表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

2話「片想い」

自宅から学校まではそう遠くない。徒歩で約ニ十分。遅刻しそうなときならまだしも、そうでないなら自転車に乗るほどの距離でもない。たしかに自転車のほうが移動時間を短縮できて体力的にも楽だろう。しかし、突然のパンクやチェーンの破損、鍵の紛失、盗難被害、等。過去に何度か遭遇した自転車に関する災難から、真夏は徒歩通学を選んだ。もとより自転車に乗らなければそれらの悲劇は起こらない。


部活動に所属しているわけでもない真夏が、朝の早いうちから家を出るのにはいくつか理由があった。ひとつは、遅い時間に登校すると人が多い。人混みが苦手なわけではないが、まだ脳が覚醒しきっていない朝に、賑やかな空気は少しばかり疎ましい。もうひとつは、誰もいない朝の教室の空気が好きだからだ。とはいえ、真夏と同じクラスである志村蒼も登校時間が早いため、どちらが一番乗りかはその日によってまちまちである。なので、教室で一人きりになる時間というのはなかなかない。それ自体は別にいい。あとは単純に、その蒼と静かに話す時間がとれることくらいだろうか。


理由といってもその程度。絶対にその時間帯に登校したい理由というのはない。そもそも朝に強いわけでもない。むしろ寝つきが悪ければ寝起きも悪く、早寝早起きは苦手分野だ。だがそれは、起きるべき時間にすっきり起きることができず、いつまでも眠気が尾を引いている感覚が苦手なだけで、起きられないわけではなかった。ともかくアラームの音で起きられたのだから、仕方なく準備をする。準備が済んだなら、自宅にとどまる理由もないので出発する。遅いよりは早いほうがいい。それだけのことだ。それに五月に入って少しずつ夏へ近づくこれからの時期は、早いうちに出発したほうが涼しくていい。


いい加減に通い慣れた通学路を、大きなあくびをしながら歩いていく。真夏は人見知りをする性格だが、数人程度の友と、多くの顔見知りがいる。顔見知り――というのは過去に仲の良かった、今は別段そうでもない相手や、会話はするが遊びはしないような広く浅い、知り合い程度の仲のことである。その知り合いとも話をするのも、また楽しい。それに中学のころから現在でも真夏がつるんでいるグループは非常に居心地がいいのだ。なので勉強は苦手だが、学校自体は嫌いではなかった。ひとつ不満があるとすれば、進学によって他校へ離れてしまった一人の男が、いつもの顔ぶれから欠けてしまったことだろうか。


大きな交差点をひとつ渡り、もうほんの少し歩いたところで見飽きた――もとい、見慣れた校門が目に入る。東阪高校の正門前には、まだ生徒の姿はない。今日は蒼のほうが早いだろうか、それとも俺のほうが早いだろうか――職員室に寄って教室の鍵の有無を確認しなければ、と生徒玄関に入ったとき、二年二組の下駄箱の前に一人の女子生徒がいることに気が付いた。この時間帯に蒼たち以外のクラスメイトに会うのは初めてだな、と思っていると、こちらに気付いた彼女はそのまま、おどろいた顔で固まってしまった。


その妙な反応に真夏も一瞬ぎくり、とする。自分の格好になにかおかしなところでもあっただろうか。寝惚けてシャツが裏返っているか、あるいは今朝に顔を洗った際に大きな寝ぐせを見落としたか、口の端に流し損ねた歯磨き粉でもついているか――といらぬ心配をしたところで、おや、と気が付いた。


背中まで伸びた長い髪。手入れの行き届いた白い肌。華奢な肩と引き締まったウエストに、膝上が僅かに覗くスカートからすらりと伸びる細い脚。長いまつ毛に覆われた大きな瞳。その顔に見覚えがあるのはクラスメイトであるからではない。


「き、のう、の……?」


昨日、真夏に告白してきた少女。顔ははっきりと覚えていなかったが、雰囲気はなんとなく覚えていた。が、自信はなかった。真夏の問いに少女はこくこくと頷き、わずかに俯いて耳の横の髪をなでる。


「お、おはよう、ございます。え、えっと、いつも……この時間なんですか?」


「あー……まあ、だいたい」


「早い、んですね」


「うん? うん、お互いね」


「あ、いえ、私は……」


「罰ゲーム?」


「え?」


少女が顔を上げてこちらを見た。目が合い、今度はなんだかこちらが視線をそらしてしまう。


「いや、昨日の、なんか、罰ゲームで告白……みたいな」


沈黙。雀の鳴き声が遠くから聞こえた。黙り込んでしまった少女はまた俯いて、ぎゅっと拳を握る。


「わ、私」


たっぷり十秒ほどの間が空いたあと、震えた声が静かに響いた。


「ば、ばつゲーム……とかじゃ、なく、て」


「え、……えっ?」


真夏がぎょっとしたのは彼女の言葉にではない。彼女の大きな瞳がうるりと光ったかと思うと、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ出したからだ。少女は目元をこすり、ぐっと涙をこらえて強い声を出す。そうしないと涙声になってしまうのだろう。


「わたしっ、昨日、逃げちゃっ、たから、だから、ちゃんと、もう一回……」


「だ、え、ごめん、大丈夫? それは、えっと……今?」


「いえ、ほんとはまた、放課後に……」


結局また涙声になりながら、少女はポケットから小さな手紙を出した。


「朝はやくきて、下駄箱に、と思って」


もう一度放課後に会ってほしい旨を書いた手紙を、今朝、真夏が来る前に下駄箱に入れておこうと、それで真夏の下駄箱を探していたところに、本人が来てしまったということか。


「はあ、そういう……」


「でも、すみません、今ちょっと、話せ、話せないです」


「うん、そうだね」


「あの、放課後」


「それはいいけど、えっと……」


あれが罰ゲームなどでなく、本当に真剣な告白であったことはわかった。ただ、放課後に会うことを承諾したところで、現時点でもう真夏の答えは決まってしまっている。ならば今、それを伝えてしまえばいいのだが……なんだか、既にいっぱいいっぱいな様子の彼女を見ていると、そんな追い打ちをかけるのも気が引けた。


「すみません、いきなり泣いちゃって。放課後、西校舎の裏で待ってます」


ようやく涙を止めた少女は、そう言い残して小走りに去って行ってしまった。東坂高校は中館――または本館――に生徒玄関があり、そこから西校舎と東校舎に別れている。東校舎側にはグラウンドと体育館があり、放課後は部活動の生徒が行き交う。対する西校舎側には自転車置き場があるが、そこよりもう少し奥へ進んで完全に校舎の裏側へまわってしまえば、ほとんど人はこない。妥当な判断だろう。


しばらくその場で呆然としていた真夏だったが、やがて靴を履き替えて教室へ向かった。二年の教室は西校舎の二階。二年二組の教室には既に二人の生徒がいた。志村蒼と、その幼馴染であり、恋人である田辺千秋たなべちあきだ。ぱっちりとした愛らしい瞳に、ショートカットの髪。彼女の笑顔は太陽のようにまぶしい。


彼女の恋人である蒼は、どちらかというと教室の隅で本を読んでいるような、おとなしい男子なのだが、千秋はつとめて明るい性格だ。本当ならもっとクラスの中心人物ばかりが集まったグループにいてもいいはずだが、蒼や真夏のようなやや陰気さのにじむ者ばかりのグループにいるため、人気はあるものの、教室の隅っこ族の一人である。不思議な立ち位置だ。


「あ、真夏おはよう」


いち早く真夏の到着に気付いた千秋がにこりと微笑んだ。蒼とは幼馴染であるとはいえ、なぜ千秋が彼を恋人に選んだのか、真夏たちの間どころか、クラスの間でもそれは大きな謎だ。


「おはよーさん、いや、やっぱりまぶしいな」


「なにが? 日差しはまだそんなに強くないよ」


「千秋の笑顔は元気が出るってこと」


「ええ? もう、またそんなこと言って」


「あながちお世辞でもないぜ、なあ志村?」


「お前そろそろ辞世の句でも詠むか?」


「わかったわかった、自制するよ」


「お前さあ」


蒼が大きなため息をつきながら頭を掻く。このように、蒼の前で千秋に対し軽口をたたくのはいつものことだが、これは真夏がどんな歯の浮くようなセリフを吐いたとしても、千秋は絶対になびかないという自信があるからこそ。ひらたく言えば仲がいいからできることだ。しかし恋人たちをからかいすぎるのも趣味が悪いので、それ以上調子に乗るのはやめて席に着いた。窓際の一番後ろが真夏、その前が蒼。千秋は隣の列の前から二番目の席だ。


「そういや、あれどうなったん」


蒼が唐突に呟く。真夏への問いだ。


「あれ、って?」


「告白の」


「ああ、それ」


あの少女とのことだ。挨拶も早々にそのことを話題に出したということは、相当興味のある事柄なのだろう。事情を知らない千秋が声を上げる。


「えっ? 真夏、誰かに告白したの?」


「ちがうちがう、俺がされたの」


「えーっ! ちょっとそれもっと詳しく。同じクラス? 私の知ってる子?」


「知らないと思う。クラスも違うはず。っていうか、おんなじ学年なのかどうかも知らん」


「……ってことは、まったく知らない子から?」


「そういうこと。あ、さっき名前聞けばよかった。うん? いや、でも意味ないか」


「さっき?」


「さっき、たまたまその子と会ったから」


ついバカ正直に口に出る。別に今朝のことまで話す必要はなかったはずだが、どうも考える前に言葉になってしまう。昔からの悪い癖だ。そこまで話したとき、教室の扉が開いて一人の男子生徒が入ってきた。


「あ、みんなおはよう」


「おはよう、夏目なつめ。寝ぐせついてるよ」


「そうなんだよ、なおらなくてさ」


千秋の指摘に恥ずかしそうに髪のハネた部分を押さえる。ワイシャツを肘まで捲り上げ、スポーツバッグを肩からななめにかけた男。優しそうだというよりもお人好しそう、というほうが相応しいような、気弱な態度だ。反面、よく見ると体つきはしっかりしている。運動部に所属しているためだ。


田中夏目たなかなつめ。このクラスに在籍する真夏たちのグループの最後のメンバーである。本当はあともう二人、蒼の片割れであるナズナと、この双子と千秋の幼馴染である藤谷香という少年がいるのだが、その二人は隣の二年一組だ。皆、中学のころから付き合いのある面々で、団結力はないが自然とここに結集している。


「なんか、盛り上がってたみたいだけど」


夏目が言う。千秋は口元を手で隠し、声をひそめた。


「……ごめん、うるさかった?」


「あ、いや、ううん、そういうわけじゃなくて。なんの話してたのかなって」


「真夏にもとうとう春が来たのかな、って話だよ」


「どういうこと?」


「告白されたんだってさ。知らない子からだったらしいけどね」


「えっ! 本当か真夏?」


「嘘ついてどうするんだよ。春が、っていうけど別に付き合うつもりもないよ」


ええっ、夏目と千秋が声を合わせる。おどろきを隠さず、なんで? と問う夏目の隣で、ああでも、とすぐに納得する千秋。もともとこの二人はこの東阪に通うにしては学力が高く、もっといい高校へ進めたはずなのだが、友達が、恋人が、ここにいるという理由で東阪を選んだ秀才たちだ。しかし、頭の良さと落ち着きの良さは、必ずしも比例するとは限らないらしい。


「うーん、そっか、そうだよね。知らない相手からなら断っちゃうよね。その子にひと目惚れでもしない限りは」


千秋が蒼の隣の席に座った。夏目はその後ろ、真夏の隣の席に座りながら、なるほど、と千秋の意見に共感する。


「言われてみるとたしかに、そうかも。真夏、相手の子ってどんな子だったんだ?」


「かわいい子だったんだろ?」


蒼が真夏に確認する。真夏はうん、と頷いた。


「かわいい子ほど信用できないんだよなあ」


「まだ言ってんの?」


「だって女って怖いじゃん。怖くない? 一応、罰ゲームではないみたいなんだけど」


あの少女の涙を思い出す。さすがに、たかが罰ゲームで泣き顔をさらすようなことはあるまい。いや、場合によってはあるだろうが、彼女は違うと思いたい。夏目が呆れたような顔をした。


「罰ゲームを疑ってたのか? 騙されてるって? 俺はそう思わないけど」


「そんなこと言ってよ、お前が女だったら、俺と付き合いたいと思うかあ?」


「え? う、うーん……俺が女子だったら、それは、ちょっと……あ、いや、でもキッカケ次第では、もしかすると好きになるかもよ? 可能性としてはありえると思う」


なにを言っているんだこの男は。もしもの空想に可能性もなにもないだろう。


「だとしても、それはお前と俺が友達だからだろ? 名前も知らない相手から一方的に好かれるようないわれはないね。山吹じゃあるまいし」


「と、友達」


なぜか照れる夏目だが、すぐに正気にもどる。


「山吹は顔がいいからなあ。中学のときもファンクラブとかあったよね。将来モデルとかになったりするのかな、スカウトとかされてさ」


「私は真夏だってかっこいいと思うよ? ね、蒼」


「僕に言われても知らな……えっ、千秋?」


「千秋はわかってるな。本当にいいやつだよお前は」


「お前、お前、お前」


「なに動揺してんだよ。犬見てかわいいって言うようなもんだろ、今のは」


「それだと真夏は犬ってことになるけど」


「でもどっちかっていうと猫っぽいよね」


「なんの話してんの?」


はあ、と夏目が感嘆の息をもらす。


「告白か、いいなあ……青春って感じ。でも、そっか、断るのか……もったいないなあ」


「みんな同じこと言うなあ」


真夏はカバンの中をごそごそしながら言い、カバンを机の横にひっかけると、机に肘をついて顔をしかめた。もったいない、という夏目の言葉に嫌な顔をしたのではない。腹が減ったら食べようと思って買っておいたメロンパンを家に忘れてきたのだ。


「じゃあ、夏目は名前も知らないそこらの女子に告白されて、それで付き合うのか? 好きでもないのに、ただもったいないって理由で」


「そ、それは……付き合わないけど」


「だろ? そこに、相手の外見なんてのは関係ないのさ。知らないから好きじゃない、好きじゃないから付き合わない。単純な話だ」


すっぱり切り捨てる真夏に、やっぱり夏目はもやもやしながらうなっていた。



*



放課後になるまでの間、件の少女のことを微塵も考えなかったといえば嘘になる。交際はしないという意思に変化はないが、もう一度告白されたところで、なんと言って返せばいいのかを考えあぐねていたのだ。今朝の様子からして、無配慮にただ断ってはまた泣かせてしまうかもしれない。彼女の態度を見るに、返事を求められているのかどうかも定かではないのだが、かといってなにも言わないのもおかしな話だ。であれば、よりショックが少なく済むよう慎重に、言葉を選ぶ必要がある。


……と、考えていたのは午前中までだ。交際を断るのであれば、彼女が既に身構えていようがいまいが、言葉を選ぼうが選ぶまいが、どうあっても傷付けることになる。なら余計に頭をまわして言葉を飾るより、実際にその場でこの口から出た答えが全てであると。それが真夏の出した結論だった。思考放棄ともいう。


午後からはいつもどおり、ただ放課後に人と会う約束があるから忘れないように、という程度の認識ですごし、ホームルームが終わると早々に席を立った。蒼たちには返事のためにもう一度会うことは伝えてあるが、それが今日、これからだとまでは伝えていない。


教室を出て階段を降り、一階の渡り廊下から校舎裏に向かって道を外れていく。授業が終わったばかりで外はどこもかしこも賑わいでいるが、やはりこのあたりは人がいない。既に彼女はそこにいた。少女は真夏を見ると、薄く微笑む。可憐な笑みだ。


「ありがとうございます、来てくれたんですね」


「うん、まあ、約束だったし」


いよいよもって動悸が乱れ始める。これからなにが起こるのか、理解していても、さすがに少し緊張した。しばらくの沈黙。遠くから誰かがじゃれあう笑い声が聞こえる。


「……私」


少女がぽつり、と切り出した。


「あなたが好きです」


唐突で、率直な言葉だ。


「先輩は私を知らないし、私も……先輩のことをよく知ってるわけじゃないです。ひと目惚れ――だったんだと思います。でもそれは、最近のことじゃなくて、きっと先輩が思うよりずっと前から、好き、でした」


慎重に、言葉を選ぶように、丁寧に少女はそう続ける。ずっと前から気持ちを抱いていたと語るが、どういう基準で、いつのことを指しているのかはわからない。入学直後から――ということだろうか。あるいは、もっと前からか。通っていた中学が同じだったとしても不思議ではない。


「後輩……だったんだ」


さして重要でもないことを述べる真夏に、少女は思い出したようにすみません、と言った。


「そういえば、名乗ってなかったですね。一年一組の清水彩しみずあやといいます」


「彩ちゃん」


「はい」


「うん……俺はさ、正直まだ半信半疑だ。ただ、その話が真実だと仮定したうえで言わせてもらうと、もちろん気持ちはうれしい。ありがとう。でも、その気持ちに応えることはできない」


真夏の言葉を、彩は落ち着いた様子で聞いていた。


「……はい。それは、最初からわかってました。あの、先輩は……今、好きな人や、お付き合いをしている人がいらっしゃるのですか?」


「そういうわけじゃないよ。ただ君が言ったとおり、俺は君を知らない。だから応えられないって、それだけの話だから」


「知らないから応えられない。先輩は、本当に好きになった相手としかお付き合いしない方なんですね」


「うん? うん、まあ、そう。少なくとも、もったいないしせっかくだから、相手の見た目がいいから、これから好きになるかもしれないから、っていうような理由で付き合おうとは思わないな」


そういう軽い付き合いは性に合わない。


「……だったら私にも、まだチャンスはあると思っていいのでしょうか?」


「え?」


「本当は、ただ自分の気持ちを伝えたかっただけで、いいお返事は期待してなかったんです。きっとダメだから、ただ伝えて、それだけと思って……でも、すみません、やっぱり私、もう少しだけ食い下がりたいです」


「食い下がる?」


「私が見知らぬ女だから、応えられないのなら、私のことを知ってみて、それからもう一度……考えてみてもらえませんか? 今はダメでも、これから先のいつかに……可能性が残っているなら。私の存在が、そのわずかな可能性すら切り捨てたいほどの迷惑でないのなら」


「うーん」


たしかに、真夏が彩の告白を断るのは、彩が真夏にとって見知らぬ相手であり、見知らぬ相手を好きにはなれないからだ。しかし、どういった関係であれ交流を深めていけば、やがて真夏の彼女に対する意識も変わるだろう。それが好きか嫌いか無関心かはわからないが、それらの可能性すらも拒絶するのは、いささか早計か。


その場合、彩にとっての真夏への印象も変化するかもしれないが、それはそれ。真夏が彼女を好きにならなくても、彼女が真夏を好きでなくなったとしても、最終的にお互いにとって良い友にでもなれれば、無駄な時間ではなかったと言えるはず。はず、なのだろうか。よくわからなくなってきた。


「まあ、たしかに、一理あるような……?」


「先輩、私」


彩はまっすぐな目で真夏を見た。


「私、これからも先輩のこと、好きでいていいですか?」


真夏は結局、その申し出を受け入れた。長く続いた緊張状態のせいで冷静な判断ができなくなっていたか。しかし、確定した現在の話をされても、真夏の決意は揺らがないが、不確定な未来の話をされてしまっては、無下に断ることもできないのが真夏の性格だ。


……なんだか、うまいことまるめこまれてしまったような気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ