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Scene-1:【夢紡橋】/回想

 架空の街“L-City”で繰り広げられる様々なドラマを描いていくシリーズの第1弾です。人気のシリーズになれたらいいなぁと思ってます!

 雨は絹のように細かった。

 風が微かな汐の香りを運んでいた。

 川は星ひとつない夜空を溶かし込んで漆黒の流れを湛えていたが、河口に架かる【夢紡橋】の周辺だけは街灯でライトアップされた橋のシルエットを映じて、淡い光の帯を揺らめかせていた。

 川を辿る風は気紛れで乱暴だ。

 御厨悠太は、顔をしかめてコートの襟を左手で掻き寄せる。橋の途上に佇んで、寂しげな影法師を水面に浮かべながら、大きな溜息をつく。無造作にポケットに突っ込まれたままの右手には、小奇麗に着飾られた洒落た小箱がしっかりと握りしめられていた。

 今夜、彼女に渡すつもりでいたオルゴール。

 ピンクのリボンを紐解けば、タキシードに身を包んだ異国の紳士がピアノを弾き語り、ジョン・レノンの名曲『LOVE』を聴かせてくれるはずだった。

 遠目にも眩しい“L-City”の街並が雨に滲んでいた。

 これくらい離れてしまうと、繁華街の喧燥を賑やかに彩っていたツリーの輝きや辺りに溢れていた楽しげな旋律たちも、どこか遠い世界の出来事のように思えてくるから不思議である。

 ――どうして、こんなことになってしまったんだろう?

 幾度、繰り返しても満たされることのない想い……。それは、彼女と過ごした大切な日々のすべてだった。

  彼女からサヨナラを聞かされた時、僕の頭の中で何かが音をたてて弾け、哀しくて切ないシンフォニーのタクトが振られたのだった。

 その日――。この冬、初めて雪が舞った。

 「頑張ってるね、サンタさん」

 往来をゆく子供たちに色とりどりの風船を手渡しながら、悠太は聞き慣れた声に振り返った。

 お気に入りの白いダウンジャケッツに着込まれて、結城恵彌子が人懐っこい笑顔を向けていた。背後のショウウィンドウに、少し照れ臭そうな表情を浮かべたサンタクロースが映っている。

「な、何だよ?」

「うん?ちゃんとバイトしてるかナって思って」

「チェッ、信用ないんだな」

 気配を感じて足許に目をやると、クリッとした大きな瞳が愛らしい女の子が、悠太の足に縋りつくようにして風船をねだっている。そんな様子を見ていて、恵彌子がまた声をかけた。

「モテるのね」

「ガキとオバさんには、自信あり」

 恵彌子がクスッと笑う。右の頬に笑窪がたつ、悠太のお気に入りの笑顔だ。

「ねぇ、まだ終わらない?」

「御覧の通り」

 溜息混じりに話す悠太の傍らにはトナカイ風に装飾が施された乳母車があって、カラフルな風船の束が所狭しと括りつけられている。

 恵彌子はしばらくの間、そんなサンタとトナカイの様子を見比べていたが、やがて言った。

「待っててもいいでしょ?」

 恵彌子の口調には有無を言わさぬ強さがあった。

「俺は、別に構わないけど」

「じゃあ、決まり!『難破船』で待ってるから」

「ああ」

 遠ざかっていく恵彌子の後ろ姿を見送りながら、悠太は財布の中身と緊急会議を開いていた。

 その時、彼女の心の慟哭に悠太はまだ気付いてはいなかった。


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