空の話
放課後
誰もいない学校の屋上
ザァっと音を立てて流れてゆく風と
それに煽られてゆれる木々
街一番の高台にある学校の
その一番上
街の中で空に一番近い場所
田舎でも都会でもない自分の街が
ぐるりと一望できる場所
「杉原! やっぱりここか」
屋上よりも更に高い場所
屋上へ登って来る階段の屋根の上
そこに寝転んで
空を見るのが好き
それを知っているのは
今私を呼ぶ声だけ
呆れたように溜息を付きながら
はしごを上ってきたクラスメイト
「お前…よくスカートで高いところ登るよな……」
「誰もいないからいーじゃーん」
「探す方の身にもなれ…担任が呼んでたぞ。お前今日までの
提出書類出してないだろ?」
「んー? 出してないかも」
「かも、じゃなくて……」
はぁ、と溜息をまたひとつ
でも無理に起こさないで私の隣に座る
クラス委員でもないのに
頼まれると断れない性格の彼は
私を探す名人として
先生方に覚えられているらしい
木の上 屋上 中庭 空き教室
私はどこででも眠っているから……
「クーちゃんは、何で私を探せるのかねー?」
「クーちゃん言うな! 今日は風が気持ち良いから屋上だと思っ
たんだよ」
「風かぁ……思考回路似てる?」
「一緒にされたくない……」
空矢と言う苗字の彼は
愛称クーちゃん
勝手に私が呼んでいるのだけど
他の人は名前の『陸』と言う方を呼ぶ
クーちゃんって呼ぶと怒るけど
無視する事は今まで一度もなかった
怒った後にすぐいつもどおりに戻って
笑いながら話をする
「お前ってさ、ほんと風景好きだよな」
「なんで?」
「お前が寝てる場所って、必ず良い風景の場所だからな」
「んじゃクーちゃんはそれを基準に私を探すわけかー」
「まぁな」
「やっぱり思考回路似てるんじゃん」
「うぅーん、素直にそうだなって言えないなぁー……」
「なんでよー」
ゴロゴロと転がりながらする会話
私の顔は終始にやけている
だってさ
良い風景だって言ってくれたんだ
私と同じ物を見て
同じように感じてくれたんだ
それだけの事がこんなに嬉しいのは
相手がクーちゃんだから
「風景だけじゃないんだよ? 私の好きなもの」
「ん? 寝るのが好きとか?」
「それも好き。でも他にも好きなものあるんだよ」
「……? 雲とか?」
「ちかーい! 雲が浮かんでるところだよ」
「空か。あー、まぁ屋上はなんにも遮られないからなー」
「うん。線も入らないし、狭くもない」
「綺麗だよな。真っ青で」
「うん! でも私はどんな空でも好きなんだ」
「曇りでも?」
「うん」
「雨でも?」
「うん」
空は一度たりとも同じ瞬間がない
雲の形も風の向きも
雨の落ち方も
雷の走り方も
青の濃さも
その広がり方も
瞬間ごとに顔を変える空
それが私は大好きだった
「クーちゃんて空っぽいよね」
「すいません、意味がわかりません」
「名前じゃないよ? イメージが空っぽい」
「いやだから、意味わかんねーって」
これだけの会話で
彼は何回表情を変えただろう
呆れた顔 困った顔 諦めた顔
風に目を細めた気持ちの良さそうな顔
笑った顔 嫌そうな顔 いつもの顔
風景を眺めて見せた微かに笑った顔
不思議そうな顔 悩んだ顔 はっとした顔
意味がわからないと言いながら苦笑する顔
「空って瞬間ごとに表情が違うでしょ? クーちゃんも一緒」
「俺が一人百面相だと言いたいのか?」
「そうかも」
「そうなのか!」
「でも私、空好きだよ」
「そりゃさっきも聞いたよ」
「うん。でも意味が違うんだな。今回の『空が好き』は」
「はぁ?」
「好きだよ」
それだけを言うと
クーちゃんはしばらく考えて
言葉の意味に思い当たったのか
悩んだ顔を驚いた顔にして
俯いてた頭をばっとあげて
私の方をちょっと間抜けな表情で見た
ニコニコとそれを見つめていた私と目が合って
クーちゃんは
「クーちゃん、顔真っ赤だよ?」
「え、や、あの……えぇ?!」
「あはははは。一人百面相おもしろーい」
「な、なんだよ!」
真っ赤な顔してうろたえて
驚いて 怒って 恥ずかしそうに
そんなクーちゃんを見て私は笑う
いつもと同じように私は笑う
立ち上がってスカートの埃をはらって
笑われてふてくされるクーちゃんを置き去りに
屋上に降り立って上を見る
大好きな空の中に居る 大好きな空
「クーちゃん」
「……なんだよ」
「冗談じゃないからね? 私が空の事好きなの」
「ちょっ……杉原!」
待てよ
慌てて追いかけてくるクーちゃんを
振り向かないで私は歩く
階段を下がって空の見えない場所に
走って来るクーちゃんには
すぐに追いつかれるだろうけど
追いつかれた時にはこう呼ぶつもりでいる
ソラ と