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16話「企み」

翌日の放課後、今日だけ自転車で登校していた真夏は、うしろに蒼を乗せて山吹の家へ向かった。二人に話さなくてはならないことがあるからだ。昨日のうちに山吹に連絡し、蒼は今朝に声をかけた。蒼も蒼で真夏に話があったようなのでちょうどいい。学校ではできない話だ。


とはいえ、山吹の通う片並高校は東阪よりも遠い。家の前で待っていようと思い、到着から五分ほど蒼と話していると、在宅中だった山吹の母親が気付いて出てきてくれた。友人が来るから先に部屋で待たせておいてほしいと、山吹が朝のうちに伝えてあったらしい。


持ち主不在の部屋で待つこと三十分。玄関のほうで物音がし、それから間もなく、山吹本人が現れた。彼が荷物を下ろして落ち着いたところで、さっそく本題に入る。


「さて、なにから話したもんか」


「なにから――って、真夏。そもそも、なんで蒼も一緒に?」


基本的な問いだ。蒼もまた、なぜ山吹に会う必要があるのかを知らない。真夏は二人に向けて答える。


「一緒に説明したほうがいいかと思って。それに……まあ、なんだ。とにかく、わかったことがいくつかある。勝手な推測も多少は入ってるけど、大きく間違っていることはないはずだ」


「わかったこと?」


「山吹、ナズナと千秋が傷害事件に巻き込まれたことは知ってるか?」


「夏目から聞いてる。新聞にも載っていたな」


山吹の隣で蒼がうろたえる。


「ちょっと、なんで今その話を」


「必要な説明だ。別の話題から入って、あとまわしにしてもいいけど、あとまわしになるだけだ。どうする?」


真夏の言葉に、蒼は少し嫌そうな顔でため息をつき、渋々といった様子で頷いた。


「……ふん、一人だけ納得した顔しやがって」


「ごめんよ」


口では謝っている真夏だが、そのまますぐに山吹に向きなおる。


「志村は少し前から、謎の人物による嫌がらせの被害を受けていた。今回の傷害事件はその延長と断定していいだろう」


「嫌がらせ?」


山吹が蒼を見る。


「変な物を送り付けられたり、ずっとあとをつけられたり……」


「……じゃあ、犯人はまだ捕まってないんだな」


「まだ。でも、西東はわかってるみたいで」


「おっと千秋から聞いたな?」


話すだろうとは思っていたが。


「なんとなく、お前がなんかわかってるって。でも千秋からは、お前からの忠告があったことしか。くわしいことはお前から聞いたほうがいいって」


「なるほど。俺がした話の全部を話したわけじゃないか。いや、どっちでもよかったんだけどな。話し手が変わるだけだ」


「……この流れからして、俺の話も必要みたいだな」


山吹が静かに言う。そのとおりだ。さすがに察しがいい。


「そうだ。話していいか? 嫌か? そうか話すぞ。山吹はひと月ほど前から、何者かにあとをつけられ、そのうえ盗撮までされていた。その写真がたびたび自宅の前に放置されている――という状況が、今も続いてる」


「盗撮? ストーカーってこと?」


「そうだな。お前ら二人そろってストーカーされて、二人そろって俺に相談してきたんだ。……と、それはどうでもいい。それで、山吹がやむを得ず回収してきた写真のなかに、撮影者本人が写り込んだものが見つかった。以来、俺たちはその盗撮魔を捜していたんだ」


「こっちは収穫なしだ」


「そうかい。だと思ったぜ。お前の交友関係はそれほど広くはないからな」


「くやしいがそのとおりだ」


山吹の交友関係は同じ学校、同じクラスになった者から数人程度。それでも進級してクラスが変わるたびに少しずつ増えるので、わざわざ友達が少ないと称するほどではないかもしれないが、それでも交友の範囲は狭い。


「ナズナと千秋は犯人の顔こそ見逃したものの、後ろ姿や背格好の特徴は覚えていた。蒼に嫌がらせをしていた者は女。そして二人を襲ったのも女。だが、個人を特定するに足る情報はない」


「それで?」


「盗撮魔のほうは比較的簡単に突き止められた。そして、これは俺も想定してなかったんだが、それによって傷害事件のほうの犯人についても特定できた」


「突き止めた?」


「裏づけも完璧だ。まず間違いない」


「なに、どういうこと」


「山吹、例の写真は?」


「あ、ああ、ここにある」


山吹が例の小箱から写真を一枚抜き取り、真夏に渡す。真夏はそれを机に置いて、蒼に見せた。


「この写真の、ここ。女が写ってるのがわかるか? 北桐の制服。これを見て、なにか気付いたことは?」


「……ツインテールの、女。これって」


「お前も知っているとおり。ナズナと千秋は、犯人の容姿についてこう証言している。襲ってきたのはツインテールの女だった、と」


山吹も戸惑いを隠せずに身を乗り出した。


「どう、いうこと、だ。つまり、俺と蒼は同じ相手に……いや、それはおかしい。どう考えても、体が足りない」


「そう。二人とも毎日のように、少なくともお前たちが、ああ、今日もまた――と気が付くほどにはずっと、お前たちのあとをつけていた。まして山吹は、一日中張り付いていないと撮れないほどの写真を撮られている。千秋とナズナを計画的に襲ったなら、一人になった瞬間を見計らうため、ずっと見張っている必要がある」


真夏はカバンから一冊のアルバムを取り出した。白坂から預かっていた、角崎中の卒業アルバムだ。


「写真をもとに似顔絵を作って、その女のことを調べた。現在は北桐高校二年四組。元、角崎中三年三組、三島頼子。これだ」


アルバムの顔写真。真夏が指差した一人の少女を、二人は強張った顔のまま見つめた。先に目を逸らしたのは山吹だ。


「あ――ああ、たしかに、そうだ、こいつだ。間違いない」


「三島頼子は中学……いや小学校のときから、よく恋愛がらみの問題を起こしていた。好きな男子をストーカーしたり、同じ男を好きになった女子に暴力をふるったり、いろいろな。やけに惚れっぽくて、ちょっと目が合った、物を取ろうとして手が触れた――それだけのことで恋をしては、その相手に歪んだ愛情を向けてきた」


「じゃあ、今回もそういう?」


「だが、さっき山吹が言ったとおり、彼女一人の仕業とするには体が足りない。説明がつかない。だが、この女が二人いたならどうだ?」


「二人って、同じ人が二人? そんなの……」


そこまで言って、蒼が固まる。


「――双子?」


その言葉に山吹がはっとした。


「ご名答。これを見ろ。三年五組――三島優香みしまゆうか。頼子の双子の姉だ」


三島優香。その優香とまるで見分けがつかないほどにそっくりな容姿を持つ妹、三島頼子。一卵性双生児。白坂が厄介だとした要因だ。なぜ双子であると厄介か。言うまでもない。


「どっちがどっちなわけ?」


蒼が問う。至極当然の疑問だ。


「……どっちであっても、たいした違いはないさ」


「はあ? なにそれ」


その問いかけを無視し、真夏は立ち上がった。そのまま窓際に歩み寄り、カーテンの隙間から外をちらりと見る。


「部屋で話すのは、ひとまずここまで。外に出よう」


「外? なんでだ」


「続きを話すためだ」



*



外に出ると、家の敷地外に立つ人物に目を向けた。じっとこちらを見つめるその女は、真夏たちが外に出てくると一歩だけあとずさる。


耳より少し高い位置で結われた髪。ややつりあがった目はどこか虚ろだ。黒のセーラーに緑のネクタイ。襟に校章の入ったピンバッジ。


「あいつ――」


山吹が引きつった顔で少女を見た。真夏は軽く山吹の背中に手を添えると、少女に一歩、二歩、近付いた。距離はわずか二メートル。立ち止まり、真っ直ぐに向かい合う。


「真夏……」


山吹が小さな声で呟く。真夏はその場の誰にも気付かれないよう、静かに深呼吸をした。


「大丈夫だ。大丈夫」


山吹に向けた言葉なのか、あるいは自分に言い聞かせたのか。


少女はしばらく山吹と真夏を交互に見ていたが、やがて真夏を睨みつけた。


「どうして――どうやって、あの手紙を?」


少女が問う。


「簡単なこと。合法的に入り込んだのさ」


「そんなはずないじゃない。あんたと私は他人同士よ」


「当然だ、あれを置いたのは俺じゃない。お前のよく知る相手が協力しただけだ」


「返してよ。あんたには必要のないものでしょう?」


「おうとも。そのために呼んだんだからな。だが、その前に話がある」


「話すことなんてなにもないわ」


「お前がどうなのかなんて聞いていない。俺が、お前に話があるって言ってるのがわからないのか?」


「勝手なことを言わないで」


「勝手なのはお前のほうだろう。自分の今までの行動を振り返ってみろ。自分の勝手を押し付けているのはどこの誰だ?」


「おい、真夏」


山吹が真夏の肩をつかむ。表情は硬い。


「あまり刺激しないほうがいいんじゃないか」


「いや悪いね。言わなきゃ気が済まん性分で」


「そもそも、それは三島……どっちだ」


「さあてな。志村、お前はどっちだと思う? この山吹のストーカーは三島の誰ちゃんだ?」


「し、知らんし。三島――頼子、のほうじゃないの?」


「では山吹は?」


「わかるわけないだろ。あまりふざけてる場合じゃないぞ」


「俺だってふざけてるつもりはないとも。それに、あれに話があるのは山吹、お前のほうだろ?」


「話?」


「あれはお前のことが好きで盗撮に走ったんだ。あの写真はさしずめ、ラブレターの代わりといったところか。だったら、返事くらいしてやるもんだ」


少女がうろたえる。山吹はしばらく真夏を見ていたが、やがて大きく息をつくと、覚悟を決めたように頷いた。そして、疲労の蓄積した顔で少女を見据える。


「俺を盗撮していたのはお前か。なら、言わせてもらう。お前が俺に向ける感情が好意だろうと、そうでなかろうと関係ない。まだ続けるつもりなら、警察に届ける。それが嫌なら、二度と俺に関わるな。迷惑だ」


強い声で言い放った。冷たく、突き放すような声だ。少女――いや、三島優香は、山吹の言葉に目を見開いたまま茫然とし、二歩ほどうしろによろめいてから、その場に座り込んだ。開いたままの両目からポロポロと涙が落ち、やがて鼻をすすりながらしゃくりあげる。


長い間、優香のすすり泣きだけがその場に響いた。やがて真夏が口を開く。


「俺の友人、かつ、お前とも縁があった、ある人物が協力してくれた。そいつがお前の自宅を訪ね、なにを言ったのかは知らないが、とにかく家の人に話をつけて、お前の部屋を調べた。お前が盗撮魔である証拠を見つけるためだ。そして、そこまでしろとは言ってなかったはずだが――今まで盗撮した画像のデータ、そのバックアップたるメモリカードを持ち出した。返してほしければ、今日ここに来いと。その手紙を書いたのもそいつだ」


なおも泣いている彼女に、真夏は続ける。


「返してほしければ、これは返そう。ただし、そのデータがどうなるかは、山吹の判断次第だ。こいつが削除を願うなら、お前の意思に関係なく、データは削除してもらう。無論、その携帯の画像データも例外じゃない。パソコンにも保存してあるなら、それも対象内だ。なにか異論があるなら聞くだけ聞こう」


優香はただ、うなだれていた。

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