だましだまし
ねぇ、知っている?
人はね匂いで相性が分かるそうよ。
いい匂いだと感じると、その人に惹かれるんだって。
昔姉が言っていた言葉が和希の脳裏にガンガンと永遠ループする。
「……。」
和希は頭を振って雑念を振り払おうとするが、残念ながらしっかりと張り付いてしまっているので、離れてくれない。
「……。」
和希は壁にもたれかかり、ずるずると床に座り込む。
「あり得ない…。」
火照っている顔に和希は手を当てて唸り声を上げる。
「絶対にありえないんだから…。」
何でここまで自分が動揺しているのか理解できていない和希は何度も同じ言葉を吐きだし、力づくで自分を落ち着かせる。
「よしっ!」
和希は自分の頬を叩き気合を入れなおす。
「さっさと窓を開けて、お母さんの手伝いをするっ!」
無理やり意識を別の物に持って行き、和希は今の問題を隠そうとする。
和希は自分のやるべき事を決めると気合の一発と言うようにパンと音を立てて自分の頬を叩く。
手始めに近くの窓を開けると、ふわりと涼しい風が彼女の頬を撫でる。
「ん…。」
心地よい風に和希は目を細める。
「かずちゃん、ちょっといい?」
「もうすぐしたら降りるからっ!」
下から母の声がして、和希は大きな声を出した。
「思ったよりボーっとしすぎたみたい。」
和希は急いで窓を開けて行き、そのまま母親がいると思われる台所に向かった。
「お母さん。何?」
「ああ、かずちゃん、さっき隣のおばさんがスイカを持ってきてくれたのよ。」
「へー。」
和希は母が指さす方に首を巡らせると、そこにはかなり大きめのスイカがそこにあった。
「うわ…大きい。」
「でしょ、家だと食べきれないから半分に切るから明日持って帰ってくれるかしら。」
「いいの?」
「ええ、はっきり言って、半分だって多いもの。」
「分かった。明日持って帰るね。」
「お願いね、あっ、スイカの四分の一は冷蔵庫に冷やしといて、今日の夕飯のデザートにしようと思うの。」
「分かった。」
和希は包丁を取り出し、慣れた手つきでスイカを切っていく。
「お母さん、四分の一に切ったけど、さらにカットしておく?」
「それは後ででいいわ、あの人今日残業かどうかも分からないみたいだから。」
「はーい。」
和希はスイカを切り終えると冷蔵庫に仕舞う。
「他に手伝う事ある?」
「そうね、ああ、そろそろ洗濯物を入れてくれる。」
「りょうかーい。」
和希は包丁を洗い終えると、手を拭いてから二階のベランダに向かう。
「おい。」
「……。」
冬牙に呼び止められた和希は何とも言えない顔で彼を見る。
「何だ、その顔は。」
「別に何でもありません、どうしましたか?」
「……………何か手伝えることはないか?」
「……。」
珍しい冬牙の申し出に和希は目を見開く。
「どうしたんですか?熱中症ですか?」
「……お前は俺を何だと思っているんだ?」
「えっ?冬牙さんとしか思ってませんけど?」
「……。」
キョトンと首を傾げる和希を見て、冬牙は眉間にしわを寄せる。
「一人ぼんやりなんて出来ないだろう。」
「あー。」
和希は納得はするが、それでも、冬牙に何かをしてもらうのは何となく申し訳なく思うのだった。
「そうだ、父の書斎に案内しますね。」
「……俺に手伝えることはないのか。」
「だって、冬牙さんはお客様ですから大人しくもてなされてください。」
「そう言う割に放っておかれたけどな。」
「……。」
「分かった、どうせ、何もさせたくないのなら大人しく読書でもしておく。」
「こっちです。」
和希は冬牙に父親の書斎まで案内する。
「凄い蔵書の数だな…それに、これ…もうどこを探してもなかったぞ。」
父親の本はかなり専門的なものが多く和希にしたらあまり手を出さないものだったが、冬牙は違ったのか、真剣に本を読みだす。
和希は苦笑を一つ漏らし、冷房を付けてから部屋を出た。




