久しぶりの我が家
「ただいま。」
和希は自分の家の玄関に立ち、懐かしさが彼女の中で広がる。
ほんの少し自分の家から離れていただけなのにもう何年も帰ってきていない気がしてしまった。
「お帰りなさい。」
いつもは家の中から聞こえる優しい声が後ろから聞こえる。
一緒に出掛けたので当たり前のはずだけれども、それでも、和希は少しの違和感に苦笑する。
「かずちゃん、手を洗ったら二階の窓を開けてきてくれる?」
「はーい。」
和希はさっさとサンダルを脱ぎ、洗面所に向かおうとして立ち止まる。
「冬牙さん、洗面所に案内しますね。」
和希はくるりと体を返し、冬牙を見れば、彼はほんの少し戸惑ったような顔をして玄関に突っ立っていた。
「冬牙さん?」
「……お邪魔します。」
まるで借りてきた猫のように大人しい彼に和希は首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「……お前の匂いがすると思ってな。」
「えっ?」
和希は思わず腕を上げ、自分の臭いをかぐ。
汗の臭いがして和希は顔を顰める。
「すみません、汗臭かったですよね。」
「……。」
和希の言葉に冬牙は分からないのか眉根を寄せた。
「えっ、私の臭いが汗臭いからじゃ?」
「違う、この家からお前の匂いがするなと思ってな。」
「えっ?」
和希はくんと自分の家の臭いを嗅ぐが、冬牙の言っている意味が分からなかったのか、首を傾げるが、ふっとある記憶が思い当たる。
「ああ、確かに他の家に行けばその家の匂いがしますね。」
和希の脳裏にはそれぞれの友人たちの顔が思い浮かぶ。
紅葉の家は畳の匂いや線香の匂い。
瑛瑠の臭いはフローラルの匂いが。
桂子の家は柑橘系の匂い。
それぞれどの家も彼女たちらしい匂いだったと和希はひとり納得する。
「臭いですか?」
「いや、いい匂いだ、俺は好きだな。」
「……。」
真顔でまっすぐに見つめられ、和希は何となく気恥ずかしくなり、顔を背ける。
絶対に顔が赤くなっている自信がある和希は少しでも顔の熱を払おうと顔に向かって手で風を送る。
「ふふふ、本当に二人は仲良しなのね。」
夏希の声に和希はハッとなり、ここにまだ自分の母が居た事を思い出す。
「あっ、なっ、うっ。」
「かずちゃん、顔真っ赤ね。」
「暑かったから。」
「ふふふ、そうゆう事にしてあげるわ。」
何でもお見通しというような顔をしている夏希に和希は居たたまれなくなり、冬牙を放置して洗面所に駆け出した。
「あらあら。」
「……。」
後ろから突き刺さる視線に和希は気づいていたが、それ以上にこの場に居たくない和希はそれらの視線を振り払うしかなかった。
そして、洗面所にたどり着いた彼女はバシャバシャと音を立てて顔を洗う。
水を滴らしながら顔を上げると、鏡にはいまだに顔を真っ赤にさせた自分の顔がそこにあった。
「……あり得ない。」
まさかここまで自分が動揺するなんて思っていなかった和希はずるずるとその場にしゃがみ込む。
そんな和希の視界にふわりとした白いものが映る。
「あっ、タオル、ありが――。」
てっきり母親だと思った和希はタオルを受け取り、顔を上げると、そこには冬牙がいた。
「えっ?」
「……。」
「……………。」
「………………。」
「…………………………にゃああああああああああああああああっ!」
まだ心の準備が整っていなかったのにもかかわらず至近距離で冬牙の顔を見てしまった和希は勢いよく下がり壁に頭を打ち付けてしまう。
かなり痛そうな音がその場に響く。
「大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫ですからっ!」
そう言うと和希はタオルを冬牙に押し付けるようにして返す。
「わ、私二階の窓を開けてこないとっ!」
そう言って和希は二階に駆け込んだ。




