一
俺は今、日誌めいたものを書いている。せっかくの機会と思い、ここに公表することにした。読者の皆さんにも、俺が体験していることのなにがしかを共有していただければありがたい。
なお、個人的に世間に表すべきではないと判断した事柄については、とりあえず伏せ字にしてある。また、日付けに関しては一部を除いて省略し、内容も必要部分だけにしぼってまとめておいた。
まったく唐突ではあるが……。それでは、始めたいと思う。
俺がこの部屋に引っ越してきたのは、ちょうど一ヶ月前のことだった。ボロいアパートの一室ではあったのだが、家賃は破格の安さだった。
正直なところ、当初は、部屋の醸し出しているそこはかとないわびしさに戸惑っていた。
まるで懐古的風情を狙った、映画のワンシーンのような部屋の造りで、時を何十年と遡りノスタルジーに包まれてしまうかのような感覚がした。
だが……。
問題はそんなことではなかったのだ。
今から少し前のことだ。
この部屋の中で飯を食っていたところ、尻の下にしかれてある畳が、わずかにぶかぶかとしていることに気が付いた。
本当にわずかな差だったのだが、畳の収まり具合が、微妙にゆるくなっている感じだった。念のため、部屋にある別の畳を上から押して調べてみたが、他の畳にはなんら異常がなかった。違和感があった畳は、その一枚だけだ。
俺は特に神経質な性格というわけではない。だが、少ないながらも実際家賃を支払っているわけであるし、なによりこの部屋を自分の住居として生活しているからには、そのまま見過ごしにもできなかった。急ぎ食事を終わらせた俺は、ひとまず部屋を片付けて、畳をめくってみることにした。
いざ畳をはがしてみると、その下は板敷きになっていた。木目もあらわに、いく枚もの細長い板が、すき間なく床にしかれている。そして、ここが重要な点なのだが、その板の上には一枚の紙切れが無造作に置かれていた。どういった経緯なのかはわからなかったが、畳の下に紙片がはさみ込まれていたのだ。ぱっとした見た目では、丁寧にしまい込まれているという感じではなく、ごくおおざっぱに置かれているという印象だった。
そして当然、と言って良いのかどうかはわからないが、俺はその紙を元にあった場所から取り上げていた。後になって考えてみても、その時には、それ以外の選択肢は無かったように思う。折りたたまれている紙を指先でつまんでみたところ、なんら問題無く取り上げることができた。
奇妙な紙切れをを入取した俺は、いったん畳を元に戻した。そして、窓の横にある壁まで歩み寄っていき、壁に背中を預け腰を下ろした。
俺は二つに折りたたまれているその紙を、その態勢で開いてみることにした。紙の片側の端には破られた跡があったことから、これはノートか何かから切り取られたものなのだろう。また、畳の下にしまい込まれていた物ではあったが、真っさらとはいわないまでも変色や染みなどといった劣化はたいして目立たない状態だった。
すぐとなりには、飯を食っている時からつけっぱなしにしてあるテレビがあったのだが、その中ではバラエティータレントがせわしのないおしゃべりを続けていた。同様に客席のほうからはお約束の笑い声がたち上がっていた。だが、紙の内容を読み始めた俺には、何かどれもこれも別世界の光景のように思えた。
気づくと俺は、全く身動きもしないままに、一枚の紙切れの上に繰り返し繰り返し視線を走らせていたのだった。
しばらくそうしているうちに、ふいに俺はのろのろと立ち上がってテレビのスイッチを消していた。そして、再び壁ぎわに座り込んだ。
俺は、頭の中がまるで漂白されでもしたかのようになってしまっていた。日記のようなその書かれている内容と、その紙が畳の下に置かれていたという事実をすり合わせて考えてみるならば、この部屋で何かが起こったのだと想像せざるをえなかった。体の中を流れる血が冷たくなっていくような感覚がした。しかし俺は、いや待てよと自分自身に問いかけてもいた。
それはあくまで、俺個人の想像の範疇の話であって、現実のものとして扱うには、とてもじゃないが根拠が薄すぎるんじゃないのか?
俺はとめどない疑念の中に入り込んでいたが、いくらか時間が経った後に、のっそりと体を起こして立ち上がっていた。とりあえず、部屋にある柱を調べてみようと考えたのだった。もしそこに、何らかの痕跡めいたものが残っているとすれば、俺の想像は悪い意味で真実に近づくということになる。
俺は若干薄暗い部屋の中でじっと目を凝らし、部屋の入口近くにある一本の柱の表面を調べてみた。そしてその作業が目的を達成するのは、さほど難しいことではなかった。結論を言う。あった。何か紙のようなものが剥がされた跡が残っていた。
今までは意識をしていなかったために、全く気付くことがなかった。その跡は薄茶色くすすけていたが、もともと白い色をしていた可能性は否定できない。痕跡の形状や大きさから考えてみても、シールだとかステッカーの類いとも思えなかった。大きな短冊を縦に糊付けしていたかのような、この跡。だいいち、普通の日常生活において他に何を柱に貼るというのか……。お札以外にはありえないように思われた。
さらに部屋のすみずみにある柱のそれぞれを注意深く観察してみたところ、室内にある柱の各所に同じような跡が残っているのが見つかった。柱の色にほぼ同化しているため気づかなかったが、すみずみに、しかも至る所に尋常ではない数の痕跡が残っている。
……もはや、間違いないのではないか? 俺の嫌な予感が、これで一つ現実になったような気がした。きっとこの部屋で何かがあったんだと思われた。
これはあくまで俺個人の問題にすぎない。読む人達には何ら関係の無いことだろう。だが、気になるだろうから俺が畳の下から拾い上げた紙の内容については、そのまま以下に記しておく。
×月十三日
どうにかしのいでいるといったところだ
解決方法はいまだ全くわからない現状
Wはまだ生きているのだろうか?
×月十四日
寝ている間にあいつが来た様子だ
恐ろしい
お札が効いたのかもしれない
×月十五日
来た
中を覗き込んで様子をうかがっていたようだ
あきらめるなよ
まだなんとかなるはずだ……
×月十六日
ああWが死んだ
もう俺一人きりになった!
×月十七日
お札が全てむしり取られていた
新しく貼り替えておく
×月十八日
最悪の一日だった
だがまだ生きている
こうしていると恐怖に押し潰されそうだ
今も手が震えて、
×月十九日
わかった! ついにわかった!
生きられる! 生きていけるのだ!
×月二十三日
終わりを迎えた
全て片付いた
×月二十四日
壺は埋めることにする
×月二十五日
(以降 空白)