穏やかな時間
夕食を食べ終え、人心地着いた後、和希たちはそれぞれ思い思いの行動をしていた。
和希と夏希は食器を洗いながら会話を楽しみ。
冬牙は書斎から持ってきた本を読みふけっていた。
「かずちゃんはこの夏どうするつもりなの?」
「たまに家に帰って来るけど、ほとんど向こうで過ごすと思う。」
「そうなのね。」
少し寂しそうな顔をする夏希に和希は少し申し訳なく思う。
「うん、ごめんね。」
「仕方ないわ、分かっていた事だけどね。」
微苦笑を浮かべる夏希に和希は出来るだけ家に帰ってこようと心に刻む。
「明日はどうするつもしなの?」
「来週皆で海に行くから荷造りをしようと思っているかな。」
「楽しんでいらっしゃいね。」
「うん。」
「南部さんには今度お礼を言いに行かないとね。」
「私からもちゃんと言っておくから。」
「日焼け止めクリームとか買ったの?」
「あっ。」
「もう、ちゃんを買わないと駄目よ。」
「分かっている、何年か前に酷い目に遭ったからね。」
和希はあの時の痛みを思いだし顔を顰める。
「そう言えば…。」
何かを思い出したのか、夏希は機嫌よさそうに笑い出し、丁度食器を洗い終えたので手を拭きリビングの雑誌などを置いてある一角に行く。
そして、一冊の本を取り出す。
「……。」
和希は何となく嫌な予感がした。
「この前頂いたのよ。」
「だ、誰から?」
「誰だと思う?」
夏希は名前をあえて出さないけれども、和希は彼女の持っているものがちらりと見えてしまい悲鳴を上げてしまった。
「な、何でお母さんが持っているのっ!」
突然の和希の悲鳴に冬牙は何事かと顔をゆったりと上げるが、和希は目の前のそれに気を取られていたのでその事に気づいていない。
「もらったからに決まっているじゃない。」
「それまだ未完成だからって…。」
「ええ、そうね。」
「何でお母さんが持っているのっ!」
「お母さんだけじゃないわよ。」
「へ?」
夏子の言葉に和希は嫌な予感がして顔を引きつらせる。
「東雲さんの所も、西さんの所も、南部さんの所も頂いているわよ。」
「なっ!」
予想外の出来事に和希は顔を引きつらせて固まる事しか出来ない。
「う、そでしょ。」
「本当よ。」
「……………なんて事を…。」
和希はとうとう頭を抱えてしゃがみ込む。
「あら、今更じゃない。」
「不特定多数の人に見られるのと身内に見られるのとは全然違うの…。」
「あらら。」
「しかも、それって夏子さんの会社でしか使わないと聞いていたのに。」
「ええ、だから、全部で数十冊と聞いているわ。」
「……お母さん絶対に他の人に見せないでね。」
「……。」
和希の言葉に夏希はそっと目を逸らす。
「その反応もしかして誰かに見せたのっ!」
「身内だけよ、身内。」
「どこの範囲よっ!」
「お父さんとお母さんたちよ。」
「おじいちゃんとおばあちゃんにってどうやって!?」
ここらへんに住んでいないはずの祖父母の名前があがり、和希はぎょっとなる。
「ついこの間家に来たのよ、その時にね。」
「やめて、本当にやめて。」
「皆綺麗だ、綺麗だと褒めていたわよ?」
「お世辞だからっ!」
「そんな事ないわよ、本当に綺麗よ。」
「うー…絶対に他の人に見せちゃだめだからね。」
「……気を付けとくわ。」
「気を付けとくじゃなくて約束してよっ!」
「いいじゃない、減るものじゃないし。」
「減るから、私の何かが確実に減るからっ!」
「残念ね。」
頬に手を当て、困ったように小首を傾げる。
「お願いだから、止めてよね。」
決して頷かない夏希に和希は何とかして頷かせようと口を開くが――。
「ただいま。」
低い声に邪魔をされてしまったのだった。




