Scene-2:【難破船】/待ち合わせ
“L-City”の繁華街は、街の人々から【銀織街】という愛称で親しまれている。その街並は、独創的なネーミングに相応しく、すごく個性的だ。
中央の広場を基点にして、それを取り囲むようなかたちで路地が幾重にも複雑に重なり合っている。夜になって【ブルジョワの丘】から一帯を見下ろせば、様々な色彩の無数の光点が同心円状に広がっている様が俯瞰できた。この光の羅列を文字通り銀河に模して、洒落た愛称が付けられたらしい。
【銀維街】を東西に横切って走っているメイン・ストリートは【星屑通り】と呼ばれ、これとX型に交叉している二本のサブ・ストリ―トにも、それぞれ【流れ星通り】と【ほうき星通り】というロマンティックな愛称がつけられていた。
Shot-Bar『難破船』は、【ほうき星通り】の一隅に建つビルディングの地下にあった。
――どれほどの時を過ごしたことだろう。
――どれほど多くの夢を語り合ったことだろう。
カウンターの一番奥、二人の指定席で。
恵彌子のお気に入りのカクテルは、《ブルームーン》。少し酔ってくると、壁に寄りかかるようにして、悠太をグラス越しに見上げるのが癖だった。
悠太は、そんな彼女の瞳に宿る淡い紫色の月影にグラスを合わせ、《ギムレット》を口にする……。
『難破船』は、二人がよく利用するデートスポットだった。
最初は通りすがりに何気なく立ち寄ったに過ぎなかったのだが、恵彌子が店の雰囲気をすごく気に入っていたし、マスターの人柄にもどこか惹かれるものがあって、いつのまにか二人で何度も足を運ぶようになっていた。
重厚なマホガニー製のドアを開けると、ハッとするほどの青い広がりが飛び込んでくる。
ブルーを基調にした淡い照明に浮かびあがっている店内の床には、砂交じりの貝殻がびっしりと敷き詰められ、所々に割れたランタンや壊れた柱時計,酒樽といったオブジェが半ば埋もれたままバランスよく配されていた。
カウンターは、海底に半身を覗かせた帆船をイメージして設計されており、船尾を貝殻の中に没しながらその舳先を心持ちマリンブルーの天井へ向けていた。
「いらっしゃいませ」
マスターがいつもの温和な笑みで悠太を温かく迎えた。
「ごめん、遅くなって。待った?」
恵彌子の隣りに腰掛けながら、悠太が詫びた。
「ううん。……外、寒い?」
「うん。すっごく」
「まあ、寒がりなサンタさんね」
「ムチャ言うなよ。こっちはイミテーションなんだから」
恵彌子が、小さく笑った。