POINT OF NO RETURN
映画は終わった
まばらな観客席はスタッフロールが流れ終わる前に人気が失せた
ここは小さな映画館
そして館長が呟いた
ま、こんなカルトムービー
だれも真面目に見やしないさ
2000年頃に実在したローカルバンドの映画らしい
主役を貴族令嬢に変更した大胆なキャスティングで
上映当時はわずかに話題となったが
主役のバンドがその後はパッとせず
そのまま自然消滅したんだっけな……
やがてスクリーンに幕が引かれ
客席は明るく照らされた
やれやれ、忘れ物は無いかな
場内を見てまわる館長
彼は立ち止まる
……なんだ?
誰かいるぞ?
すでに無人だったはずの観客席に女の姿
映画の主役と同じ、貴族令嬢の衣装をまとっている
熱心な映画のフアンか?
……いや、様子がおかしい
幕の閉じたスクリーンに向かい
笑ったり
うなずいたり
歓声を上げたりしているのだ
バカな……彼女には何が見えているというのか?
どうしたものか……
館長が戸惑っていると
入場口が開いた
誰かが間違えて入ろうとしているのか
「あ、お客さん、上映は終わりましたので……」
観客席の女にも聞こえるように
館長は声を上げる
だが、迷わず客席に歩を進める人物を見て驚愕した
燕尾服
白髪
スラリとした老紳士
映画に登場した執事そのものだ
その人物は
幕の閉じたスクリーンから目を離さない女の横に立ち
深々と頭を下げ
こう告げた
「お嬢さま、お時間でございます」
女は応じない
正面を見据えたまま
あるはずのない映画の続きを見ていた
老執事は告げる
「お嬢さま、すでに幕は引かれております」
「……まだよ」
「お嬢さま……」
「まだ終わらないわ」
女は振り向いた
悲痛な表情で
涙を浮かべていた
「まだ終わらない、あきらめない、きっとこれから奇跡が……」
老執事は小さく首を振る
そして優しく告げた
「お嬢さま、もう十分でございます」
女は黙り込んだ
そして、俯く
「お嬢さまは愛されました」
女は自分の手の甲を見た
親から受けた虐待
消えない暴力の傷跡
「お嬢さまは望まれました」
居場所のなかった子ども時代
家では虐待、学校ではイジメ
狂ったように暴れリンチと報復を繰り返す日々
「お嬢さまは夢を叶えたのです」
武は身を守る術となったが
居場所を得ることはなかった
私にとってバンドは……
「お嬢さま、次の作品へまいりましょう」
心残りはある
後悔も
反省も
指先がふれる所まで来ていたのだ
足りなかった
何かが
悔しい
あきらめきれない……
だから……
女は席を立つ
そしてスクリーンに背を向けた
……違う
出口に向かったのだ
帰る場所などない
前に進むだけだ
いずれ力尽き
進めなくなるその日まで
颯爽と歩む女に老執事は付き従う
彼は帰り際に館長へ頭を下げた
「ご迷惑をおかけしました、それでは失礼いたします」
パチ……
パチ、パチ……
パチパチパチパチ……
館長の拍手は、女の耳に届いただろうか
◇◇◇
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