お手洗い
「……ふぅ。」
お手洗いの洗面所の所で待っていた和希は口元をハンカチで押さえる瑛瑠を心配そうに見つめる。
「瑛瑠ちゃん、大丈夫?」
「うん、少し吐いたらマシになったわ。」
「……。」
「あっ、今日は初めて吐いたからね。」
「あ、う、うん。」
瑛瑠の弁護に和希は何とも言えない顔で頷く。
「流石に車の中で吐くんはやばいから…ね?」
「そうだね…麗良さんの私物なんだよね?」
「そうなんよ、せやから、えらい目に遭うんやないかと胃がキリキリしとったんよ。」
「そっか。」
瑛瑠は口を濯ぐ。
和希はほんの少し血色の良くなった頬を見てホッとする。
「着くまで寝てた方がいいかもしれないわね。」
「うん、そうするつもりや。」
そう言って瑛瑠は小さなあくびをかみ殺す。
「それにしても、夏子さんと麗良さんが同じ会社だと知らなかったね。」
「ほんまに、世間は狭いね。」
「そうだね。」
二人は外に出ると少し離れた場所に見知った男が二人いた。
二人は特に会話することなくただ突っ立っているだけだけど、見目がいい所為でちらちらと知らない女性たちが彼らを見ていた。
「うわ…あの二人目立つなー。」
「そうだね。」
「まあ、くぅも黙っていれば格好ええもんね。」
「黙ってたらって。」
瑛瑠の物言いに和希は苦笑を浮かべる。
「だって、口を開けばくぅは残念男子なんよ?」
「だーれが、残念男子だ。」
「うっぎゃっ!くぅっ!」
話に夢中になっていた瑛瑠は近付いてきていた空也に気づく事が出来なかったので、そのまま彼に頭を掴まれる。
「何すんのよ。」
「お前が人の悪口を言っているのが悪いんだろうがっ!」
「悪口やのうて、事実やん。」
「まだ、言うかっ!」
「いひゃい、いひゃい、ひゃふひひゃん、たふへて。」
「うーん、流石に助けられないよ。」
「ひょふなー。」
「ほら、神崎もそう言っているし、行くぞ。」
ドナドナとまるで売られる子羊のような目をしている瑛瑠に和希は微苦笑でそれを見送る。
「いいのか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
いつの間にか和希の横に立っている冬牙に和希は苦笑しながらそう答える。
「いつもの事ですし、それに瑛瑠ちゃんを本気で泣かすようなことはしないのは分かっていますから。」
「そうか。」
「そうじゃなかったら、手元に冷たいスポーツ飲料を持ってたりしませんからね。」
くすくすと笑う和希に冬牙は何とも言えない顔をしながら和希の頬に手に持っていたそれを押し付ける。
「ひゃっ!」
あまりの冷たさに和希は悲鳴を上げる。
「冬牙さん。」
「……。」
恨めしそうに和希は冬牙を見るが彼は何とも思っていないのか涼しい顔をしてそれを受け止める。
「……。」
「……。」
しばらく見つめ合う二人だったが、見つめ合うばかりで話が進まないと気づいた和希が口を開く。
「冬牙さん、いい加減、それを離してください。」
「受け取ればいいだろう。」
「そんな位置で受け取れると思いますか?」
ずっと冷たいお茶を頬に押し付ける冬牙に和希は半眼になりながら冬牙を見る。
「……。」
冬牙はふむと頷くとそのまま和希の手に冷たかったお茶を渡す。
「ありがとうございます?」
飲み物を買ってくれた事は嬉しかったが、それでも、冬牙の行動の所為でありがたみが半減してしまっていた。
「何故疑問符がついているんだ。」
「……それは冬牙さんの心中で尋ねてください。」
「……。」
和希はそう言うとスタスタと車を停めている方向に向かう。
「あいつはほんとに何を怒っているんだ?」
一応和希の言う通り考えてみた冬牙だったが、彼の口から洩れたのはその言葉だった。
幸いなのか不幸なのか和希はその言葉を耳にすることはなかった。




