幕間・我が子
昔から何かを引き付ける子どもだった。
本人はそれには無自覚だけれども。
それに気づいたのは妻から娘が誘拐されそうになった時だった。
あの時は本当に肝が冷えた。
だから、娘が自分の身を守る為に合気道を習わせるのに否定はしなかった。
だけど、そこでも、娘は一人の子を垂らし込んだ、少し厄介な性格をしているけれども、根はやさしい子で、お陰で今も仲良くしてもらっている。
そこから雪だるまのように色んなタイプの子を友達にしていくけれども、それを捌いていったのはあの三人だった。
あの子はあまり執着をしない質だと思っていた。
誰にでも優しく。
誰にでも平等に接する子。
それは妻と同じだけれども異なる性質をしている。
ふっと、顔を上げると時計が見えた。
きっと、今頃あの子はあの青年と暮らしている家に戻っている最中なのだろう。
あの青年は何処か昔の自分に似ているような気がしてならない。
大切なものを失った迷子のような目をしている。
それを支えられる人がきっと彼の周りに居なかったのか、彼自身がその手を取ろうとしなかったのかは分からない。
もしかしたら、その両方だったのかもしれない。
悲しい青年だった。
でも、彼の目はまだ澄んでいた。
澱んでいない事は奇跡なのだろう。
何が彼を繋ぎ止めているのか分からない。
だけど、その繋ぎ止めているのはきっと蜘蛛の糸のように細く脆いものだろう。
誰かが振り払えば切れてしまうようなそんな糸のような気がする。
危うい。
とても危うい。
彼自身は他人を拒絶する事でその糸を守ってきた。
人を引き寄せる我が子。
人を拒絶する青年。
その巡り合わせは偶然ではきっとないだろう。
あの人がきっかけで、自分たちはそれを選んだ。
あの青年が和希を通してどう変わっていくのか分からない。
少し怖いと思う。
あの子は何度も言うけれども人を引き寄せる子だ。
そして、あの青年は人を拒絶する人だ、それはきっと一度懐に入れれば大切にしまい込んでしまうかもしれない。
強い強い独占欲が生まれるだろう。
人を余計に嫌うようになるかもしれない。
それは全てあの子の手にかかっている。
自分たちもどうにかして手助けができればいいのだけれども、それもきっと難しいような気がする。
昨日の自分の言葉がどこまで彼の心に響いてくれただろう。
あの青年がせめて和希にのみ依存しなければいい。
彼女を閉じ込めなければいい。
……………………。
ああ、一瞬娘が閉じ込められる想像をしてしまったのに、何故か、あの三人の娘たちがこじ開けるような光景が見えてしまった。
ああ、うん、そうだな、あの子にはあの友人たちがいるな。
最悪の事態は娘が閉じ込められることではないな。
閉じ込められたのなら第三者が黙っていないだろう。
そうなると、誰の手も届かない「死」それだけが一番の懸念材料だろう。
娘の「死」。
それはきっと起こってはいけない最悪の事態だろう。
老衰ならば問題ない、次点で事故死だ。
最悪の事態だと他殺。
確実に壊れる人間が現れる、それはあの三人の娘たちもそうだし、あの青年もそうだろう。
特にあの青年は危うい。
今、娘が他者に傷つけられたらきっと、取り返しのつかない事態に陥るだろう。
どうか、どうか、姉さん、母さん、父さん。
大切な大切な娘を守ってくれ。
あの子はおれたちにとっての宝物であり、色んな人の光なんだ。
俺は高い、高い青空を仰ぐと、亡くなったおぼろげに微笑む三人の姿が見えた気がした。




