ブレイクタイム
人のざわめきを聞きながら、和希は恨みがましそうにいつもより表情の明るい冬牙を睨んでいた。
「何だ?」
「………なんでもありません。」
和希の視線に気づいた冬牙は怪訝な顔をして尋ねるが、和希はブスッとした顔でそう答える。
「……まだ何か足りないのか?」
「…………。」
冬牙の言葉に和希の口角がヒクリと上がる。
「足りない訳ないじゃないですがっ!むしろ多すぎですっ!」
「そうか?」
「……。」
本気で言っているのかと、和希は冬牙を睨む。
「……。」
そして、和希は気づく。
冬牙は本気で言っていた。
「……マジか…。」
和希は頭を抱え、冬牙の感覚のズレに恐れおののいてしまう。
「………もういいです、後でレシート下さい、今すぐにはお支払いは無理ですけど、ちゃんと耳をそろえて返します。」
「はあ?」
和希の言葉を聞いた瞬間、どことなく楽しげだった冬牙の表情が一変し、冷たいものへと変化する。
「……はあ?って何ですが、当たり前ですよ、それらは私が着る服なんですよね?」
「ああ。当たり前だろう、俺が着る訳ないだろう。」
「ですよね。」
そう呟きながらも和希は一瞬、サイズさえ合えば綺麗な顔立ちをしている冬牙なら十分に美女が出来上がるのではないかと思ってしまった。
しかし、今そんな事を言えば話がややこしくなるので、和希はその言葉をぐっと飲みこんで違う言葉を紡ぐ。
「だったら、冬牙さんがお支払いをする理由はありませんよね?」
「……。」
「私の服なのだから、私が支払う、それが普通です。」
「……。」
「ほら、さっさとレシートを渡してください。」
「……。」
冬牙は口をへの字にして、和希から顔を背ける。
「何なんですか、子どものように拗ねないで下さい。」
「……。」
冬牙はストローに口をつけ、冷たいコーヒーを飲む。
「……もういいです。」
和希は携帯を取り出し、自分が買ってもらった服を検索し始める。
「何をしているんだ。」
「何って、今日買ってもらって服の大体の値段を調べています。」
「……お前は何で大人しく奢られないんだ。」
「理由がないからです。」
「理由ならあるだろう。」
冬牙の言葉に和希はしばらく考えてみるが、思い当たるものは一つもなかった。
「ないですね。」
きっぱりと言い放つ和希に冬牙は唖然とした表情をする。
和希はそれを珍しいと思いながら、自分用のアイスティーを飲む。
「……家の事をしてくれている。」
「それは夏子さんに頼まれたからですね。」
「……俺の体の事を気にかけてくれている。」
「それも、夏子さんから頼まれたことです。」
「……お前はあの人に言われて俺の世話をしていると言いたいのか?」
和希は目を見開き、数度瞬く。
「何を今更言っているんですか?」
「……。」
「私は夏子さんにお願いされて、貴方の面倒を見る事を引き受けました。
……もしかして、忘れてます?」
「いや…覚えているが。」
「契約期間とかは設けていませんけど、最初よりは改善されていますけど、はっきり言ってまだまだ栄養も足りてませんし、貴方自身が自発的に何かをしようとしていないので、私としてはまだ任務を全うしたとは思えませんね」
「……。」
「…………あー、もしかして、常日頃のお礼のつもりでした?
でしたら、余計受け取る気はありません。
私は仕事でやっていますので、貴方から金品を受け取る訳にはいきません。」
「あの人から対価はもらっているのか?」
「別にもらっていませんけど、それでも、仕事は仕事です。」
「……。」
「私はお礼を受けたくて、貴方の身の回りのお世話をしていません。
私が貴方の世話をしたいからしているだけ、私のエゴなので、受け取る気はありません。」
「…だったら、これを贈りたいのは俺のエゴだ。」
「……。」
「どうしたら、受け取ってくれる。」
「……そうですね…。」
和希は冬牙の目を見て、確実に彼が引く気がない事を悟る。
かといって、自分も引くわけにはいかないので、周りを見渡し、ふと、大きなぬいぐるみを持ったカップルが目に入る。
「……だったら、こうしませんか?」
和希は冬牙に提案するのだった。




