二
妙に安い家賃だなとは思っていた。相場に比べたらまさに破格だ。よもや訳有りだったとは……。
いや、だがまだ現時点においては、これは決め付けにすぎないだろう。つまり、手の込んだイタズラという可能性が残っている。
俺は悩んだ挙げ句に、もう一度部屋の畳をはがしてみることにした。とりあえずは、一枚だけだ。あのぶかぶかとしていたやつだ。
この事態に不釣り合いなほどに達筆な文字のつづられていた紙。そして、それが置かれていた場所と、何かを埋めるという行為をつなぎ合わせて考えてみれば、そこにはやはり何か強い秘匿性のようなものが感じられるし、それならば紙の置かれていた場所から考えてみても床下こそが……。と、そう思うに至ったからだ。
不愉快な気持ちに心を満たされながらも、再び畳を持ち上げてみると、腕に伝わる感触が心なしか先程よりも重たいように思えた。
正直なところを言えば、こんなことに労力を費やすなど、はなはだ不本意だった。なんら生産性を感じないし、全てどうでもよいこととすら思えてくる。だがこの時の俺は、ある程度の区切りがつくまでは作業を続けてみようと考えていたのも確かだった。
再び畳をめくってみると、いまさらながらに問題のあることに気が付いた。下にしかれた板は、一枚畳をはがしただけでは、取り外すことができなかったのだ。どうやら、となり合うもうニ枚の畳もはがさなければならない。はっきり言うと面倒極まる作業なのだが、ここまでくると捨て置く気にはなれなかった。俺は隣り合う畳を一枚ずつ持ち上げていった。はがした畳は横向きに重ねて壁に立てかけておく。
むき出しになった床板をまじまじと見てみると、板は釘で打ちつけてあるようだった。どれか一枚がはずれるのではないかと考えた。
まずは真ん中にある一枚の板に力を入れて引っ張ってみる。ぐいぐいとゆすってみたものの、びくともしなかった。気を取り直して、左どなりの板を上に引っ張ってみた。だがこちらも、同様にびくともしない。今度は向かって右側の板だ。勇んで板をつかんでみたのだが、こちらについても全く動かないという結果に終わった。
あきらめのつかない俺は、さらにということで、表にむき出しになっている他の板も試してみたのだが、どれもだめだった。俺は畳を元に戻すことにした。
初めの一手が全くの徒労に終わった。よろよろと畳の上に腰を落として、あぐらをかく。恐ろしく疲れていた。身体よりも、むしろ心のほうがだ。
なんとも言えない気分を引きずったまま、弾んだ息をととのえ、頭の後ろに手をあてながら、定まらない視線を天井の木目に向けていた。別に木目が人の顔に見えてきたというわけではなかったのだが、先ほどから心の片すみに引っかかっていた疑念が形になり始めたのはその時だった。
やはり、別の場所なんじゃないのか?
メーセージの置かれたところにそのまま目的の物が隠されてるというのは、考えてみれば素直すぎる。部屋の中も、そして外も辺りは静まり返っている。テレビはつけておくかと、ちらと思ったが、どうもそんな状況ではないような気もしてきた。
そのまま畳の上に座り込んで、しばらく漠然と思案していたところで、俺の頭の中には、ある考えが急速に形を成していった。実家の押し入れの天井には、たしか穴が開いていた。穴は板でふさがれていたが、簡単にどかすことができたはずだ。
俺はおもむろに立ち上がっていた。棚にほうり込んでおいたはずの懐中電灯を探した。すぐに見つかり、俺は懐中電灯を手に取った。スイッチを押してみたところ、弱々しいながらも光がともされる。俺はそのまま押し入れの前まで歩み寄っていった。そしてふすまを開き、見上げるようにして押し入れの天井を照らしてみる。やはり思った通りのものがあった。
暗がりの左すみに四十センチメートル四方ほどの四角い切り口が開いていた。その上に板らしきものが置かれているように見える。俺は柄にもなく何度か深呼吸をした。心を落ち着かせて押し入れの上段に登ると、緩慢な動作ながらも、天井の四角い穴の上に乗った板らしきものに手を伸ばす。左手に懐中電灯を持ちながら、板らしきものに右手の指先を当てた。ゆっくり力を加えてみた。わずかだが動いた。これはやはり板が乗っているのだと確信をする。俺は態勢をそのままにして、少しずつ板を横に滑らせていった。天井裏にしかれた板の向こうから、黒い闇が姿を現してきた。
だが、そこで突然、俺は妙な感覚に襲われた。板を素早く元に戻し、押し入れの上段から飛び降りてピシャリとふすまを閉める。
なんだ、あれは?
俺は部屋の入口近くに置いた冷蔵庫までいき、扉を開いて中からりんごジュースを取り出した。部屋の真ん中に組立式の小さなテーブルを黙って設置すると、グラスを一つ持ってきて座り込んだ。テーブルに置いたグラスにりんごジュースを注ぎ、のどの中へ流し込んだ。
あの暗闇に誰か居たぞ!
だが、それは実在する人間とは何かが根本的に違う感覚だった。