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魔王城は今日も平和です!!

作者: 怪人工房
掲載日:2026/02/18

魔王城への最後の階段を上りきったとき、リュートは剣を構えた。


「ついに、ついにここまで来た……!」


 三年間の旅路。仲間との別れ。数え切れない戦い。すべてはこの瞬間のためだった。

 重厚な扉を蹴り開け、リュートは叫ぶ。

「魔王リリス! お前の悪行、ここで終わらせる!」

だが、扉の向こうに広がっていたのは――

「きゃっ、誰か来たー!」

「え、今日って何か予定あったっけ?」

「リリス様ー、来客ですよー」

――放課後の教室のような、賑やかな空間だった。


 広々とした玉座の間は、クッションやぬいぐるみで埋め尽くされている。

 魔族の少女たちが床に座り込み、トランプやボードゲームに興じていた。

壁には手作りらしいポスターが貼られ、「今月の目標:早寝早起き」などと書かれている。


「……は?」


リュートの脳が状況を理解することを拒否した。


「あ、もしかして勇者さん?」

 奥のソファから、銀髪の少女が顔を上げた。頭に小さな角が生えている。

魔王リリス、その人だ。

「そうだ、私が勇者リュート・ファルシオン! 貴様の――」

「わー、本当に来てくれたんだ! ねえねえ、お茶飲む? ノワが焼いたクッキーすっごく美味しいんだよ」


リリスは屈託なく笑って、隣の席をぽんぽん叩いた。


「いや、そうじゃなくて……戦いに……」

「戦い? ああ、そういう儀式的なやつね。わかるわかる」

リリスはうんうんと頷いた。

「でもさ、その前に一息つかない? 遠かったでしょ?」

「遠かったって、お前……」

「リリス様、来客には先に身なりを整えていただくのが礼儀では?」

凛とした声とともに、黒いドレスの女性が現れた。

ベルゼア、四天王筆頭である。

「あー、そうだね。ねえ勇者さん、その鎧、血とか泥とかついてない? 洗濯する?」

「しない!」

リュートは思わず叫んだ。

「いいから戦え! 魔王と勇者なんだから!」

「えー、でもお腹空いてない?」

別の少女――ノワが、トレイいっぱいのクッキーを持ってきた。

甘い香りが鼻をくすぐる。


 確かに、朝から何も食べていなかった。


「食べない! というか、なんなんだここは! 魔王城だろう!? もっとこう、おぞましくて、邪悪で、暗黒に満ちた――」

「ああ、前はそうだったんだけどね」

リリスが懐かしそうに言った。

「でもさ、ずっと一人で暗い城にいるの、寂しくてさ。だから魔族の子たちを集めて、みんなで楽しく過ごせる場所にしたの」

「楽しく……過ごす?」

「うん! 今日はベルゼアが新しいボードゲーム買ってきてくれて、みんなでルール確認してたんだ。複雑だけど面白いよ。勇者さんもやる?」

リュートは眩暈を覚えた。これは罠だ。

魔王の巧妙な罠に違いない。


「騙されないぞ! お前は人間の村を襲い、作物を枯らし、疫病をばらまいた! その罪、決して許されるものでは――」

「ちょっと待って」

ベルゼアが手を上げた。

「それ、いつの話?」

「え? 三年前だが」

「ああ、やっぱり」

ベルゼアは溜息をついた。

「それ、リリス様じゃなくて、前の魔王だよ」

「は?」

「前の魔王、超性格悪くてさー」

ノワが口を挟んだ。

「魔族にも優しくなかったし。だからリリス様が倒して、新しい魔王になったの。もう二年半前かな」

リュートの頭が真っ白になった。

「じゃあ……じゃあ俺の旅は……」

「うん、ちょっとタイミング悪かったね」

リリスが申し訳なさそうに言った。

「ごめんね、連絡しようとは思ったんだけど、人間の国って魔族の手紙受け取ってくれないし」

「そんな……」

膝から力が抜ける。三年間。すべては無駄だったのか。


「でもさ」

リリスが優しく微笑んだ。

「勇者さん、すごく頑張ったんだよね。ずっと正しいことのために戦ってきたんだよね」

「……そうだけど」

「だったら、その力、こっちで使わない?」

「こっちで?」


 リリスは立ち上がり、窓の外を指差した。

「魔界にもね、まだまだ悪い魔族はいるんだ。弱い者いじめする奴とか、理不尽に暴力振るう奴とか。私、そういうのなくしたいんだけど、一人じゃ手が回らなくて」

「魔王が……そんなことを?」

「変かな?」

リリスは首を傾げた。

「でも私、みんなが笑顔でいられる世界がいいなって思うんだ。人間も魔族も関係なく」

その瞳は、嘘をついているようには見えなかった。


純粋で、まっすぐで。


「勇者さんの正義感、私たちに貸してくれない?」

リュートは、自分の中の何かが音を立てて崩れるのを感じた。三年間信じてきたもの。魔王は倒すべき絶対悪だという前提。

でも、目の前にいるのは、ただの優しい少女だった。

「……クッキー、もらってもいいか?」

リュートが小さく呟くと、ノワが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「やったー! いっぱいあるよ!」

リュートは鎧を脱ぎ、クッションの上に腰を下ろした。差し出されたクッキーを一口齧る。素朴な甘さが口に広がった。

「……美味いな」

「でしょ!」

気づけば、魔族の少女たちが自然にリュートの周りに集まっていた。旅の話を聞きたがり、目を輝かせている。

「ベルゼア、ノワ、新入生歓迎会の準備」

リリスがぱんと手を叩いた。

「新入生って、俺?」

「うん! 魔王城へようこそ、勇者さん。いや、リュート先輩?」

「先輩って……」

「だって年上でしょ?」

リュートは笑ってしまった。魔王討伐という壮大な使命は、こんなにも呆気なく、こんなにも温かく終わった。

窓の外では、魔界の夕日が沈もうとしていた。

「なあ、リリス」

「ん?」

「お前、本当にいい魔王になれると思うよ」

リリスは少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。

「ありがとう。一緒に頑張ろうね、リュート先輩」

魔王城の、新しい日常が始まろうとしていた。

放課後の教室のような賑やかさの中で、元勇者は思う。

これはこれで、悪くない。いや、むしろ――

「リュート先輩、このゲームのルール教えてー!」

「ちょっと、順番守りなさい」

「リリス様、お茶のおかわりです」

――最高かもしれない。

剣を置き、クッキーを手に、リュートは笑った。

魔王城は今日も、明日も、きっと平和だろう。

(完)

カクヨムから転載

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