「それぞれ二枚の内から選んでもらうと言っていたわ。」
「………まともなのかな…。」
苦虫を嚙み潰したような顔をする和希に桂子はクスクスと笑う。
「大丈夫よ。」
「……何でそう言い切れるの?」
「うーん、夏子さんのお得意様が父の会社関連の会社だしね。」
「……。」
清々しいほどの笑みを浮かべる桂子に和希は顔を引きつらせる。
「まあ、脅す気はなかったんだけど、ちょっとお茶目が出そうだったからくぎを刺しといたしね。」
「そ、そっかー…。」
「それにしても世間って広いようで狭いね。」
「そうだね、最近特にそう思うよ。」
和希は最近知る身近な人たちの繋がりを知って心の底からそう思うようになっていた。
「さて、そろそろ二階に行くね。」
「あっ、先に水かお茶飲んでいかない?」
「そうだね、そうさせてもらおうかな?」
最後に水分補給した時間を思い出し桂子は頷く。
「後で紅葉ちゃんと夏子さんにも持って行かないとね。」
「夏子さんにはあたしが持って行くから。」
「了解、お願いね。」
「任された。」
和希はもってきていたペットボトルのお茶をグラスに入れる。
「ごめんね氷は今作っているところだし麦茶とかも買い出しチームに任せてあるから。」
「しょうがないわよ、人間だから無から有を生み出せるわけじゃないんだから。」
「買い出しチームが戻ったらちゃんと用意するからね。」
「もう、和希ちゃん、他にも人がいるんだから頼ってね。」
「勿論よ。」
和希がそう言うと桂子は肩を竦める。
「何?」
「何でもないわ。」
「そう?」
どうせこれ以上聞いても桂子は何も答えてくれないだろう。
和希は束の間の休憩を三人で取りながら買い出しチームを待ちながら掃除を進めるのだった。




